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【第四章 奇跡を紡ぐ少女】6

「……! なんと……」

 地上にいるシスターの声がゴシックの耳にも届いてくる。ワイバーンの背後で、黒い影から姿を現したゴシックがいた。


 ──〝影〟の魔法。姿をくらまし、逆襲を遂げる暗器のような力。

 この土壇場で、ゴシックは新たな魔法を習得したのだった。


「……へぇ……! やるねぇ!」

 ゴシックの顔は脂汗が噴き出しており、その力の代償を物語る。リリィの声に反応するほどの余裕もなさそうである。

 ──思ったより、消耗が激しい……! だけど、これなら……ッ‼

 ゴシックは、ワイバーンのもう片方の目が睨む表情に、顔をしかめながら、

「そっちも、奪ってあげるよ……! 一矢集中(コンセントレーション)……!」

 ゴシックはその一矢のみに、力を籠めた。宙から置き去りになる体を、その一点に託して。

 光の膨張で、強靭な肉さえも切り裂けと。


「オーバー・ショットォ‼」

 光の軌道は、俊敏な挙動さえ意味を無くすほど、容易くその目を貫いた。


「グギャアアアアアアッ⁉」

 ゴシックは気付いた。もう、体に力が入らないと。

 落ちていく体に身を委ねながら、ゴシックは両目を失ったワイバーンを見据え、そして、上空の少女に祈った。

 もう憧れでは済まされない、同じ魔法少女の〝仲間〟に、最後を託した。

「……リリィ! トドメの一発、お願いッ‼」

「……、よっし、それじゃ、とびっきりの、行っちゃうよ!」

 高らかに宣言すると、リリィは空中で大きく回転しながら、動きの鈍ったワイバーンに狙いを定めていく。両目を失った今、ワイバーンという空の王者は、ただのでくの坊に過ぎなかった。

 ──それは、仮にも『奇跡』の名を冠する者の大技には相応しくない、全てを無に帰す激滅の一打。


「デストロイ、」


 それでいて、破滅をもたらすものへの断罪であり、天罰。希望を見出す不撓不屈の意志を込めた、裁きの鉄槌。

 圧倒的な力は、全てをねじ伏せる。


「ハンマアアアアアアアアアアアァァァッッッ‼」


 振るわれた一打は、激震を呼んだ。直後に凄まじい衝撃が、轟音とともに辺りを埋めつくした。


「うっ………………わっ?」

 衝撃波で、ゴシックの体が揺さぶられ地に落ちる──前に、(すく)われる。

 ──しばしの静寂。砂埃の先に立つそのシルエット。曇天の空の雲間から、まるでスポットライトのように、彼女に光が降り注いだ。


 彼女の名は、リリィ。この町一番の、魔法少女。

 『奇跡』を紡ぐ、魔法少女。


 その称号に、やはり揺らぎはなかった。光に照らされるその姿を、ゴシックは憧れの眼差しで見つめていた。

「……うん! こんなものかなっ!」

 リリィは、花が咲くような笑顔を浮かべ、その身にお姫様抱っこしていたゴシックに話しかけた。

「ふふっ、ありがとねっ。流石に今回は難しかったなぁ。私のハンマーじゃおっそいからね。足止めしてくれてなきゃ、今頃やられてたかもな? なんちゃって」

 冗談めかして笑いながら、リリィはゴシックを下ろした。ゴシックは憧れのその人物を相手に、なかなか言葉が出なかった。

「ん、ん? えーと、どしたの?」

 首を傾げる仕草もゴシックには刺激が強かった。や、ヤバい、手、綺麗……かわい……いや、そうじゃなくて! てか、今、お姫様抱っこ⁉ うわあっ⁉ と、もう情緒不安定になっていた。

