俺なりの童話
一
深夜になると、老人は家を出る。肩の上に、可愛がっている獏をのせて。そうして散歩するのが日課だった。
誰かの家の前を通り過ぎると、肩に乗せた獏が、びょ、と鳴くことがある。老人は、よし…、といって獏を肩に乗せたまま通り過ぎようとしていた家の中に忍び込む。
肩に乗せた獏は、子供の観ている悪夢に反応して鳴く。だから、家の中にそっと忍び込んで子供の観る悪夢を獏に食べさせるのだ。夢を食べられた子供は、何も知らないまま眠ることができるし、獏も腹を満たすことができて一石二鳥というわけだ。
ところがだ。この日は違った。老人が家に忍び込んだ瞬間、大きな音が鳴り響き屈強な男たちがどこからかやってきて老人を捕まえてしまった。肩に乗っていた獏は慌ててどこかに逃げてしまった。
老人は警官に引き渡され、獏はどこかへ姿を消した。
いくら子供たちを悪夢から救うために、家の中に入ったのだと説明しても一向に理解してもらえない老人は悲しみのあまり肉眼では見えないぐらい姿が薄くなってしまった。
薄くなった体は、綿のように軽くなり、簡単に風に吹かれてどこかへ飛んで行ってしまった。
二
老女の部屋には絵が飾ってあった。髪を短く刈り込んだ、真っ白な顔の男の子の絵だ。いつから部屋にあるのか、誰かに貰ったのか老女の記憶の中には残っていなかった。いつも何をするでもなく家中を見ていると絵が目に入るのでその存在に気が付くのであった。
ぼんやりとしながら日々を過ごす老女にも、日課らしきものはあった。朝晩、目を覚ました時と寝る前に仏壇に手を合わせるのだ。顔を洗ったことも、いつ食事をしたのかも曖昧なのに、仏壇を拝むことだけは絶対に忘れたことがなかった。
ある日の晩、いつものように仏壇に手を合わせてから眠ろうとすると何かの気配を感じて老女は振り返った。
そこには、絵から抜け出てきた男の子が立っていたのだった。驚きのあまり老女は気絶してしまった。
男の子は老女をまたぐと、家を出てどこかへ行ってしまった。老女は、目を覚ますこともなく部屋に残されたのだった。
三
広さおよそ六畳ほどの決して広いとは言えないその部屋に老人は暮らしていた。引いたままの布団から体を起こすと、窓から外が見える。昨日も一日中雨だったが、今朝も変わらず雨が降っているようだ。
何となく体が重い気がする。晴れているときには、そんなことはないのに。ただたんに貼れているときと雨の日との視覚的なものからだるさを感じるのか、実際に体の調子がおかしいのか分からないが、きっと都市のせいなのだろうと老人は思った。
調子がいまいちだからといって起きなければいけない、一日中布団の中にいては起きることができなくなる…。そうおもっても、雨のせいでもう一度眠りたくなってしまった。
瞼を閉じたとき、わずかに音が聞こえた。初めは小さい音だったのが、次第に老人の耳にもはっきりとわかるぐらい大きな音が聞こえてきたのだった。
どうやら誰か来たのだろう、家の戸をたたき続けているようだ。誰だろう?こんな雨の日だというのに。こんな日に訪ねてくるなんて、どうせ碌な奴じゃない。そのうち帰るだろう…。
老人は頭から布団をかぶり、そっと息をひそめた。しばらくすると大きな音が止んだ。安心した老人が目を開けると、そこには顔中、それどころか全身真っ黒な毛だらけの何かが老人のことを見下ろしていた。これまで生きてきてそんな姿をしたものを見たことがなかった老人は、目を閉じたまま動かなくなってしまった。
身動きしない老人を布団事外まで引きずっていくと、全身毛だらけの生き物はちょうど老人が眠っていた場所に同じようにあおむけになって目を閉じた。雨の日の寝床を見つけたようだ。
四
二人の子供を連れてピクニックに来た母親。川の側にシートを引いて、重しとなる小石を四隅に置いた。シートの真ん中には持ってきた籠が。籠の中には三人で食べるには少し量が多いぐらいのサンドウィッチ。雲一つない青空。
母親は子供たちにサンドウィッチを食べさせるかたわら、自分では文庫本を読んでいる。騒々しい子供の声も気にならないぐらい、集中して活字を目で追っていた。
二人の子供たちは半分ほどサンドウィッチを食べ終えると、かけっこを始めた。母親の座るシートの側を走り回っている。母親はたまに目を上げて子供たちの方へ視線を向かわせるが基本的には本に集中したままだ。
走りつかれた子供たちはいったん休憩すると次に、川の向こう岸にまでどちらが届くのか石の投げ合いを始める。
本に集中していた母親はふと目を上げる。二人の子供たちは楽しそうに話をしている。知らない子供と。
腰の身だけを身に着けた半裸の子供。気温が上がってきたとはいえ、まだまだ寒い三月下旬。あんな格好で寒くはないのだろうか?あの子の親はどこにいるのか。それとも一人で来たのか。寒い日の半そでtシャツの子供はたまに見かけるが、あの格好は…。
二人の子と仲良く話していた子供は腰のあたりまで川の中につかると二人の子の腕をつかんで川に引きずり込んでしまった。瞬間的な出来事で母親は何が起きたのか分からななかったが、急いで二人がいたあたりまで駆けだした。
川の側に近づくと、あの腰の観の子が川から手を伸ばして母親のことも水中に引きずり込んでしまった。
シートと食べかけのサンドウィッチの入った籠が残された。
五
陰気な顔つきの初老の男性は、その健康食品の店番をしていた。
店が始まるのは午前十時。終わるのは午後五時。訪れる客がいるのは月に数人ほど。それも近所に住んでいる老人がほとんど。顔なじみだけ。何も買わずに軽いあいさつのためだけにやってくるのだ。他の時間はじっと誰かが来るのを待っているだけ。石造のように身動きをせず、人が来るのを待つ男性。
その日も誰一人来なかったので、早めに切り上げた男性は家に戻った。
ガチャガチャ音を立ててドアの鍵を開けて家に入ろうとすると、奥の方から何かの物音が聞こえてきた。泥棒か?
ドアを開けたまま入ってきた男性に家の中から向かってきたのは、全く同じ顔をした陰気な顔つきをした男性だった。
お互いに相手の姿を見て動きを止めたが、家の中にいた男性の方がわずかに早く戻ってきた男性を押し倒した。
家の中にいたほうの男性は外から来た方の男性に馬乗りになると、ありったけの力を込めて殴りだした。
初めは身を守ろうとしていた男性も力ではかなわずに次第にぐったりとしていった。
無我夢中で殴り続けていた男性は、相手の顔の中央のあたりが陥没しているもに気が付いてようやく手を止めた。
深夜を過ぎると男性は遺体を近所のゴミだらけの空き地に捨てると、家に戻っていった。




