第3話 校舎がぶっ壊されたんだが②
(ありゃあ、水龍か)
青く透き通った鱗を持つ巨龍。
その見た目から俺はその龍の正体に思い至る。
水を魔法で生成し、圧倒的な質量で敵を屠る龍。
炎龍なんかに比べれば攻撃のバリエーションは少ないし、危険性も劣る。
だがそれはあくまで数々の龍と対峙してきた英雄の視点から見ればの評価。
一般人からすれば龍など圧倒的にな脅威に他ならない。
そして何より、奴の体の大きさは龍の平均値を圧倒的に上回っていた。
少し動くだけで充分な被害を齎す怪物。
そんな相手に恐れを抱かない方がおかしい。
「ど、どうしてこんなところに龍が……」
「……龍は魔王軍が兵器化していた生物。魔王軍が弱体したのを機に保有されていた龍の一部が野生化したという話があるわ。けど、まさかこんな都心にやって来るなんて……」
白を切れば的確な返答が返される。
流石学を積んだ王女様だ。
(さて、どうしたもんか)
一般人には討伐が困難な巨龍。
かつての英雄の誰かが駆け付けてくれるのであればすぐに片がつく案件ではある。
流石に学園が跡形もなく消えるようなことは避けなければならないが、俺は正体を明かせない。
どうやってあの龍を撃退すべきか考えていたその時。
龍の前に飛び出す影があった。
「うっげ……!」
思わず漏れた声。
慌てて口を手で覆いながら俺はそれを見る。
「ここは俺たちが引き受ける! 皆んなは早く離れてくれ!」
そう告げる男とその仲間たち。
彼らの姿にはあまりにも見覚えがあった。
(なんでグレイアム王子殿下がいるんだよ……!)
そう、それは俺を殺そうとした元パーティーメンバーたちであった。
彼らの戦場は人里から離れた迷宮や自然の中が主だ。にもかかわらず何故かこの危機を嗅ぎつけ、誰よりも早く駆け付けた。
(いやいやいや、まずいまずいまずい……っ)
俺は知っている。
彼ら全員の力をもってしても、あの龍を倒す事はできないだろうと。
グレイアム殿下やその仲間は決して弱いわけではない。
だが圧倒的なサポートを受けていた彼らは本当の命のやり取りを知らず、これまでの戦績に胡座を掻いている。
本来の自分の実力を見誤っているのだ。
圧倒的強者を前に真っ向から立ち向かうどころか、己の方が優っていると考えて油断する。
これでは例え死力を尽くせば勝てるような相手であったとしても勝ち星を上げる事はできない。
(てか俺がいる場所で王族に死なれたら報酬どころじゃねーだろ! 打首だ打首ィッ!!)
さて、いよいよ何かしらの手を打たなければならなくなってしまった。
考えなしに突っ込む元仲間たち。彼らが無事である間に新たな応援がやって来るとは思えない。
だが俺が前線へ出れば学園内に俺の正体が広がってしまうだけでなく、グレイアム王子殿下たちに俺の生存がバレてしまう。
そんな中、俺はふと一つの選択肢を見出した。
「……アガサ」
ナディア王女殿下に聞こえないよう小声でアガサを呼ぶ。
王女殿下との試合中、離れて観戦していた小さな使い魔はすぐに姿を現して俺の肩に留まる。
『はいはぁい♪ 悪いけどわたしは助けに行けな――』
「巨龍を倒すってさ」
応援を要請されるものと踏んだアガサが先回りして断りを入れようとする。
それを俺は遮った。
「――誰も文句言えない成果だよな」
『……キミ、さてはとんだスパルタ師匠だねぇ?』
俺の思惑を察したアガサは『イカれてるよ』と評価を下す。
今から行うのは失敗すれば間違いなく首が飛ぶような計画。
だが、正直少しだけワクワクしている自分がいた。
(なんだかんだで、俺も戦士なんだよなぁ)
リスクを負う事。精神的な負荷を掛けること。
そこに一種の快楽を覚える異常者。
それが英雄の集まりだった。
かつて世界最強の怪物と対峙した時のことを思い出しながら俺は苦笑する。
「お、お兄様……」
突然龍の前に現れた兄に唖然とするナディア王女殿下。
その傍で俺は静かに剣を抜いた。
戦闘に巻き込まれる前にとアガサは俺の肩から離れていく。
「ぼ、僕は……またまだ未熟者ですけど、それでもこの学園の剣士です」
「エル……?」
剣を構え、龍を見据える。
そんな俺の様子を王女殿下が不思議そうに見やる。
「な、なら…….誰かの助けを待つだけじゃ……誰か頼みで戦いを見守るだけじゃダメだ……っ!」
「エル、まさか――待って、待ちなさい……っ!」
ナディア王女殿下が俺の肩へ手を伸ばす。
だが彼女の制止をすり抜け、俺は走り出した。
「や……っ、やぁぁぁああっ!」
「なっ! 学生か……っ! 君、早くここから――」
前線へ飛び込む俺の存在に気付いたグレイアム王子殿下はギョッとして声を上げる。
困惑を隠しきれない彼の様子にほくそ笑みながら俺は龍の足元へと近づく。
(これはあんたの手柄にはさせねぇ! 精々度肝を抜かれてろ――)
そんな俺の体へ龍の尻尾が迫る。
激突の直前。誰の目にも留まらぬ程の速さで俺は受け身を取る。
そしてそのまま尻尾に体をぶつけ、吹き飛ばされた。
(――俺の弱さにッ!!)
吹き飛ばされながら俺は口角を釣り上げる。
受け身を取った事で大きな負傷を防ぐ。
だがこの場を見ていた第三者からすれば即死の攻撃を喰らったようにすら見えるだろう。
「ッエル――――ッ!!」
吹き飛ばされ、倒壊した校舎の瓦礫へ呑まれる俺。
その姿を見たナディア王女殿下の絶叫が響くのだった。




