第47話 記録と影の狭間――再会する仮面と“消された記憶”(後編)
塔の空気が変わった。
影が静かに蠢き、重力すらねじれているかのような圧が体にのしかかる。
ここはもう、普通の空間ではない。
俺は剣を構えたまま、消えた仮面の男が立っていた場所を睨みつけていた。
記録スキルが効かない領域。
記憶の奥底を攪拌するような、強制的な混濁。
その中で、何かが──脳裏に、こびりついていた。
「……一朗さん、大丈夫ですか?」
篠崎が、俺の肩に手を置いた。
柔らかな手のひらが、今の俺にとって何より現実的だった。
「ちょっと……混乱してる。記録スキルを使うたびに、何か……変な映像が混ざってるんだ」
それは、明らかに“俺の記憶ではない”もの。
どこかの研究施設のような部屋。
仮面の男、そして……俺が、並んで立っていた。
しかもその中の俺は、なぜか笑っていた。
信頼しているような表情で、仮面の男を見ていたのだ。
「ねえ、一朗さん。もし、その記憶が本当だったら……あなたは、今のあなたじゃなかったかもしれないってことですよね」
「……ああ。少なくとも、何か“選択”をしたのかもしれない。だけど、それを俺は──忘れてる」
そのときだった。
塔の奥から、重い扉の開く音が響いた。
空間が、まるで何かに引きずられるように、ゆがんでいく。
その中心にいたのは、再び姿を現した仮面の男だった。
「よく来たな、高野一朗」
「また記録されないエリアで待ってるとか、趣味悪いな」
「今度は、お前に見せる番だ。お前の記録、その断片を」
彼の言葉とともに、周囲に光の記録ウィンドウが現れた。
そこに映し出されたのは、数年前の俺。
いや、正確には──異世界転生直後の、ほんの数時間の記録。
記憶の空白期間。
「これは……」
その映像の中で、俺は確かに彼ら“影の勢力”に保護され、問いを受けていた。
「記録の力を使い、世界を正すか、記録に抗い、自らの自由を取るか」
……俺は。
「選んだんだ。自由を」
だから俺は、篠崎やクラヴィスと出会い、今ここにいる。
「記録を選ばなかったお前に、我々は干渉できなかった。だが、再び選択の時が来る」
「同じ選択は、もうしない。……今度は、全部“記録して”戦う」
俺の中の《記録》スキルが、再起動した。
今度は、強制的に“上書き”されないように、保護された記録として。
光の粒が、俺の周囲に集まり始める。
篠崎が小さく微笑む。
「ようやく本気なんですね。一朗さん」
「遅くなってごめん。俺、ようやく……思い出せたから」
仮面の男が、静かに仮面を外す。
現れたのは──どこか、俺に似た顔。
「まさか……」
「そう。“もう一人のお前”だ。別の転生に失敗した、お前の“可能性”だ」
空間が砕ける。
塔が、次の階層への扉を開いた。
──記録されざる戦いが、始まる。




