【第一章 魔法少女の覚醒】8
近くで見ると、その姿は圧巻だった。
三階建ての校舎を優に超す巨体は、まさしく巨人。こちらにはまだ気付いていない様子で、校舎や体育館など、人がいるであろう場所を狙って攻撃し続けていた。
「雫九。あの巨体ベポ。一発でももらえば、いくら魔法少女と言えど無事じゃ済まない」
「……うん、わかってる」
果たしてやれるんだろうか、と汗が伝うが、
「……やるしか、ないよね」
「その意気ベポ! 雫九!」
七海は弓を構え、前方をしっかりと見据えた。
「……っていうか、普通いきなり下の名前で呼ぶかな?」
「……? ダメだったベポ?」
「……ま、いいけど、さっ……!」
緊張感のない会話をして少しだけ優しく笑った後、弓を引いた。それと同時に黒い矢が浮かび上がった。目標をしっかりと定める。
「いくら巨人だからって、弱点がない訳、ないと思うけど……!」
魔物と言えど、動いている以上生き物だ。そう考え、まずは頭へと、狙いを定めた。脳がある、確実な部位へと。
弦を弾き、矢を放つ。
しかし、矢は、途中で勢いをなくし、最終的にゴーレムの胸元に弱弱しく当たって砕けた。
「……あり?」
素っ頓狂な声が出て、途端に脂汗が噴き出る。これ、まずいかも。
「雫九……ボクのサポート受ける気あるベポ?」
「うぐ」
そして、ゴーレムがこちらに気付き、振り返る。ギロリと睨む相貌に竦みそうになる。
「やっば……!」
「二手に分かれるベポ!」
グオオオオオオオオオオオオオオオオ‼ と雄叫びをあげながら、岩の拳を振り下ろす。間一髪で七海は避けたが、そこでようやく、魔法少女の力に一つ気付きがあった。
「体が、軽い……! いつもより何倍も速く走れそう……」
魔法の力は人の能力の限界を超える。身体能力が底上げされ、まさに人智を超えた力を手にしたと、七海は確信を得た。
しかし、魔法の力があるとはいえ、地上からでは届かない。
「雫九! ヤツの動きは相当とろいベポ! 素早さで翻弄してみせるベポよ!」
「そっか、なら、この方法で!」
前へ、一気に加速する。きらきらと小さな光が痕跡としてしばし残っていた。
懐に飛び込むようにゴーレムの股を抜け、跳び上がった。跳躍はゴーレムの胸元辺りまでしか跳べなかったが、十分狙える距離だろう。
振り返りながら、またも頭部へと狙いを定め、弓を構える。
ゴーレムは鈍重な体で必死に振り返るが、その体では七海のスピードには追いつけない。
「遅い……ッ!」
今度こそ。片目を閉じて、矢を射った。
カツン! と、軽い音が響き、矢は折れたが、僅かにゴーレムの体はのけ反った。
くるりと空中で一回転しながら華麗に着地する。確かな手ごたえを感じていた。
しかし、この方法ではいつまで経ってもゴーレムを足止めすることぐらいしか出来ず、決定打にはならない。
ドゴン! ドゴン! と連続で振り下ろされる拳を俊敏に避けながら、七海は考え、観察した。ゴーレムの隙を。
そこで、ある一点に目が行った。ゴーレムの腕の、継ぎ目となる岩と岩同士が、時折行き場をなくしたように回っている。
「継ぎ目だ……!」
ゴーレムのぞんざいさの原因であった、岩と岩の継ぎ目。
そこを叩けば、崩れるだろうか。わからないが、試すことにした七海。
「そこっ!」
だが、何度矢を射っても、力及ばずガキンッ! と弾かれる。届いてはいても、その頑強な岩を崩すことはない。
「はぁ、はぁ、このままじゃ……!」
じり貧になっていく。元々溜まっていた疲労が、ここに来てぶり返してくる。
「闇雲に打っても岩を貫くことは出来ないベポよ! 矢に魔法の力を籠めるベポ! 今の力はまだ不完全なんだベポ‼」
そうだ。能力の底上げや無限の矢だけが魔法ではない。
魔法はイメージ。そのことを思い出させる。
すぅ、と息を吸い、弓を引く。矢にイメージを籠める。
「……狙い澄ませ、」
矢が応えるように、光が集まり始める。凝縮されたような光の膨張を、
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
放つ。
「スターショット!」
瞬間、音もなく風を切り、矢が消える。
次に見たのは、胸の岩肌に深く突き刺さる、光の矢だった。
「……‼」
「グッ、ゴオオッ⁉」
力の増幅された一矢が、ゴーレムを怯ませる。これまで以上に確かな手応えだった。七海は小さくガッツポーズを取る。行ける、これなら……。
再び、前へと突っ込み、ゴーレムの目から逃れながら、頭部を狙い矢を射る。
しかしそれを、ゴーレムは腕を振り上げることで頭部への狙いを阻止した。
「……!」
すると、ゴーレムは校庭の木を草でもむしるように引っこ抜き、七海へと勢いよく投げ付ける。
「うわ、ちょっ⁉」
間一髪回避したが、その先にあった校庭入り口の扉がひしゃげてしまった。当たればひとたまりもなかったろう。
「ッ⁉ 一回退くベポ!」
「わ、わかってる……!」
後退し、距離を置いて一つ深呼吸する。堅牢堅固なその図体だが、ある程度の知能があり、おおよそ生き物としての性質は兼ねているようであった。地団駄を踏むように、校庭を踏み荒らすゴーレム。衝撃波が遠くの七海まで伝わってくる。
脅威を目の前にして、七海は、足が震えるのがわかった。
──やっぱり、怖い。あんな攻撃が一発でも当たったら……。
七海は最悪の結末を想像し、しばし固まってしまう。一歩間違えば踏み潰される恐怖。巨体から繰り出される圧倒的な力の暴力が、七海の心を貶めてく。
それでも。
「雫九ッ! キミは一人じゃないベポ! ボクも付いてるベポ!」
この小さな生き物の声は、不思議と七海に力をくれた。声をかけているだけかもしれないが、それだけで、ほんの少しの勇気になる。
ふるふると頭を振って、くだらない妄想と切り捨てた。
迷っている暇はない。再び、前へ駆けた。