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第1話 俺の全身がメキメキ逝ってるんだが

「君はここで死んでくれ」


 とある迷宮の下層。最深部を目前とした地点。

 そこで俺は数十メートルはある魔物達に囲まれながら告げられる。


 顔を引き攣らせて笑うのは金髪碧眼の青年。この国の勇者と呼ばれる存在であり、同時に第一王子であるグレイアム殿下だ。

 その他にも彼の旧友や国が雇ったパーティーメンバーがいるが、誰もが殿下の発言に異を唱えなかった。


「で、殿下……それは一体どういう――」

「正直君は僕達の仲間としてあまりに釣り合わない。だからせめてここで僕らの――国の為に死んでくれ」


 俺の言葉を遮り、殿下は早口に捲し立てる。自分の発言の正当性を主張するように。

 想定以上の脅威を孕んだ魔物を目の当たりにし、逃走を決意したパーティーメンバーは俺を囮にして逃げる算段を立てたようだった」


 そして彼は俺の背後に回り込むと持っていた剣で俺の背中を切り裂いた。


「悪く思わないでくれ」


 そう言い残し、彼は仲間と共に一目散でその場を後にした。

 取り残され、魔物に目を付けられた俺のことなど気に掛ける様子もなく。



***



「ほんっっっっっっっとうにすまなかった」


 剣の国、グラディマーグ。王宮の謁見の間にて、玉座に座る人物は皺の浮いた顔をよりしわくちゃにして、おまけに青ざめさせたまま大きな声を出した。

 皇帝陛下ともあろうお方が高貴なご身分あるあるのお堅い喋り方も忘れて深々と頭を下げていた。


 俺はというと玉座の前に跪き、頭を垂れているものの、血管が浮き上がらんばかりの力が顔に集中していた。


「剣聖、エルドレッド殿」


 ――剣聖。

 陛下が口にしたその称号は世界で一人しか持たないものだ。


 十年前、世界中を混沌へ陥れた魔王が討伐された。

 魔王とその軍勢を討伐した伝説のパーティー。彼らの功績を称え、一人ひとりに称号が与えられた。

 そして何を隠そう、そんな英雄の一人『剣聖』こそ、まさに俺の事であった。


「いや、本当ですよぉ」


 俺は何とか口角を釣り上げ、上ずった声で答える。


「次期国王の座を得る為、勇者という称号を掲げて迷宮へ突っ込む殿下の護衛。あくまで殿下の功績と実力を積む事が目的だから、正体を明かす事はせず裏方に徹して欲しいという注文まで含めて俺は割と真面目に仕事していたはずなんですけどねぇ」


 つらつらと言葉を並べていく内、陛下の顔色が更に青みを増す。

 剣の国グラディマーグでは王族の中で最も優れた剣の腕を持つ者が王位継承の権利を得る。

 そして現在の皇帝は未だ皇太子を決められていない。

 皇帝や国民が納得するだけの功績を積んだ者が現れていないのだ。

 それ故に現在、王位継承を望む王族達は皆躍起になって結果を作ろうとしており、陛下もそれを推奨している。


 第一王子が勇者として名乗りを上げ、魔王軍の残党狩りをすると決めた際も陛下は彼が充分な結果を出せるようサポートをした。

 だが国の古い慣習を重視した事で王族が死んでしまえば元も子もない。そして万が一の事を考えた陛下はグレイアム殿下の安全を確保する為に最強の護衛を用意した。

 それが俺だ。


 いや、正確に言えば俺の前にもう一人、グレイアム殿下の護衛を任された英雄『賢者』がいたが、奴は護衛中に命を落としたと聞いている。


「出来レースだとバレないようにこっそりサポートをして、殿下の有能さをアピールして周知させる。――そんな仕事を受けた結果が? 無能と判断され、囮を押し付けられ、迷宮の下層で一人取り残された挙句? そこら中の魔物を時間を掛けて殺し回って戻ってきたら俺は死んでいる事になっていたんですけども?」

