【第四章 奇跡を紡ぐ少女】5
ワイバーンはトカゲのように尻尾を切り落とし、再び飛び回る。
「お? やるねぇ、でもちょっと、おいたが過ぎたんじゃない、かなッ‼」
リリィは飛び上がり、ワイバーンの飛翔に一気に追いつく。そして、その巨大なハンマーを力任せに振り回す。
「デストロイ・ラリアットッ!」
「ギヤアアアアアアッ⁉」
ワイバーンは寸前で回避したが、掠ったハンマーが腹部を殴打する。
「おっと、ちょっと届かないか、ならもういっちょ、食らえッ!」
ゴシックは、そんなリリィの戦いぶりを見ながら、ただ立ち尽くし、眺めていた。
あれだけの大きな魔物に、全く臆することなく前へ前へと突き進み道を切り開く、彼女の姿に、憧憬する。
同時に、自分の力のなさ、そして勝てないことへの悔しさに、歯を噛みしめていた。
「……敵いませんわね、あの方には」
シスターも静かに立ち上がり、上空のリリィを見上げていた。
「うん……すごい」
……しかし、そこで、ゴシックはある変化に気付く。
──あれ。
「降りて……来ない……?」
彼女の武器は、巨大なハンマーによる圧倒的な物理攻撃。叩き付けることで、甚大なダメージを与えることが出来るはずだった。
しかし、彼女は今、上空で、ワイバーンと同じ主戦場で戦い続けている。
「……わたくしたちから離れることで、被害を最小限に抑えようとしているのでしょう」
「……! 私たちが、いるから……!」
見かねたように言うシスターの声にハッとする。リリィは、ゴシックたち、ひいては地上に残された人たちへの被害を鑑みて、空の戦いをしている。
歯噛みする。自分たちがいるせいで、彼女の実力を出し切れていないことに。
彼女の、重荷になっている事実に。
『その弓を、魔法を、どんな風に使いたいべポ?』
ふと、べポリスの言葉を思い出す。魔法修行という形で行われた、あの日のこと。初めて、空を飛んだ日のこと。
「私だけの、魔法……」
ゴシックは考えた。その身で何が出来るのかを。
──何も、特別な力じゃなくていい。私に出来ることなんて些細なことだから。どうせ私は、勉強するしか能のない、弱い子だから。臆病で、強がりな、一人ぼっちだ。
……だけど。そんな私だからこそ出来る力が、魔法が、あるはずなんだ。
私は、みんなを守りたい。私を大切に思う人を、私の大好きな人たちのことを、この町を。それは、たとえリリィであっても。
私一人の力がちっぽけだなんて私が一番よくわかってる。そんな私でも、小さな光でも、なんだっていい。たとえ影でも、誰かを支えられる力が……。
「………………………………あ」
その時、ゴシックの頭に、天啓が降りる。空を見上げた。曇天の厚い雲が、上空を覆っており、晴れる気配はない。
だからこそ。
「…………影だ」
彼女は呟いた。そして、落ちている黒い弓を拾い上げ、鈍く輝くグリップを握り直した。
「ゴシックさん……?」
シスターの不安そうな声。唐突に湧いて出た言葉に困惑を隠しきれない様子だったが、ゴシックには届いていない。
──保証はない。出来るって自信も。……それでも、やらなくちゃ。私は、私を変えるために、この力に願ったんだ。
なら、本番だろうとなんだろうと、行かなきゃ行けない時だってある。今が、その時なんだっ!
ゴシックは、震えそうになる足を、根性を入れ直すようにバシンッと強く叩く。
「……シスター、お願いがあるの」
「……、聞きますわ」
嘆息し、シスターはまだ痛む右腕を押さえていた。
「……みんなを、ここから逃がそう。……そして、」
「アイツを、仕留めるんだ」
◇
「──これでひと通り、ですわね」
「……たぶん、そうだね」
ゴシックたちは、リリィがワイバーンを引き付けている間、民間人の避難に尽力した。
怪我をしている者、ご高齢、子供を最優先させつつ、全員の避難をさせていた。
上空を見上げる。リリィはいまだ苦戦している様子で、ワイバーンと戦闘を繰り広げていた。
「リリィのあのハンマーじゃ、簡単にあの竜に追いつけない、仮に追いついても、あの素早さに翻弄されちゃう……」
「では……どうするのですか? その条件は、あなたも同じでしょう?」
「うん……だから、試すしかないの」
「試すって、ゴシックさん、一体何を……」
「次のステップ、かな?」
柔らかく笑うゴシック。シスターはその顔に怪訝な顔を浮かべているようだった。
「ゴシックさん。言葉足らずな性格なのはよくわかりましたが、せめてわたくしにぐらい、何をしでかすのか教えてはいただけませんか?」
「うーん……教えてもいいけど……私もまだ説明が難しくて……」
「はあ……」
「……うん、だけど。きっと上手くいく。アイツも、そう言って笑ってくれる気がする」
思い浮かべたのは、べポリスの顔。ぬいぐるみのような小さな体なのに、大きな存在感を放つ、不思議な生物。
影で背中を押すような、優しい存在。今も隣に立って何か言っているような気がして、ゴシックはまたふと笑う。
「……緊張感がないですわね」
「ふふ、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど」
笑いながらそう謝るとゴシックは、
「それじゃシスター、みんなのこと、任せたよッ!」
「あっ、待ちなさ、まだ話は終わって……!」
跳び上がり、ワイバーンの元へ一気に駆け上がる。
リリィは乱暴にも思えるほど巨大なハンマーを振り回し魔物を追い詰めていた。しかし、すんでのところで当てきれず、反撃を凌ぐことでしか攻撃に転じることが出来ていない。
「ちょこまかと、鬱陶しいなぁもう!」
リリィが苦言を吐きながら、ワイバーンのブレスを風圧のみでかき消した。
そんな中、ゴシックは弓を引き、リリィとの戦闘に夢中なその顔に、ヒュッと矢を放った。
「ッ⁉」
「んおっ?」
リリィとワイバーンが合わせてこちらを見る。
「ちょっとぐらい、私を見てくれたって、いいんじゃない?」
そう言って挑発すると、ワイバーンは雄叫びのように声をあげる。そして、ゴシックへと飛翔した。
「こっちだッ!」
駆け回り、続けざまに矢を放ち続ける。
──光ある所に影はあり。その影のように、誰かを支える力でありたい。そう願った。
少しでも、リリィの隣に並び立てるように。
がら空きのビルに突っ込むように、ゴシックは駆けていく。ちらと覗くと、ワイバーンのほくそ笑むような顔が見えていた。
──やるしかない、一か八か……! ここが正念場だッ! 魔法は、イメージ‼
そして、彼女はバッと振り向いて、両手を広げた。目を瞑り、魔法に祈りながら──。
ゴシックは、姿を隠した。
「ギャ?」
直前まで見えていたゴシックの影を見失い、ワイバーンはそのままビルへと突っ込んだ。
ガラガラと崩れる建物から顔を抜き、頭を振る。きょろきょろと辺りを見回した。動物のように臭いを嗅いで、姿をくらました彼女を探す。
「黒より出でよ」
その全てが、無駄に終わる。
「──サプライズ・ショット」
次に聞こえたのは、そんなゴシックの声と。
「ギ? ギャアアアアアアッッッ⁉」
悲鳴だった。
突き刺さった一本の黒い矢が、ワイバーンの視覚を奪い去った。




