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 翌朝起きると、昨日のトタン板が甘えるように近寄ってきた。


「よしよし、今日はお前が家になるように他の廃材も集めてくるからな」


 仮にこれが夢だとしても、登場人物に可愛げがあって悪くない。正直俺は、一晩寝て覚めてもまだこれが現実だとは感じられないでいた。ふわふわと浮き足だったような気持ちで毛布から起き上がる。


 俺がトタン板をくすぐってやると、くねくねと身を捩りながらはしゃいでいた。俺も一晩で随分ここに染まってしまったみたいだ。寝て起きたら、なんか開き直った。

 とりあえずここでの生活が地に足のついたものになるように、衣食住をなんとかしよう。


 俺はゴミの流れ着く場所まで台車を押して歩いていく。

 虚空に開いた穴の先には、昨日とはまたラインナップの違うゴミの山ができていた。


「さて、建物としてうまく適合してくれるような気のいいゴミはいるかな」


 俺が独り言を言いながら廃材を探していると、向こうから建築志望の廃材たちが近寄ってきてくれた。流木に、古材の板、屋久杉らしき年輪のテーブルなんかもある。


「おお、大量大量」


 屋久杉は少し気高い感じで、『あくまでテーブルとして使うならついていってあげてもいいけど』みたいな感じの態度でツンツンと俺の足元に転がってきた。流石に年輪を重ねているだけあって、その分の誇りがあるらしい。


 ついでに、『捨てられた夢のカケラ』なんかがないかと気に掛かったが、特にそれらしきものは見当たらなかった。


 そもそも『捨てられた夢のカケラ』がどんな形をしているのかすらわからないのだ。探しようもないのだが。だが実際にそれを見つけることで元の世界に帰った人間が居るらしいのだから、いつか見つかると信じるしかない。


 俺は廃材たちを台座に乗せると、元の喫茶店前に戻っていった。ここの近くの場所を整地して、その上に家を建てるつもりだ。

 捨てられたプラスチックの箱だの、大量のアイドルのCD——どうやら握手券だけ抜き取られて捨てられたらしい——だのを脇に退けて、地面が見えるくらいにまで場所を整備する。


 このゴミ溜めの地面は、コンクリートの打ちっぱなしのような灰色になっていた。相変わらず殺風景な場所だ。


「集合!」


 俺が号令をかけると、廃材たちが整地した地面の上に集まってきた。


「よし、じゃあ板材たちは四方をこのぐらいの大きさで壁を作ってくれ!」


 俺はワンルームぐらいの広さを示して、板材たちに号令をかけて、並ばせる。板材たちはふんすふんすと移動して、四角形に並んだ。ドアは捨てられていた引き戸を使う。


 板材たちを並ばせたら、その上にトタン板を乗せて屋根代わりとした。こいつは少し甘えたがりだが、しっかり仕事はしてくれるようで、屋根として『ふん』と気合を入れて覆い被さってくれる。


 ひとまず、これで家らしきものは完成しただろうか。

 屋久杉のテーブルを真ん中に置いて、少し古びた毛布を隅に敷いて、これでまあ最低限の住環境は確保できたということでいいだろう。

 さて、喫茶店で飯でも食いにいくか。


「マスター、やってる?」


『喫茶トラッシュ』に入ると、そこには客がいた。客、と言っていいのだろうか? プラスチック製の洋服ダンスに、マスターが洋服を詰めている。


「おう、ヨシオ」

「何してるんすか」

「洋服ダンスに服を食わせてるんだよ。腹が減ったらしいからな」

「はぁ」


 もう何も考えるまい。ここはこういう世界なんだろう。


「で? お前は何が食いたいんだ? 今日は新鮮な卵なんか流れ着いたから、オムレツなんかも作れるが」

「ああ、じゃあそれで頼む」


 マスターはカセットコンロに火をつけると、鉄のフライパンを熱し、そこに油を流した。


「ここには案外色んなものがあるんだな」

「食えるもんも飲めるもんも、まだまだ使える服だってあるぜ」

「風呂に入りたいんだが、流石にそれはないか?」

「ドラム缶ならある。まあ、コンロを使えばドラム缶風呂くらい作れっだろ。ないものは自分で用意しな」


 ここではDIYが正義ってことか。まあ、資材置き場(俺はゴミの流れ着く山をそう呼ぶことにした)まで行けば、なんとかなるだろう。


 マスターは溶き卵をフライパンに流し込み、そこからジュワッと小気味のいい音が聞こえてくる。手慣れた手つきでオムレツを巻いていくのを見るに、元々プロの料理人か何かなのだろうか。そういえばマスターがどうしてここに流れ着いてきたのかも聞いていない。まあ、あんまり人に聞くもんでもないかもしれないが。


「ほい、お待ち」


 テーブルの前に出された皿には、綺麗に巻かれたオムレツが黄金色に輝いている。上には手作りのトマトソースがかけられていた。皮肉なことに、カップ麺やコンビニ弁当以外を食べるのは久しぶりだった。こんな掃き溜めの世界に来て、ようやく手料理を食べることになろうとは。


 スプーンを差し込むと、中からとろりと半熟に火が通された卵が流れ出す。それをスプーンで掬い、口に運ぶと卵のまろやかさにトマトソースの程よい酸味が絡んで、なかなかに美味かった。


「うまいね。マスター」

「あんがとよ。んで、兄ちゃんは今日どうすんだい?」

「ドラム缶の風呂でも作ってみるよ」


 風呂なしの生活は流石に耐えられない。どうせならドラム缶風呂にでも入ってみよう。幸いにというべきか、水というものは腐るほど捨てられているようだった。蛇口から垂れ流しにされたまま排水溝へと吸い込まれていく水が、あの資材置き場の脇から流れ出てきているのだ。マスター曰く、それは飲料水にもして大丈夫とのことなので、飢えと乾きで死ぬ心配はなかった。


 さて、オムレツを食べ終えた俺は、マスターにお礼を言って——もちろん金など流通していない——、資材置き場へと向かった。


「ドラムかーん、あるかー! ドラムかーん」


 自力で探すよりも、向こうからやってくるのを待つ方が早い。俺が大声で呼びかけていると、資材置き場の中からむっくりとドラム缶が起き上がった。


「お、ドラム缶。いたか。俺、ドラム缶風呂作ろうと思ってんだけど、雇われてくれないか?」


 ドラム缶をスカウトとか、冷静に考えると何やってるんだろうという気になるが、とりあえず俺はそいつに勧誘をかけた。

 ドラム缶はでかい図体なだけあって、のっそりのっそりと動いている。少し気乗りしない様子だったので、どうしても風呂に入りたい俺はドラム缶に頼み込んだ。


「風呂に入れてくれたらついでに磨いてやるからさ」


 のっそり、のっそり。

 ドラム缶はついに頷いた。


 水の出口までドラム缶を運び、水を溜めている間にコンクリートブロックを並べて土台を作った。その下にカセットコンロを置いて、ドラム缶を火にかける。

 湯が沸いたら、内釜にもコンクリートブロックを入れて、底の熱さで火傷をしないように整えた。

 さっそく、待望の湯に浸かる。

「あぁー」

 思わず声が漏れてしまうほど、ドラム缶風呂は気持ちが良かった。周りに人っこ一人いないだだっ広い中で、露天ともいうべき状態で風呂に入る。もちろん空は灰色だし自然環境もクソもないが、それでも開放感はひとしおだった。


 

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