「すまん……ほんとにすまん……うちの愚息が」


 陛下が口籠ってしまい、その場には気まずい沈黙が残される。

 顎に蓄えた立派な髭をもじもじと触っていた陛下はやがて恐る恐る口を開く。


「それでな、お主には詫びとして一生遊んで暮らしていけるだけの金銭を定期的に授けるからな」

「え」

「厚かましい願いだとは思うのじゃが、どうかそれで許してくれぬか」

「わかりました」


 俺は即答する。

 陛下とはそれなりの付き合いだ。彼も俺の返答は何となく察していたのだろう。

 安堵の息を吐いた後、やや呆れるように目を細めた。


「儂が言うのもなんじゃがな。お主、金回りの事になるとちょろすぎるのは少々考えた方がいいぞ」

「金に勝るものなんてないでしょう。さあ、契約書を」

「ちゃっかりしとるのぉ」


 魔王討伐という命がいくつあっても足りないような大仕事をこなしているのだ。

 これ以上働きたくないとは常々思っていた。

 無職で好き勝手遊ぶようなぐーたらハッピーライフこそ、俺の人生最大の望みであった。

 因みに魔王討伐の報酬は遊びに注ぎ込んだらすべて消し飛んだ。


「契約書はもう用意しとる。ただな、その前にお主にもう一つ頼みごとがあってな」

「こっちの方が厚かましいのでは?」


 自分の頼み事と息子の軽率な選択のせいで英雄が死んでもおかしくない状況に陥った挙句死亡扱いになったのだ。

 にも拘らず更に頼み事などと宣う陛下の様子に思わず俺は口を挟む。


「いやいや、これはお主の今後の人生設計的にも絡んだ問題じゃ」

「はぁ」


 陛下は手を組み、神妙な面持ちを見せる。


「このままじゃ……国は滅ぶ」

「はい?」

「グレイアムを皇帝なぞにしたら国が滅ぶ」

「いやグレイアム殿下はやめましょうよ。お言葉ですけど」

「だが現状ではそうもいかぬのが問題でな。今、世間の目的に一番優秀な結果を出しているのはグレイアムという事になっているのじゃ」

「過保護が仇となりましたね」

「返す言葉もないわい」


 グレイアム殿下は言動の倫理性と頭脳面は難しかないが、剣の腕は平均以上、戦場へ臆さず突っ込む度胸は優れている。

 故に積極的に戦場へ赴く動きはあり、彼が戦場に行くという事は俺がこっそり手助けをするという事なので自然と結果はついて回る。

 そして戦闘での勝ち星や倒した敵の数なんかはこっそり磨かれた剣の腕よりもわかりやすい。

 それ故に国民は彼を高く評価していた。


「そこでなのじゃが、ナディアの剣の腕を上げてやってはくれぬか」

「ナディア王女殿下ですか。確か今は国立学園の剣術科に通われていらっしゃいましたね」

「ああ。ナディアは聡明で勉学に於いては非の打ち所がない。剣の腕も決して悪くはない。ただ学園に通っているが故に目立った結果は出せておらぬ上、女だからの。国民からの評価もあまり得られぬのじゃ」