「う、あ、えと……」

 辛うじて出せたのは言葉どころか嗚咽(おえつ)や吐息のような声だった。頬が熱くなっていくのをどうにか誤魔化そうと、ゴシックは無理矢理言葉を紡ごうとする。

「あ、え、いや、その。ここ、こっちこそ、っていうか、わた、わたひ、力になれたか、どうか……」

 噛み噛みになりながら、伝わっているのかどうかすら分からない思いを口にした。目が泳ぎまくり、緊張してしまう顔を、つい背けた。

 リリィは戸惑いを顔に浮かべつつも、

「大丈夫。あなたの勇気、伝わったよ」

 とゴシックの両手を掴んで言う。ゴシックが顔を上げると、続けて、

「あなたの『奇跡』が、私の『奇跡』を繋いだの。それを、忘れないで」

 と、優しさで包むような笑顔で、リリィは言った。彼女の真剣な眼差しに、ゴシックは目が離せなくなった。

「『奇跡』を、繋ぐ……」

「ちょっと、大袈裟かもしれないけどね。でも、私はそう思うよ。あなたが最後まで戦い抜いて、私に繋いだこと。それは変わらない事実だよ。力になれたかどうかって? 当たり前じゃない! この戦いの功労者は間違いなく、あなただよ!」

 そんな真正面からの揺るぎない、満面の笑みと、心からの賛辞が込められた言葉に、ゴシックは胸を打たれていた。

「──それと、シスターも。頑張ってくれてありがとね」

「あら。わたくしのことはおまけ扱いですか、随分と低く見られたものですね」

 シスターが歩いて近付いてくる。まだ完全には回復しきれていない右腕を押さえリリィに詰め寄った。

「ん〜? だってあなたは強いじゃない。私が心配する必要ないぐらいにはね」

「今や『奇跡』と呼ばれるほどのあなたに言われても、あまり説得力はありませんわね……」

「そう? 私は本気で言ったつもりだけど? えっへへ」

 リリィがからかうように言うと、シスターは「ふん」と顔を背ける。耳が赤く紅潮していたのを、ゴシックは見逃さなかった。

「……それじゃ、私はそろそろ行くね。まだ、避難してる人たちがいる。終わったことを伝えなきゃ」

「あ、え、」

 リリィはゴシックの手を離すと、その背から白い翼を広げた。大きくはためかせ、飛び上がり、

「またね、かわいい新人さん」

 と笑みを振りまく。

 ──だ、ダメ。まだ、行っちゃ……! 伝えてないことが、まだ……!

 声が直前で詰まり、上手く出せない。それでも。

「あっ、まっ! ……あのっ!」

「え?」

 ゆっくりと距離を離していたリリィは空中で制止する。何か用だろうかと顔を振り向かせた。その姿が天使のようで、ゴシックの声がまた詰まる。

「えっ、ええっと……!」

 あと一筋の勇気。声が枯れる。焦って声を出そうとして、咳き込む。喉の乾きが酷い。痛む、痛む。

 言えないまま終わりたくはないのに出ない声。仲間や友達に伝えることは出来たその言葉が。枯れてしまう。喉元まで来て、離散する。思わず喉を押さえた。

 ──ど、どうして、こんな、肝心な時に……!

