【第四章 奇跡を紡ぐ少女】4
「シスター……!」
「まったく、また厄介な魔物に襲われていますわね……!」
銀髪が光を帯びるたび神秘的に映る。薄いベールに包まれた顔をしかめ、シスターはゴシックを鼓舞するように声をかけた。
「ギャアアアアアアッ!」
ワイバーンは新たな標的を前に一切の怯みを見せない。眼光は絶えずゴシックたちを捉え続けていた。
「ごめん、シスター、すぐに立て直す!」
「そうしてくださいませ──来ますわよっ!」
ゴシックたちのいる地上へ、まっすぐ向かい突進する。ワイバーンはその細長い尻尾を薙ぎ払い、ゴシックに攻撃をしかけた。
「ッ!」
後方へ退避し、すかさずシスターが反攻に転じる。
「カノーネ・ア・ダクア!」
シスターの手のひらから、水が放出される。それも水流のように、勢いよく大量に。
「グババババッ⁉」
ワイバーンの顔面に直撃した流水が、抑え切れず体内へと流れ込む。口を閉じようと必死なワイバーンの顔が反り返った。
「パルモ!」
流水を飲み込んだワイバーンの顎をシスターの掌底が揺さぶった。「グワウッ!」と悲鳴をあげワイバーンを追い詰めていく。
「流石、シスター……!」
ゴシックも負けてはいられない。弓を構え、ワイバーンを見据える。そして大きく跳躍した。
「下がダメなら、上から叩く……! こき下ろせ、フォールショット!」
ワイバーンの高さを大きく越え、その高さから自由落下のように、矢を放つ。
「ギャバァッ‼」
ワイバーンの背中を突き上げた一矢が大きく突き刺さり、のけ反りを見せる。
ワイバーンの相貌がゴシック、シスターの両名を交互に睨む。
「ギャワアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼」
血管がはち切れそうなほどにワイバーンが顔をもたげ、怒りの咆哮をあげていた。
その荒々しいまでの咆哮に耳を塞ぐ。しかしそんな行動など待ってはくれない。ワイバーンは口を大福のように膨らませ、炎を噴き出した。地上へ、空へ、乱暴に振り回す。
「……!」
「ここからが本番という訳ですわね……!」
ワイバーンの炎はとどまることを知らない。ぐるぐるとその場で回転するように吐き続け、ゴシックの逃げ場を奪っていく。
「う、ちょ、あっつ……!」
「何をやっていますの、早くお逃げなさい!」
「わかってる、わかってるけど……!」
「くっ……!」
慣れていない空中戦をしかけたのがマズかった。まだ不慣れな飛行──もとい歩行は、ゴシックを足止めするには容易過ぎた。
そして、それを好機と捉えたワイバーンの突進が、ゴシックに襲い来る。
「う……!」
思わず目を瞑ってしまった。
「──うぐぅッ⁉」
だからその声に、ゴシックは目を見開き、瞳孔が小さくなった。
「しっ、シスター⁉」
シスターが、ゴシックを庇うように覆いかぶさっていた。ワイバーンの鋭い爪が、彼女の腕を引き裂いている。魔法少女のコスチュームが無残にも破られ、ぱっくりと割れた傷口が痛ましい。
「はっ、この程度、かすり傷で……! ッ!」
痛みに歪む顔がゴシックにも見て取れた。それでもシスターは、
「アクア、パルモ!」
と攻撃の手を緩めない。ゴシックの手を取り、流麗な水に乗って瞬く間に地上へと降り立った。
「づッ!」
しかし、それが限界だったのだろう、シスターは跪き、立ち上がることが出来ないでいた。
「しっ、シスター……」
「……、七海さん……いえ、ゴシックさん、でしたわよね。戦いに全力なことは結構です。……ですが、もっと自分を顧みてはいかがでしょうか……!」
シスターが怒りをあらわにし、ゴシックを叱りつける。それは、悪い子を宥めるような、そんな優しい声にも聞こえた。
「この場において、わたくしたちが出来ることは、魔物退治ももちろんですが、何より、助けること、助かることですわ……! 目的を見失ってはなりませんよ……!」
シスターは立ち上がろうとする。しかし傷口から赤く垂れる血液が彼女の腕を縛るように、硬直させていた。
「わたくしたちの身は、わたくしたちでしか守れません、少しは、その辺をご理解ください、ませ……!」
「シスター……」
ゴシックは、そんなシスターの様子に、胸を詰まらせた。
「うん……ごめん、突っ走りすぎた……! そうだよね、守らなきゃ、守れなきゃ、意味がない……!」
ゴシックは、シスターの前に立ちはだかるようにして、ワイバーンと対峙する。
「ここからは私が……! あなたを守るからッ! ……だから、回復に集中して、シスター!」
「……、何一つ、わかっていませんわ……」
そう呟くシスターはしかし、ゴシックの背に縋るほかなかった。
その後も。ワイバーンがゴシックとシスターを襲い続ける。
「ぐふっ!」
何度も何度も虐げられるように、ゴシックに猛威がふるう。
シスターを庇いながら戦うことも、もう限界だった。
「私がまだ……弱いままだから……もっと、もっと……!」
戦いに身を置きながら、七海は荒い息で小さく繰り返し呟く。その様子を、シスターは心配そうに見つめていた。
「もう、よろしくてよ、ゴシックさん……治りました……」
「ダメッ!」
どんなにシスターが語りかけようと、ゴシックはてこでも動かない。シスターのそばを離れない。あんな深い傷が簡単に治る訳がないと、また自分の行いのせいで誰かが傷付く姿を見たくないと。
「ここで終わったら、私、あの日と同じになるんだよ……! それだけは嫌なの! あの願いの先に見た未来に、私は行きたいから……! だから、無駄にしたくない、あなたを見捨てることだけは絶対にしないから!」
立ち上がる。立ちはだかる。
自分は魔法少女だから。
誰かを守るために、必要な存在だから。
だから。
もっと強く。
「変わらなきゃ、変わらなきゃ、私、私は……私は……!」
しかしそんな抵抗も虚しく、不意を突かれる。ワイバーンの爪が、七海の握る黒い弓を払いのけた。
「くっ……⁉」
トドメを刺そうとするワイバーンは、その体躯に身を任せ、押し潰そうとしていた。
「みぃ~つけっ、たッ‼」
その瞬間、巨大な衝撃音とともに地面が揺れる。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼⁉」
「……ッ!」
背後に巨大なハンマーが突き刺さり、ワイバーンが怯む。尻尾ごと、ワイバーンを地に落としていた。
大きな白い羽の翼を携えた、光に包まれた少女が、悠然と立つ。華奢な体躯でそのハンマーを自在に操るその姿。
「……二人とも、よく持ち堪えたねっ! もう大丈夫だよ! 私がいるからっ!」
あの時と変わらぬ笑顔を浮かべる、『奇跡』の魔法少女、リリィ。
ゴシックの憧れの魔法少女が、光とともにやってきたのだ。