 グレイアム殿下が皇帝になれば間違いなく国は傾く。

 そして国が傾けば陛下が詫びと称した定期的な金銭の支給も止まるだろう。

 それだけは避けなければならない。


「わかりましたよ」

「迷惑を掛けるのぉ。この仕事が終わったら、今度こそお主に依頼が降り掛かることはないからの」


 陛下は側近へ合図を出し、一枚の紙が俺へ手渡される。

 内容が問題なければサインをするようにと傍らで言われつつ、俺はすぐにサインをしてその紙を返した。


「……そういえば、稽古はどこで? 一応死んだことになっていますし、王宮を行き来したらグレイアム殿下とすれ違う可能性もありますが」

「ああ、そこに関しては問題ない」

「問題ない?」

「いるのじゃろう、アガサ」

「は? アガサ? まさか――」


 陛下が口にした名には聞き覚えがあった。

 俺は慌てて辺りを見回す。

 すると俺の右隣の景色が歪み始め、何もなかったはずの空間から一人の女性が姿を見せる。


「はぁい♪」


 紫色の長髪を三つ編みでまとめ、大きな三角帽子を被ったいかにも魔女といった装いの彼女はアガサ。

 かつての仲間であり、グレイアム殿下の護衛の前任――死んだはずの『賢者』だった。


「やほ~。お久しぶり~」

「あ、アガサお前……! 今まで一体どこに」


 アガサは死んだとされていた。

 だが彼女があっさり死ぬようなタマじゃない事は知っていた。

 今回の件で、俺と同じ様な目に遭ったのだろうと踏んではいたが、まさか普通に王宮を出入りしているとは思っていなかった。

 一応死んだ事になった彼女がどこへ消えたのか、その手掛かりも彼女からの連絡も一切なかったのだ。


「ずーっと王宮にいたよ~。わたしはほら、人目を避けるの得意だからねぇ。王様がお詫びとして願いを叶えてくれるって言ってくれたから、一生王宮暮らしで切るようにお願いしたんだぁ」

「ずるい!!」

「でも~、結構窮屈だよぉ。わたしは引き籠りだしお世話されたいからいいけど、キミは遊び回るからねぇ。外出の度に隠れたり遠回りしたり、無駄に体動かしたりしたくないでしょ~」

「確かに。外で家買った方が楽か」

「折角の再会のところ悪いが、話を戻させてもらうぞ」


 話題がずれ始めたところで陛下が咳払いをする。


「エルドレッドには別人として学園へ潜り込んでもらい、ナディアに接触してもらう。いいか、決して正体がバレぬようにな」

「学園……? いや、ちょっと待ってください。流石に学生って歳ではないですよ。確かに歳を重ねてから入学する人もいますが、流石に悪目立ちするんじゃ」

「なぁに言ってるのも~。その為にわたしがいるんだよぉ」


 アガサは下唇を舐めると笑顔で杖を掲げる。

 俺は嫌な予感がし、思わず後退る。

 彼女が舌なめずりをする時は決まって良くないことが起こるのだ。


「だいじょ~ぶ♡ ちょぉっと骨格と筋肉を縮小変形させたりいじくり回すだけだから♡」

「おい待て全然大丈夫じゃな――」

「ちちんぷいぷ~い♪」

「アギャ――――ッ!!」

「とても英雄とは思えぬ絶叫じゃな」


 アガサが杖を振るった途端、俺の体から聞こえてはいけない音が鳴る。

 あまりの激痛に耐えられず絞り出された悲鳴が謁見の間に響き渡ったのだった。



***



「許されると思ってるのかこんな事」

『悪かったよぉ』


 俺は森の中を歩きながら低く呟く。

 その傍らにはふっくら真ん丸なボティを持つ綿毛のような生物が浮遊している。


「絶対思ってないだろ。治るんだろうなこれ」

『だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。多分♡』

「おい」


 アガサの声が聞こえる綿毛は愛玩動物として好まれる魔物に模したぬいぐるみ――彼女の発明品だ。

 アガサはこのぬいぐるみを通して周囲の景色や音の情報を確認できる。

 彼女は俺の新しい仕事のサポート役として抜擢されたのだ。


『それより急ぎなよ~。登校の時間過ぎちゃうよぉ』

「わかってるって」


 俺は深く被ったフードの下で溜息を吐く。

 その時だ。

 茂みから魔物が飛び出して来た。


 だが大口を開けたそれは目と鼻の先まで俺に近づいた瞬間、真っ二つになった。

 魔物の死骸が転がる周辺に俺の姿はない。

 数メートル先を何事もなかったかのように歩く俺には返り血一つ吐いていない。


 強風にあおられたフードが俺の頭から離れる。

 悪かった目つきは面影を消して垂れがちの目尻と大きめの瞳に置き換えられ、眉と目の間隔、唇の大きさや太さなど顔の形状は本来の俺の姿から大きく変わっている。

 身長は随分縮み、成長期前か途中程度になった。


「そんじゃ、急ぎますか」


 一つ大きな伸びをする。

 すっかり剣聖エルドレッドとしての姿を失った俺は少年エルという架空の人物へ成り代わり、王立学園へ向かうのだった。

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