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第82話 記録式結婚──婚姻誓約の儀、開始します

挿絵(By みてみん) 



 記録王国の歴史に、きっと今日という日が刻まれる──俺と茜の結婚式だ。


 場所は王国の中心、「大記録図書宮」。王国に存在するすべての記録が納められた巨大な神殿であり、歴代の王たちの功績や、民の声、日々の営みまでもが保存される神聖な場所だ。


 天井には巨大な水晶ドームがあり、過去の記憶が映像として流れ続けている。その中に、俺たちの姿も、いずれ新たな記録として浮かび上がるのだろう。


 この場で交わされる誓いの言葉は、王国の記録中枢に直接刻まれ、“聖文”として後世に残される。魔法でも消去できない、永遠の記録だ。


「いよいよですね、王様」


 茜が笑いかけてくる。純白のドレスは、彼女の過去と今が重なったものだった。


 胸元のレース部分に、かつて彼女が日々巻いていた“ほつれたスカーフ”が丁寧に縫い込まれていたのだ。あのスカーフは、彼女が必死で働いていた頃の証であり、俺と出会った日も、幾度もすれ違いながらも歩み寄った時間も、すべてを見てきた布だった。


「……そのスカーフ、覚えてる。最初に君を見つけた時、巻いてたやつだ」


「ふふ。まさか、ドレスになるとは思ってませんでした。でも、ちゃんと一緒に連れていきたくて」


 彼女がそっとドレスの裾をつまむ。白の中に、ほんの少しだけ淡いベージュの縁取りがある。それがスカーフの名残だった。


「君らしいよ。過去も大切にするところが」


「あなたが全部、記録してくれたからですよ」


 その言葉が胸にしみて、思わず俺は笑った。


「緊張してきた。正直、魔王討伐のときより手が震える」


「えー? あのとき崖から飛び降りてたじゃないですか」


「それより今のほうが怖い」


 冗談を交わしながら、俺たちは壇上へと進んだ。


 だが、その壇上の中央──王座の前で、俺は立ち止まった。


「どうかしました?」と茜が小さく問いかける。


 俺は静かに頭に載せられた王冠を取り、後ろの祭壇に置いた。


「今日は、王としてじゃない。俺は──ただの一人の男として、君の隣に立ちたい」


 茜が驚いたように目を丸くして、そして微笑んだ。「……はい。じゃあ、私もただの“茜”でいさせてください」


 その瞬間、俺の中の何かがすっと軽くなった。王でも、英雄でもなく、ただの一朗として──この人の隣に立つ。それでいい。


 壇上には、無表情なAIクラヴィスが控えている。


「本儀式は“婚姻記録式”として、王国記録法第零号に則り実施されます。すべての発話・感情・魔力反応をリアルタイムで記録・保管」


 場内が静まり返る。俺の心臓の音さえ記録されそうなほど、空気が澄んでいた。


「では、誓いの言葉を」


 茜が俺を見つめて、真っ直ぐに言った。


「私は、あなたと共に生きていくことを誓います。記録される未来に恥じぬよう、愛をもって」


 そのとき、クラヴィスが淡々と報告を挟んだ。


「誓いの言葉、収録中。感情変動、幸福度最大値。世界記録級」


 場内に一瞬の静寂が訪れた後、くすくすと笑いが起こった。茜も思わず吹き出し、俺も肩の力が抜けた。


「記録王国らしい演出ですね」


「予想外だったけど……ちょっと嬉しいな」


 少しだけ場が和らいだ空気の中、俺は深く息を吸って、続けた。


「俺は、茜。君のすべてを記録して、大切にしていく。泣いた顔も怒った声も、幸せな笑顔も、ぜんぶ──永久保存だ」


 今、この瞬間を未来に残したい──それが、俺の“記録魔法”の本質だ。


 そして今日、俺はそれを愛の証として刻む。


 その瞬間、天井の水晶ドームが光を放ち、俺たちの魔力が絡み合うように渦を巻いた。金色と白の光が天に向かって昇っていく。


 その映像は、水晶に映し出された──この場にいるすべての者が目撃し、そして未来へと継がれていく記録。


 ……だが。


 その一瞬。


 水晶ドームの中心に、誰も見たことのない記録が浮かび上がった。


 それは──未来の記録。


 まだ誰も経験していない出来事、言葉、景色。

 幼い声、笑顔、そして──影。


 すぐに像は消えた。


 誰かが「今の……」と呟いたが、クラヴィスは何も言わず沈黙していた。


 まるで、あれが本当に記録されたのかどうか、確認できないかのように。


 クラヴィスの機械的な声が、式を締めくくる。


「婚姻、成立。記録完了。感情反応:至高。

 保存ランク:永世不滅記録。名称──“愛の起源”」


 拍手が沸き起こる中、茜が目を潤ませて笑った。


「こんなに恥ずかしいログ、残っちゃいましたね」


「それがいいんだ。俺たちの愛は、堂々と残す価値がある」


 照れながら、でも誇らしくそう答えた。


 今日という日が、未来の誰かの勇気になる記録になりますように──そう願いながら、俺たちは手をつないだ。

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