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ドロップ・アウト  作者: 沢瀉 妃


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5/5

「ごちそうさまでした。」

「由那知ってるんだ、法律だと女の子は16歳、男の子は18歳で結婚できるんだよね」


「そうだよ、よく知ってるね」


「えへへっ、亜斗くんが教えてくれたっ! 亜斗くんいっぱい本読んでるからぜーったい由那より頭いいと思うんだ」



 だから、たまちゃんとか涙にぃには謝っても足りないね、と由那は巴に笑って見せた。それを見て巴は同意を示すように頷きながらゆっくりと手元のそれの包装をほどいていく。

 2本用意されたそれは、持ち手にピンクと青のリボンが結んであった。由那と巴の色である。誰が決めたとかそういうのはどうでもよくて、性別とかもこの際どうでもよくて、それはただその2本を1対だと示すだけのそういうものだった。



「これ、あーやでしょ」


「うん、猫ちゃんの説明書の中に一緒に入ってた。ルナっちも、きょーくんも、きっと知ってたよ」



 昼間のことを思い出す。なんでルナたちが由那にプレゼントを持ってきたか。それは今日が由那の16歳の誕生日だったからだ。



「お母さん、本当は明日来る予定だったの。けど、もういいんだ。そりゃ、由那はさ、いくらでも泣いてあげられるけど、お母さんにはもう涙の残量がないんだもん」



 由那の両親が泣かなくなったのはいつだったかと巴は逡巡する。そんなに回数を見たわけではないけど、それでもあの2人はこの病棟に足を運ぶ部外者としては泣かない人らである印象だ。

 他の家族はまだ、患者に希望を抱いてそれに縋っている。

 本人たちがとっくに捨てている、煌びやかな幻想に。



「……由那。愛してるよ。由那が好きだよ」


「由那も巴がだーいすき、だから、一緒に」



 死のうね。

 参加者の誰もいない深夜の病室の2人だけの結婚式で、これからの輝かしい未来を誓う口調で、由那はそう言って巴に抱き着いて軽くキスをした。

 病棟の、他のメンバーが融通してくれた“2本”。


 非力な由那でも持ちやすいよう、持ち手がシリコンのグリップになっていて、月明かりに反射して銀色に光っている。

 2人同時にそれを振り上げて、相手の心臓のあたりに突き立てて、切り裂いた。



「……ともえ、いただきます。ゆな、をどうぞ、めしあがれ」


「いただき、ます。ゆなも、残さず、たべてね」



 左手薬指におもちゃの指輪をはめて、最初に噛み千切ったのは、相手の心臓だった。

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その後のこと


「あーあ。由那も巴も死んじゃった」



 なんてことなさそうなトーンで英がそういえば、部屋にいた全員が「ねー」と気のない返事をした。



「やっぱりさあ、やっぱりさあ、ほんとは由那ちゃん自分で指輪選びたかったかなあ」


「……あやりがそこまで考えてくれたかもしれないって、由那も巴もわかってるだろ」


「やめてよ、るいにぃ! そんなん言われたら、なんかちょっと嬉しいじゃん」



 医師たちや関係者から見て、この第3病棟の患者の死は珍しくないけれど推奨されたものではないことは確かだ。医療機関は人が死ぬ場所ではあるけれど、ここの目的は現状維持と恢復であって終末医療のそれではない。

 けれど患者たちの考えることはおおむね同じで、それは外部の人間には理解できないものだと信じているし、事実そうだった。

 この場所で、死にたくない人間はいない。

 重篤な童話症候群というのは、そんなに甘く可愛いものじゃない。


 あやりがNEKOBOを見つけてきた、ルナが指輪を紛れ込ませておこうといった。英と涙が包丁を手配した。享佑が付き添ってそれを届けに来た。

 画面越しに誰もが心の底から、本気で、由那に「誕生日おめでとう」と言った。生まれてきてくれたことも、出会ったことも嬉しいと思っていた。

 だから喜んでほしくて、亜斗が「男女は16と18で結婚できるから由那と巴はOKだよ」と教えた。


 2人のためにダリアと大地が婚姻届けっぽいイラストを描いた。

 牡丹と紫陽は泣いていた。「またね」とだけ言った。

 碧と絢は何度も何度も感謝と祝いと愛の言葉を重ねていた。

 環だけが、黙って笑っていた。


 その患者たちの水面下で行われたやりとりと、目の前の祝祭の空気感に担当医である一貝は眩暈がするといってため息をついた。それでも彼らを非難しないのは一貝だけは、この病棟の内部の狂った箇所を知っていて、それでいて黙って見逃せるからに他ならない。

 美原、北御門の両夫妻は泣いていたが、それも久々にみた涙だったけど、どちらかと言えば喜んでいるようだった。関係者の身内ならそうなることも珍しくはない。真偽に価値はないのでこの話はここで終わりである。



「それはそれとして、アタシ、ふたりには生きててほしかった」


「それはまあ、そうだね」



 食性の病状が発症している人体の研究はほかの奇病より進んでいるけれどそれでもまだわからないことのほうが多い。痛覚はあるはずだし、組織がつくりが多少違っても、快楽や苦痛を感じる機能、生命維持をしている機能の動きには全く差異がないはずというのが最新の見解である。

 にもかかわらず、あの二人の目と、脳と、臓器は空っぽだった。ただひとつ、「胃」以外は。



「はーあ、あの2人らしいよねえ。相手をぜーんぶ食べちゃうなんてさ」


「お互い食べて、一つになって、骨のカゴに胃だけ入れて天国までもっていくんだね」



 美原由那と北御門巴の身体は「食べられる」。そんなことはわかっているがどうやって食べるのかは正直よくわかっていない。生きている人間を調理するわけにはいかない。

 加えて彼らは修復する無限食糧にはなりえない。食べたら当たり前に質量が減るのだ。

 それを、そうしたら食べきれるのか。お互いがお互いをほとんど残すことなく間食していた。

 彼らが口にしたのはあくまで人の形をしただけの至高の美味だったに違いない。



「ねー一貝せんせ、あの部屋どうすんの?」


「片づけますよ。遺品は、ご家族が引き取るそうですがきみたちも欲しいものがあればお譲りすると言ってました」



 病棟でいかにほかの患者に世話になっているか、を喋りたおしていた由那を思い出した。

 全員で目を合わせて、代表してあやりが「NEKOBOは、病棟にいてほしいかな」と言った。


 2人消えた、第3病棟。

 もうすぐ、冬が来る。

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