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ドロップ・アウト  作者: 沢瀉 妃


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4/5

飽食の世界

「おーい、由那、巴、遊びにきたぞー」


「あ、きょーくんとルナっちだ」



 消毒室を2つか3つ通ると関係者は病室への行き来が可能なため、患者同士の交流は一般的な病院よりも活発なのがこの第3病棟だ。

 とくに今いる患者はここ数年で一番平均年齢が若く、高校生くらいの若者が多いため全員が友人と言っても過言ではないようだった。

 今日、1時間後に誰かが死ぬかもしれないこの場所であっても、彼らにとってはそれが日常だから。



「へへへー見てこれ、これ私たちから由那ちゃんにプレゼント!」


「やたら厳重だね、これ。袋何枚重ねてんの?」


「だって俺が触るとそもそもルナがあぶねーし? 二人は俺に触れるけど袋は後で捨てるならルナに持ってもらうしかねーじゃん? で、ルナに持たせて凍ったら壊れるじゃん? っていう厳重装備なわけ」



 東院享佑は体液が猛毒である汗毒体質だが、どういうわけか由那や巴の病状には毒性を発揮しない。同行している黒崎ルナは触ったものを凍らせる冷凍指病だが毒は効くため、うっかり何かのはずみでお互いに触らないようにした結果、多少凍っても問題ない程度の梱包でルナが荷物を持っている、ということらしかった。

 享佑は毎日特性の手袋をつけているし、特殊なマスクもつけている。ゴム手袋とか不織布だと溶けるんだよな、と笑っているその感情で、素直な笑顔なわけはないとこの病棟の誰もが知っている。



「NEKOBOっていう猫ちゃんロボットなの、本物みたいに鳴いたりするよ」


「にゃおう」


「わっ、すごい! お腹も動いてて息してるみたい!」


「どうしたのこれ」


「あーやが通販で見つけたから買ったんだと、俺はルナの付き添い」


「あーやと円ちゃんは?」


「検査の日なんだよ、外部のな」



 享佑の言葉に巴は顔を曇らせる。あーや……日野原あやりはルナの同室、西院円は享佑の同室の患者だ。やはり同年代の。

外部、というのは要は研究者たちが自分たちの肉体を掻っ捌きたくてしょうがない……という好奇心をにじませながら、問診したり皮膚片や唾液や髪を採取するあれのことだ。


 一応患者の任意協力での検査ではあるが、任意といいつつ月1度はほとんど義務のようなものになっている。入院費の補助のために仕方なく……というのが正しい。

 患者を被検体として見るな、というのを奇病科の医師たちは力強く主張してくれるが外部の「研究者」たちはどこ吹く風だ。人間の心程度はあるのだろうが、ここにいるのは人間とは呼びにくいかもしれない。



「その後体調どう?」


「なんとも。相変わらず食品だよ、二人して」


「まあみんなそうだよな、俺さー最近思うんだけど、奇病の研究したいなら甲種危険物取扱免許くらいあったほうが良いような気がしてきたとこ」


「なら食品衛生責任者とか調理師免許なんかもあったほうがいいね」


「調理師? ああ、巴たちの葬式の話ね」


「そ」



 ブラックジョークのようなそれはここでは日常茶飯事で、それはお互いへの嫌味やいじめなんかではなく純然たる事実を軸にした些末な雑談だった。

 こういう話をするたびに人間ではなくなっていくような気がして童話症候群はその影を濃くするが、患者同士のコミュニケーションとしては比較的適切な題材だと言えた。第三病棟の担当医師である一貝いちがいがそんなふうに言って学会で非難轟々であったのも記憶に新しい。



「巴の火葬かあ、いいにおいしそうだな」


「やっぱ肉が焼けるにおいなのかな? 味は違うかもしれないけど」


「由那は焼こうが煮ようが果物だと思うよぉ、って前に言ってたけどな」


「ああ、由那はそうかもね」


「だろー、俺はどうかな、火葬して煙が有害物質だったらどうしよう」


「……最近は、死にたいと思う?」



 猫のおもちゃにはしゃぐ少女ふたりを薄目がちに見つめながら巴は享佑に尋ねる。

 軽度の童話症候群でも希死念慮はついて回るが、ここにいる患者は全員がその症状を重篤と判断されている。奇病も、童話症候群も。

 泣いた赤鬼、という絵本がある。奇病科の患者はみんな「鬼の気持ちがわかる」という。赤鬼も青鬼も。自分たちは人間ではなくなっている、と誰よりも本人たちがそう思っているからだ。

 人間じゃないなら、自分は、何者なのだろう。



「死にたいね、毎日死にたいね。けど巴とか円には生きててほしいなって思ってるから勝手だよな」


「お互い様だろ。僕だって、自分は死にたいのに由那たちには生きてほしいって思う」



 童話症候群は医学分類でいえば鬱病に近しいが、鬱とは根本的な症状が異なる。死にたいが、世界のすべてがどうでもいいわけではなくて、当たり前にだれかに生きていてほしい。救いを求めているようなことを言うくせに、自分の救いのすべてをあきらめていて関心がない。


 未来の話をされるのは無神経だと思う。

 けれどそんな話されたところでどうとも思わない。

 自分たちを知りたがる人間たちには、関心もない。


 そんな世界で彼らは等しく童話の「悪役」とか「化け物」に成り果てる。だってそういう物語の主人公は総じて人間だからだ。自分たちとは違う、見目麗しい、五体満足の、もしかしたら少しだけ特殊な力はあるかもしれないけれど、それは世界を救う希望のような明るい、優しい、聖なる力であって、自分たちとは対極にあるもの。



「僕はね享佑、由那なら僕を食べてもいいと思ってる」


「ああうん、そんな感じする。俺らも味見したーい」


「だめ、だから、由那のことも、食べないで」


「……ああ、わかってる。なあ巴」


「なに?」


「俺は死んだら天国があったらいいなって思ってる派なんだけどさ、まああるとしてな。死んで“普通”になったらさ、その時もまた友達になろうぜ」



 この病棟は、呪いであり、絆だと患者全員が思っている。

 この世界で自分と、自分以外の化け物を住まわせる白い箱。自分たちを材料として見ている異質な世界の果て。ここには抑圧があって、自由があって、自分たちはそうしてつながりを維持して生きていられる。


 だって、どうしたって、化け物だって、一人はさみしい。

 とても、さみしいのだ。



「そうだね、ここに来なきゃ友達になるタイプじゃなかったね」


「うん、だから、俺はまた巴と由那と、円もあーやもルナも英さんも碧も紫陽も牡丹も亜斗も環も絢も涙さんも大地もダリアも、夜鳴先生も一貝先生も、みんなそうやってまた会ったねって話がしたい」


「うん。……大丈夫だよ享佑。僕も、そう思う。心から」






 巴のあれは絶対に嘘じゃない、俺の命をかけてもいい。

 東院享佑は後に、捜査に来た警察関係者の前で、自分の首に刃物を当てながらそう証言したという。

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