第3話 校舎がぶっ壊されたんだが①
ナディアは思う。
何故こんな相手が国立学園へ編入できたのかと。
編入試験というのは入学試験よりも幾分か難易度が上げられた試験が用意され、それに合格した者だけが編入を許されているはずであった。
にもかかわらず、目の前の青年の実力は剣術科の落第生にも勝るほど実力不足であった。
授業で見ていた以上の悲惨さにナディアは困惑しきってしまう。
そして何より彼女を困らせたのは――
「もう一本! お願いします!」
――彼の不屈さである。
エルは剣を拾って立ち上がると再びそれを構える。
彼自身は非常に真剣な面持ちだ。
まるで次は勝ちに行くとでも言いたげな、諦めの見えない表情。
何度やっても結果は同じだろうと呆れていたナディアはしかし、ふと過去の自分の姿が彼と重なるのを感じた。
何度負けても、剣を取りこぼしても諦めきれず、涙を拭って立ち上がった幼い自分。
それに近しいものをエルに感じた彼女は息を吐くと小さく微笑んだ。
「ええ」
それから更に十回程エルを負かせた頃。
ナディアはある事に気付く。
(……動きやすい)
エルが見せる隙。
そこへ剣を叩き込むナディアは自分の体も、持っている武器の重量感もいつもより軽く感じていた。
***
(正しいな)
剣を振り上げるナディア王女殿下の姿を観察しながら俺は思う。
彼女の誠実さが、剣には現れている。
正しい剣の持ち方、正しい型、正しい状況判断。
基礎は完璧。そして基礎を極めた者は下手に応用技を身につけた者よりもよっぽど強い事を俺は知っている。
血の滲むような努力をし、積み重ねてきたものが彼女にはあった。
(けど……それじゃあダメだな)
本来強みになるはずのそれこそが、彼女の実力向上を停滞させている要因であると俺は見抜く。
彼女自身が話していた性別による適正。
残念ながらそれは確かに存在する。
同じように練習を重ねれば当然、女性が男性の身体能力を上回る事はない。
だがそれは女性が剣士として成長できないという意味ではない。
要は、男性と同じ戦い方を選択する事が問題なのだ。
(純粋な力比べになれば女性は勝てない。なら、他を――他者が磨く分野と異なるものを伸ばせばいい)
俺は敢えて隙を大きく作る。
優秀な王女殿下は正しくそこを叩きに来る。
そこを何とか防いだフリをして、二つ目の隙をすぐ近くに作る。
すると今度は最短距離で王女殿下の剣先が移動した。
剣の基本的な型は大振りのものが多い。
これは勢いをつける事で剣に掛かる負荷を上乗せし、重い一撃――勝敗を分ける決定打ともなり得る一撃を叩き込む為だ。
また動きを最小限に留め、一撃一撃の重さに集中することで、体力不足の回避も兼ねているわけだ。
だがそれは同時に力が強い者へ向けた――男性へ向けた剣技であることが多い。
王女殿下も勿論、それらを用いても戦えない事はないだろう。
だが――
(明らかに速いんだよな、動きが)
繰り出すのは基本的な型による攻撃ばかり。
だがその一つ一つが平均よりずば抜けて速く、また丁寧だ。
これは間違いなく彼女の長所。しかしその強みが大振りな型のせいで半減されていた。
だから、敢えて小振りな動きを誘導する。
賢い彼女の事だ。繰り返せば自分に合った動きにも気付くだろう。
(デカい一撃ってのは当たれば強いし、ロマンもある。けど――当たんねぇ一撃と的確に当たる連続攻撃なら後者のがいいに決まってる)
どちらも一長一短。
だが少なくとも王女殿下には後者の適性が明らかに高かった。
***
そろそろ頃合いか、と踏んだ俺は仰向けに寝転がる。
「もう、ダメだぁ……動けない……」
「流石にやりすぎたわね……」
「やっぱり強いじゃないですかぁ!」
「いや、正直貴方が弱いのはあるわ」
「ひ、酷い!」
「でも……」
ナディア王女殿下が俺を見下ろし、微笑む。
長い睫毛の下から覗く美しい青色が細められた。
「……勉強になったわ。とても」
王女殿下の言葉の真意に気付いていないフリをしていると、彼女が手を差し出す。
それを掴んで起き上がると、至近距離に整った顔がある。
「もっと、強くなれる気がする。ありがとう」
「ど、どういたしまして……? なんですかね? ボコボコにされてただけな気がするんですけど」
「そんな事ないわ」
俺の言葉に王女殿下がくすくすと笑う。
互いに剣をしまい、校舎へと向かって歩き出す。
「またやりましょう」
「はい!」
(とはいえ、あとは何もしなくても成長しそうなんだよな)
最後辺りの数戦を思い返しながら俺は思う。
本人はは性別によるコンプレックスから自覚しておらず、また周りは女性であるという先入観から気付けていないが、ナディア王女殿下の剣術のセンスは正直天才の域だ。
飲み込みが早く、剣を交える度にメキメキと成長する。
既に自分で導いた答えに順応し、新たな立ち回り方が身についていた。
また今の王女殿下は今すぐにでも自主練へ走っていきたそうに目を輝かせている。
このモチベーションと剣術のセンスがあれば、彼女が頭角を現すのも時間の問題だろう。
(あとはわかりやすい結果さえあればなぁ)
俺がそんな事を考えていた時のことだ。
突如、轟音と共に校舎の一部が崩れ落ちる。
「……っ!」
ナディア王女殿下が息を呑み、足を止める。
その視線の先、土煙の中で大きな影が揺れる。
やがて姿を現したのは一体の巨龍だった。