 そんな時だった。

「ゴシックさん、お加減が宜しくないようですが……?」

「……! シスター……」

 シスターは不安げな表情を浮かべ、ゴシックの背に手を当てていた。その温かさに、ほのかに心が安らいでいく。

 ──あぁ。やっぱり。私は、助けられてばかりだ。

 一人でいることを望んでいたはずなのに。結局一人になんてなれない。助けようとしたはずの人たちに、いつも助けられてばかり。

 でも、それが。当たり前なんだよね。だって、一人でなんて生きられない。

 だったら、私は。

 ゴシックは、すぅと、ゆっくり息を吸い込んだ。心を落ち着かせた。

「ありがと……シスター」

 それから、上空のリリィに、自分から目を向けて、精一杯。

「リリィッ‼」

 叫んだ。


「ありがとう! 助けてくれてっ!」


 気恥ずかしいくらい、まっすぐに声を上げて告げた。あの日、言えなかった思い。今、真っ先に伝えたい思いを。

 握りしめた拳が、痛いほど熱かった。

「それとねっ! 私っ! あなたに伝えたいことが、いっぱいあるの! ……だっ、だけど、今は一つだけっ! 聞いてほしい!」

 リリィは、始めは驚いた表情をしていたが、ゴシックの真剣さに気付き、黙って頷いていた。


「私は! あなたみたいになりたい! あなたのような、立派な光に! もう誰にも、負けないような強い光に! 大好きだからっ! 初めてあなたを見た時から、ずっとッ‼」


 リリィは、ゴシックの告白に沈黙していた。瞬きを繰り返し目を丸くした後、ふっと笑みを浮かべる。その笑顔には、誇らしさと小さな照れが混じっていた。しかしゴシックは、目を向けていたはずの顔が下に向いており、その顔を見ることは出来なかった。

 静けさが充満する。風の吹き抜ける音がやけに大きく聞こえるほどに。やがて、リリィは吐息を漏らす。

「……そっか。それじゃ、私も負けてらんないかな! 追いついてきなよ! 私は待ってるからっ!」

 リリィが目を細めた笑みの中に、微かに灯る闘志があった。

 それは、後身の成長を願うためか、はたまた自分のためか。

 いずれにせよ。

 ゴシックは見上げたリリィの顔色に、その答えを──求めることなく、言葉を返した。

「……! うん、わかった……。あっ、それと! 私の名前、ゴシック! 魔法少女、ゴシックだから!」

「あっはは、そっか、うん、そっか! 頑張ってね、ゴシックっ!」

 そう笑いながら、今度こそリリィは背を向け、進み出した。彼女が空へ向かう度、曇っていたはずの空は晴れ渡っていく。差し込む光の眩しさに思わず目を閉じると、彼女の姿は、もう消えていた。

 その光景がまるで、彼女が光の象徴のようだと、ゴシックは感じていた。

 ──負けないよ。私は、もう。あなたを目指して、強くなるから。

 心で、強い決意を囁いて。柔らかく微笑んだ。

(……なんというか、大胆ですわね……)

 シスターが小さく呟く声に、ゴシックは息が上がり上気した顔を向ける。口元に手を当てて、何やら照れている様子だった。目が泳いでいる。

「……? シスター、何か言った?」

「……なんでもありませんわっ」

 ぷいっと顔を背けられる。な、何なんだろう……私変なこと言ったかな……。

 シスターは一つ咳ばらいをし、気を引き締めたように言う。

「リリィのようになると、おっしゃいましたよね」

「え、何、確かに言ったけど」

 ゴシックはたじろいだ。シスターがどことなく、怖い目をしていたからだった。

「あの方になろうと言うのでしたら、わたくしも黙ってはおりませんわ。覚悟や根性だけであの領域に辿り着くのは不可能でしょうから」

「う、うん、そうだね……どうして肩を掴んでるの?」

「決まっているでしょう、逃がさないためにです」

「だから何のために⁉」

「しかし、この傷ではまず戦いの資格すらありませんわね。先に治療をいたしましょう。ご安心を、何を隠そうわたくしは三峰大学病院の娘でございますから」

「え、ちょ、いきなり情報開示されても色々と困る、ってか三峰大学病院ってあのでかいとこ……?」

「……ちなみに貴女が先日入院していたのも、同じ病院ですわよ」

「そ、そうだったの⁉ めちゃくちゃ近所だとは思ってたけど……!」

「あら、でしたら好都合ですわね」

「いやそれよりなにより説明してほしいことが」

「さ、行きますわよッ!」

「え、や、うわぁ⁉ し、シスター⁉」

 ゴシックは軽々と担ぎ上げられ、シスターに病院まで連行されていった。



 その、遥か後方で。

「ふぅ……何とか間に合ったベポ」

 静かに息をつくベポリスの姿があったことは、彼女たちは知らない。

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