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 ひとまず、喫茶店のマスターに、ここで生きていく方法をアドバイスしてもらうことになった。これが夢にしろ現実にしろ、目の前のことを受け入れなければ何も始まらない。

 マスターは、ここでの生活では食うには困らないと言っていた。未開封のペットボトルに、消費期限が今日の日付になっている廃棄されたコンビニ弁当(『今日』は捨てられた日めくりカレンダーの日付で判断できるらしい)。


 その日その日の捨てられたものが流れ着く場所があるので、そこにいけば捨てられた飲料や捨てられた弁当などにありつけるのだと言っていた。新鮮だけど不揃いな野菜なんかもよく流れ着いてくるから、料理もしようと思えばできるんだそうだ。


 その場所を案内してもらうために、俺たちは喫茶店の外に出た。

 そこには、ペットボトルとカセットテープが仲良く手を繋い歩いていた。


「は?」

「ああ、あいつは麦茶とFLOWERSのカセットテープだよ。いつもああやって仲良くデートしている」


 FLOWERSって、だいぶ昔に流行ったバンドだ。カセットテープの時代だから、一体何十年前だろうか。いや、そんなことより麦茶とカセットテープがデートしていることの方がおかしいんだ。どういうことだ、一体。

 俺が内心パニックになっていると、喫茶店のマスターはなんでもないことのようにひらひらと手を振った。


「ま、ここではこういうこともよくある。気にすんな」


 麦茶たちのデート風景をチラチラと気にしつつ、俺はマスターの後をついて掃き溜めの道を歩いていった。地面には特売チラシが大量に落ちていて、油断すると足を滑らせそうになる。


「この掃き溜めの街は不思議なもんでな、まだ使えるもんが中心に流れ着いてくる。なんの使い物にもならない真のゴミは少ない。どんだけ人間がまだ使えるものを捨ててるのかっつー話だな」


 このマスター曰く、愛とか平和とかも捨てられて流れ着いてくるって話だったが、まだ使える愛だのまだ使える平和だのがあるってことだろうか。まだ使えるなら捨てられていなさそうなもんだが。

 たどり着いた場所には、空中にぽっかりと穴が空いていた。その穴から、断続的にゴミがごうん、ごうん、と音を立てて吐き出されてくる。


「お、ちょうどいい。コンビニ弁当の当日廃棄品が流れてきたぞ。それに、未開封の缶飲料も」


 マスターは嬉しそうにゴミ溜めをかき分けていくと、飲食物を回収していく。


「そんなに回収してどうするんすか」

「ん? 俺の店の看板見ただろ。店で出すんだよ。ここには飲食物を必要とする生き物も捨てられてやってくるからな。お、カリカリ発見、ちょうどいいや」


 マスターは犬の餌の袋を見つけると、それも嬉しそうに回収した。犬の餌……捨て犬もここに流れてくるということか。そう考えると、ちょっと胸が痛む。俺はああいう、可愛い動物に弱いのだ。


「おーい、そこの。あ、名前なんつったっけ?」

「あ、田中ヨシオっす」

「おう、ヨシオ、じゃあこれ持ってくれや。店に運ぶぞ」

「はあ」


 いつの間にかマスターからアルバイトのようにこき使われている。まあこの世界で生きていくアテのない俺だ。マスターの世話になるしかないんだが。


「そのうち家も建てなきゃなんねぇだろ。めぼしい板材なんかあったら目ぇつけとくんだぞ。あとまっすぐな釘なんかは貴重品だ。拾っとけ」


 ここでの暮らしが長いマスターのアドバイスはどれも参考になった。

 ひとまず今夜は喫茶店のソファで寝かせてもらうことにして、いずれ板材を組み合わせて屋根と壁を作るようにと助言を受ける。


「でも俺、建築の知識なんかないっすよ」

「ん? んなもん素直で親切なトタン板なんかを選べば、うまいことやってくれっだろ」


 そんな言葉を聞くにつけ、俺はただ正気を失った夢を見ているだけなんじゃないかという気がしてくる。素直で親切なトタン板ってなんだよ。

 マスターの言葉を聞きつけてか、目の前にいたトタン板がボヨンボヨン、と飛び跳ねて、自己アピールをしてきた。


「お、このトタン板なんかいいんじゃないか? お前に雇って欲しがってるぞ」

「トタン板を雇うってなんすか」

「そりゃオメェ、家の壁とか屋根とかにだよ」


 トタン板はそうだそうだと言わんばかりにばいんばいんと体を震わせた。


「わかったわかった。雇うから。これ、喫茶店の近くに持って帰っていいっすか」

「もちろん。ここのものに所有権なんかないからな。みんな適当にスカウトして使ってるよ」


 俺はトタン板をスカウトしたことになるのか。

 ともあれ、家の壁は欲しい。いずれ建てるためにも、『素直で親切な』トタン板は有用だと言えた。

 俺たちはまだ使える廃品を一通り回収すると、少しガタが来ているものの車輪はしっかりしている台車に乗せて喫茶店へと帰ることにした。


  その日の夜——と言っていいものか。朝も昼も夜もないこの灰色の掃き溜めでは、太陽の光など望むべくもない。

 しかし、眠気はやってくる。俺は喫茶店のソファに身を横たえて、天井を眺めていた。

 これから先、どうしたもんかな。


 元の世界に帰りたいが、どこを探しても帰り道は見つからず、帰るアテはない。マスターはもう何年もここにいるという話だった。ここで、生きていくのか? 気のいいトタン板だの、ラブラブしてる麦茶とカセットテープだのに囲まれて?


 それはそれで、悪くない気もするが。本当にそれでいいのか? 俺の人生はここで、捨てられたガラクタとして掃き溜めの中に埋没していく。そんな風でいいのか?

 そんなことを考えていると、どうにも寝付けなかった。


 外に出て、灰色の空を眺める。


 いつまでこの掃き溜めに入ればいいんだ。いっそ死んじまった方が楽なんじゃねーのか。そんな考えがぐるぐると頭を回る。


「寝れねぇのか?」


 缶ビールを片手に、マスターが後ろから現れた。


「ああ、はい」

「元の世界に帰りてぇか?」

「帰れるんすか?」

「俺は試したことはねぇけどな。帰りたくもねぇしよ。だが、噂は聞いたことがある」

「本当に!?」


 帰れる方法があるなら、帰りたい。一体、どうしたらいいんだ?


「昔ここにいた奴で、『捨てられた夢のカケラ』を探してるって奴がいたな。そいつはもう見かけなくなったから、あっちに帰れたのかもしれねぇ」


 『捨てられた夢のカケラ』そんなものを集めれば、元の世界に帰れるのだろうか。だが、『捨てられた夢のカケラ』って、一体なんだ?

 俺が尋ねると、マスターはひらひらと手を振って、「そんなことまで知らねぇよ」と言いながらビールをグイ、と呷った。

 だが、とりあえず進歩といえば進歩だ。その『捨てられた夢のカケラ』とやらを集めれば元の世界に帰れるなら、俺は帰りたい。

 俺はひとまず、この先の身の振り方が決まったことで気が落ち着いたので、寝ることにした。

 

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