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ドロップ・アウト  作者: 沢瀉 妃


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3/5

おいしそうなにおい

 おんなじ部屋に男の子が入院してきたのは由那の12歳の誕生日の次の日だった。


 由那は、っていうかここの患者のみんなは入院患者ってなっているけど食事に制限なんかはない。ここは病院といいつつ人間を生かしておくための施設だから、希望を出せば食べたいものが食べられるし、可愛いお洋服を着たっていい。お母さんに頼んだら可愛い雑誌やお化粧品も買ってきてくれるものもある。


 勉強だって、外部の先生とガラス越しにやっている。友達は患者のみんなが友達。狭いコミュニティではいじめが起きやすい、っていうけど(魚も水槽に入れるとそうなんだって)ここでは全員が「化け物」だから、世界から取り残された存在だから、そんなつまらないことしない。

 だって誰かをどうこう思う暇がない。みんなみんな、早く死にたくて仕方ない。


 亜斗くんやたまちゃん、ダリアに大地くんは退院できる可能性があるタイプだ。まあそれも「他よりは多少そう」ってだけだけど。だから将来の夢、とか聞かれることがあるみたい。外の人間って無神経だよね、って言っていた。

 由那や巴、まどねぇやあややん……っていうか最初に言った4人以外は退院できる可能性がない。万が一、億が一、兆が一、みたいな、しかも「確率」じゃなく「可能性」レベル。可能性100%がやっと確率1%って感じ。由那たちはその可能性すらないから将来とか大人になったらとかそんな話できない。


 未来なんかないこの世界が由那のすべてだ。由那はみんなと違って生まれたときからここにいるから。

 美原うつくしはら由那。それが由那の名前。本当だったら小学校とか中学校とか、部活とか、習い事とか、いろんなところで自己紹介したんだと思う。初めまして、美原由那です。由那って呼んでくれたら嬉しいな。そんな言う予定もない自己紹介を、鏡相手に何回も練習していた矢先、巴は来た。


 北御門きたみかど巴。由那より3つ年上の男の子だ。巴は背が高くて、優しくて、雑誌で見た芸能人の男の子みたいに顔がかっこよかった。

 緊張しながら、人生で初めての自己紹介をした。初めまして、美原由那です。由那って呼んでくれたら嬉しいな。

 あんなに練習したのにちょっと噛んじゃって、初めてだったのにってすこしだけ落ち込んだけど、巴は笑って「僕は北御門巴。僕も巴って呼んでね」なんて慣れた感じで自己紹介してくれた。


 巴は中学3年生だったらしい。受験っていう、高校に入れるかどうかの大きなテストを控えていたのにそれがぱあになったって言っていた。

 由那は生まれつき奇病患者だから未来のことなんて考えたこともない。ぼんやり生きて、今を過ごしているだけ。まだ死にたいのピークじゃないから生きてるだけ。でも巴は? 巴は将来とか大人になったらとか、そういうのを考えてたのにぜんぶぜんぶ台無しになったの? 病気のせいで? そのころの病棟にはまだみんながみんなはいなかったし、もっと年齢層も高かったから「大人になったら」って話はあんまりしたことがなくて、だから年がちかい巴の「閉じた未来」の話は由那にはすごく衝撃的だった。

 だって可哀そうじゃない。由那と違って外のこといろいろ知っているの。これから先それは出来ませんって言われたら絶対絶対辛いじゃん。


 巴の症状は「人食性症候群」っていって体が食べられるもの変化していくらしい。由那の体と一緒。前は違ったのに、巴の体はどんどん由那と同じになっていく。それって、すごく、酷いことだと思った。

 原因はわからない。どの病気も同じ。だから余計に神様みたいな、運命みたいな実態の無いものを呪わしく思った。どうして由那ひとりで満足してくれないの、どうして巴の未来を閉じちゃったの、どうして巴にそんなことしたの。許せない、許せないよ。巴は大人になって、由那のいない世界で、もっと楽しく生きていくはずだったのに。


 泣きながらそんな話をしたら巴は泣いていた。「僕のために泣いてくれるんだね」って巴は言った。当たり前じゃん、だって由那、自分のために泣けないんだもん。

 由那が悲しいのはいつも人のこと。お母さん、ごめんね。お父さんもごめんね。由那のせいで悲しいんだよね、かわいそう、ごめんね。そればっかりが由那の「悲しい」のすべて。


 入院しなきゃいけないレベルの奇病が生まれつきなのは由那と同じ症状の人だけで、でも由那が5歳の時にしょーごお兄さんは19歳で死んじゃった。別の部屋だったけど、首を吊ったらしい。

 しょーごお兄さんの体は砂糖で出来ていた、らしい。あんまり覚えていないのは由那がまだ小さかったから。それでもしょーごお兄さんが教えてくれた『マザー・グース』はまだ覚えてる。俺は男だけど砂糖で出来てるんだよ、って。それがどんなにひどい自虐だったのか当時の由那にはわからなかったけど。


 巴や英にいみたいに、後天的に発症して人生の分岐で道を閉ざされた人がいることが許せない。由那だけでいいじゃん、由那が世界中の「悲しい」を全部泣くよ。由那の体は涙じゃなくて、果物だもん。涙が枯れたり、しないもん。



「あのね由那、僕のために泣いてくれてありがとう。でも僕は由那が、僕のために笑ってくれたほうが嬉しいんだよ」


「そうなの?」


「誰かを想う気持ちを持ってる由那は名前の通り美しいよ。だからね、僕を想うなら、僕のために笑ってほしい。そしたら、僕たちはこの部屋で、二人で生きていられるから」



 ああ、なら、巴がそういうんだったらそうしようって思ったの。

 巴の外の知識を由那に教えてもらおう、そうして二人で苦しもうって。由那は巴のことを半分も理解してあげられないけど、そうやってこの部屋で、二人で生きていていいなら由那にできることはそれしかないから。


 そうして生きてきたこの4年間は、由那の人生で一番幸せで一番苦しい。だって外には巴を知ってる人がたくさんいる。この世界で由那を知ってるのは由那の家族とこの病院の人だけ。由那ってなに? 由那はこの世界にいらないんじゃ?

 ねえ巴、嫌だよ。耐えられないよ。だって巴が好きだった子とか、巴を好きだった子がいるんでしょ。ずるいよ。由那は好きも嫌いもきちんとわからない、人間未満の生き物なのに。けどそうして巴のために不幸になることが由那はこの上なく幸せだから、今日も巴と並んで図鑑を見て、動画を見て、お話をしようって思うの。はちゃめちゃにしんどいよ。由那、13歳ではじめて死にたいなって思ったもん。


 でもね、まだ死ねないんだあ。


 だってこんなおいしそうなにおいした巴おいてったら、だれもが巴を食べたいって思いそうでしょ。だからね、由那決めたんだ。

 死ぬときは巴に食べたもらおうって。

 そしたら巴の体は由那の体で、由那の体も巴になれるって。

 ねえ巴、冗談じゃないよ。そうでもしないと、由那、だれかに愛してるって言えない気がするんだ。



「ねえ巴」



―――巴なら、由那の全部を食べてもいいよ。

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