【第一章 魔法少女の覚醒】4 (二上視点)
場面は、少し巻き戻る。
崩れた校舎の瓦礫の中で一人、声をあげる者がいた。
「だ、誰か……! 誰かいませんか……!」
二上縁はもぞもぞと、瓦礫に挟まれた体で這い出そうとする。しかしたった一人の力では到底動かせない。呼吸もし辛く、声も出しづらい状況だった。
「あっ……ぐッ……」
体を動かそうとする度、全身に激痛が走る。頭が割れそうな感覚に顔をしかめると、その頬に赤い雫が伝ってきた。
冷や汗が止まらない。二上は、一度体力を温存しようと、周囲の光景に目を凝らす。しかしどこを見回してもコンクリートと鉄筋の瓦礫。冷たく物悲しいその光景が逆に、彼女の心を急かしてしまった。
そこは、校舎の中でもほとんど誰も通らないような場所だった。二上が選んで七海を閉じ込めた場所の近くで、また七海と同じく、三階から二階へと落下し挙句の果てには、瓦礫の下敷きになってしまったのだ。
「ここにいます……! 誰か……! 来て、下さッ……!」
届くはずがないことぐらいわかってただろうに、掠れた声になりながらも声をあげる。噛みしめるように悔しさを滲ませた二上は、その瞬間のことを思い返す。
──魔物警報が出たとき、またか、って思った。どうせあたしらには関係ないって。
でも今回ばかりは違ってた。
窓の方で、光が走ってた。その時、空から、何かが降ってきて校庭にヤバそうな、巨大な魔物が降り立った。岩の巨人みたいな、バカでかいヤツだった。
最初、何が起きたのか、さっぱりだった。でも、気付いた時にはもう手遅れで、目を覚ましたら身動きが取れなくなっていた。
姿が見えない美紀と由貴は、あたしを置いて、真っ先に逃げ出してたのかもしれない。じゃなきゃ、声がしないのが不自然な気がしてた、アイツら、声でかいから。
置いてかれた恐怖より、真っ先に死がよぎって、どうしようもなく、不安になった。
「誰か……誰か……!」
必死に声をあげる。しかしその声は冷酷にもコンクリートの壁に吸収され、どこにも届かない。次第に気力も失くしてしまった。
二上は己の行動を恥じるように涙を流す。
──全部あたしの自業自得だ。自分が蒔いた種だ。助けも来ない。……助かる資格もない。このまま、瓦礫の下敷きになって死ぬんだ。
「…………たすけてよ」
か細く、弱弱しい声が漏れる。
情けない最期だ、と。力なく嗤った。
瓦礫の重みが、心の余裕を潰していく。コンクリートの冷たさが、彼女の熱を奪っていく。
冷えていく体を、受け入れるようにゆっくりと目を閉じる。
頬を伝う涙だけが、やけに暖かった。
世界が暗くなる。聞こえるのは鈍い振動と、巨人の咆哮のみ。
どれほどの時間が経っただろう。
次第に体の感覚がなくなっていく。もう終わりだ、と、諦めなど早々についていたのに、何度も考えてしまうのは、生に執着しているからか。
……そんな中、足音が聞こえた。
「……二上さん! 大丈夫⁉」
幻聴だと思った。
今、このタイミングで、こんな場所まで来るなんて、ありえない。来る訳がない。
「なな、み……?」
ぼんやりしてきた目を開けると、瓦礫の隙間から、七海雫九の顔が覗いていた。
「よかった、まだ意識が……。どうにか、動かさないと……!」
さっきまであったいじめがなかったみたいに、二上を助けようと冷静に状況を確認していく七海。
「なんで、あんたが……」
「……っ、この……!」
ゴロゴロと瓦礫が音を立てる。少女一人の力ではびくともしないその重み。七海はそれでも、諦めるそぶりも見せず、もがき続ける。
それが余計に。
惨めだった。
「なんで、あんた、なんだよ……」
虚ろになる意識で、二上は声をあげた。
「ねぇ、二上さん、聴こえる? 今どこか痛むとこある? 足とか、まだ動かせるかな?」
返ってくるのは、優しい声、必死な声。
「うる、さい……! お前、ホント、むかつく……。なんで、あたしを、助けて、ホント……いみわかんねぇ……!」
二上は、訳もわからず七海に当たり散らした。
助かりたいくせに、ただ自分の、ちっぽけなプライドが傷付くことが、たまらなく嫌だった。
「……、二上さん」
驚いたような表情で、七海は二上のほうへ振り返る。そうして二上はまた、挑発するように声をあげる。
「はっ、なんだよ、正論、すぎて、言い返せな
「よかった、いつもの調子に戻ったみたいで」
絶句した。見上げて気付く。隙間から見えた彼女の顔は、確かに微笑んでいた。
──バカみたい。
あたしの暴言なんか、何ともないって顔で。
本気で、あたしのこと助けようとしてる。
そして、七海は覚悟を決めたように、瓦礫を手で動かそうとする。
「ねぇ二上さん! 大丈夫だから! きっと助かる、……助けるから、だからもう少しだけ、頑張って!」
瓦礫をどかそうと必死な七海の姿が一瞬ずつだけ映る度、心が波打っていくのを感じる二上。
──また、あの目だ。諦めないって、確かな抵抗を感じる、あの目。
今度は大きな瓦礫の破片を見つけ、入りそうな小さな隙間に通す。てこの原理で、少しずつ少しずつ、瓦礫の隙間を広げようとする。
小さな体で、全身を乗せるようにして。
「ぐっ、この……、っ‼」
「……!」
瓦礫から伝わる振動が止まる。七海はうずくまり、声も出さずに悶えていた。落としてしまった瓦礫の破片には、赤く染まった手形が残っていた。
それでも。痛みを堪えて、何度も何度も挑戦し続ける。
「七海……、もう、いいよ……」
僅かだが、瓦礫との間に確かな隙間を作り出すことに成功していた。しかし動かす度に、七海の手はさらに血で濡れ、コンクリートと鉄筋が擦れる音が響いた。
痛々しいその光景。
涙が滲む。
「……もう、十分だって七海! あんたがここまでする必要なんて……! どうせあたしは、助からない。このまま、潰されたまんま、死ぬんだよ。それでいいじゃん、ぜ、全部、あたしのせいだよ、だから、
「うるさい‼」
急なその大声にびっくりし目を丸くする二上。いつも冷静な七海が、初めて、二上の前で感情を爆発させていた。
「何が十分なの⁉ 助からないとか、自分のせいとか、勝手に決めつけて……! 助けるって言ってんのがわかんないの⁉ 見殺しになんて出来る訳ない! だって今、あなたはまだ、生きてるんだよ⁉ だったら置いていける訳ない、死ぬだとか、私の前で二度と言うなっ‼ こんな終わり方があっていいはず、ないんだからッ‼」
七海の激高が響き渡る。初めて見せる、彼女のそんな姿に、ただ声を失った。
「勝手にいなくなるとか、そんなの、絶対、許さないから……! 私の目の前で、そんなの、絶対……‼」
その目に宿る強い光に、二上は飲み込まれた。