表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君は今日も掃き溜めで  作者: 野生のイエネコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/8

田中は今日も掃き溜めで 1

「あなたとはもうやっていけないの」


 俺は三年付き合った彼女に、別れ話をされていた。自宅の前の路上、夜遅く、彼女を家まで送って行こうとした矢先のことである。

 大学を卒業してから三年間。会社で出会ってから、ずっと付き合ってきた彼女である。しかし、俺は会社の社風が合わず、仕事を辞めた。いわゆる、上司のパワハラを苦に、ってやつだ。

 そうして失業保険をもらいながら転職活動をしていたところ、突然彼女から別れを告げられたのだ。


「な、なんで」

「だって、今のタイミングで失職して求職活動してって、結婚とか何も考えてくれてなかったのかなって思ったんだもの」

「それは……」


 ぐうの音も出なかった。確かに同世代の連中の中にはちらほら結婚する奴も出てきている。だが、俺はまだそういう話は先のことだと思っていた。

 あんまり彼女のことは考えずに、仕事を辞めてしまったのである。


「まあ、そういうわけだから、さよなら」


 彼女は大して未練もなさそうに、俺に別れを告げると去っていった。


「はぁー……」


 仕事も失い、彼女にも振られ、踏んだり蹴ったりだ。俺は自宅アパート前にある自動販売機でお茶を買うと、ぐいと一気に飲み干した。こんな時はやけ酒でもしたいところだが、あいにく俺は完全な下戸だ。酒なんて一口飲んだだけで頭が痛くなる。


 甘いミルクティーを買ったはずなのに、味がしない。あーあ、これ、立ち直るのにどんぐらいかかるかなぁ。

 お茶のペットボトルを手近なゴミ箱に捨てようとすると、ふとそのゴミ箱が光っているのが目に入った。


「な、なんだ? これ」


 近頃はゲーミングゴミ箱的な物でも流行っているのだろうか。俺は疑問に思いつつも、家に持って帰るのも面倒で、ゴミ箱にペットボトルを放り込もうとする。

 すると、ゴミ箱の輝きが一段と増したかと思うと、目の前がぐんにゃりと曲がり、俺は立っていられなくなった。


 ぐるぐると視界が回る。そして、体が何か大きな力で、ゴミ箱の方へと引き摺られていった。


「う、うわ……」


 どすん。と音を立てて尻餅をつく。目を開けると、そこは自宅アパート前の路上ではなく、全く見知らぬ奇妙な街だった。


 そこは、ゴミ、としか言いようのないものでできた街であった。寂れたトタン板で出来た建物。コンビニ弁当の廃プラスチックで建てられた奇妙な塔。そして——、俺の背後には、『喫茶トラッシュ』と貼り紙の貼ってある、ゴミ製の建物があったのだった。


「な、なんだよ。ここ……」


 思わず呟く。


「おや、兄ちゃん、捨てられたのかい」

「え?」


 後ろから声をかけられて振り向くと、『喫茶トラッシュ』のドアの隙間から、無精髭のおっさんが顔を出していた。


「あー、まだ状況わっかんねぇって顔してんな。そりゃそうか。まあうちに入ってこいよ。大したもんは出せねぇけどよ」

「へ? は、はい」


 わけがわからないが、少なくともわけがわかっていそうな人物がいたので、話を聞くために店に入る。そのごみの建物は案外中は清潔だった。並べられたソファは端が擦り切れたり、テーブルも塗装が剥げているが、掃除は行き届いている。ロココ調のテーブルに、和モダンな椅子が合わされたりして、チグハグな雰囲気だが。


「ほらよ、賞味期限1日切れのペットボトル茶と消費期限今日の廃棄弁当」

「え、あの……これは……」

「ああ、まずはここの説明からだな」


 喫茶店のマスターらしき男は、どっかりと対面のソファに座ると、話し始めた。


「ここはな、人に捨てられたものが集まる異世界なんだよ。兄ちゃん、ここに流れ着く前に、誰かに捨てられなかったかい?」

「あ、ああ。ちょうど彼女に振られたところだったっすけど……」

「じゃあ、それが原因だね。人に捨てられた物、人に捨てられた人、人に捨てられた概念。そんなものがここには集まってくるのさ」

「いや、そんな……夢っすよねこれ?」

「俺はここに流れ着いてからもう何年も経ってっかんなぁ。俺の認識じゃあ現実だが、その認識をあんたにまで強要することは出来ねぇな」

「そんな精神論的な話じゃなくて……」


 俺は呆然としたまま、しばらく黙り込む。こんなゴミ溜めの世界に流れ着いたのが現実だったとして、俺はいっ

たいどうしたらいいんだ?

 喫茶店の窓から見える空はうっすらと灰色で、太陽も月もない。本当にここは、異世界なのか? それも、捨てられたものだけが流れ着く、という。


「まあショックだろうが、ここはそんなに悪いところじゃないぜ。ここには人間が捨てたものだけが流れ着く——愛とか、平和とか、時間とかもな」


 喫茶店のマスターはそう言って笑い、賞味期限が1日切れた缶ビールを美味しそうに飲み干した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