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【第四章 奇跡を紡ぐ少女】3

 現場に到着すると、そこでは、何も起きていなかった。

「え……?」

 街の中心地。大型のショッピング施設やオフィスビルが立ち並び、いつもと変わらない賑わいを見せている。家族で来たのか連れ歩いている子供に「魔法少女さんだ!」と声をかけられ、少し気まずくなる。

 おかしい。確かに魔物の気配を感じたはずなのに、とゴシックは困惑する。こんなことは初めてだった。

 ──……いや、以前にも、こんなことがあった。

 あの日、ショッピングモールへ行く道の途中で感じた、怖気のような気配。あれが気のせいでなかったとしたら。

 すると。

 ズンッ……! と重く響くような揺れがあった。

「……! 魔震……⁉」

 久しぶりに感じたその揺れは、いつもより長く続いていた。周囲では家族連れや子供たちが慌てて体を屈め、揺れが収まるのをじっと堪えていた。「大丈夫……! すぐ収まるから……!」と子連れの母が呼びかける声も震えているようで、ゴシックは歯噛みした。

 揺れが収まった途端、ゴシックはすぐに人々に駆け寄って優しく声をかけた。

「もう怖くないよ。何かあっても、私たちがいるから」

 魔法少女の存在があることは、この町にとっての救い。その事実を象徴するように、少しずつ元の風景へと戻っていくが──。


「ごきげんよう、かわいい淑女さん」


 背後から、声をかけられた。振り返るも、そこに声の主の姿はない。

「ッ⁉ 誰……ッ⁉」

 ゴシックは辺りを見回すが、やはりその正体は掴めない。急に声をあげたことで周囲の人がゴシックを奇異な目で眺めるのも気にせず、

「どこにいるのッ!」

 と語気を荒げる。

「フッ。まぁ見えてねぇのも当然だ。テメェにはまだ手出しをするなとボスの命令だからな。……あぁ、先に手出ししたバカもいたか、アイツはノーカンってヤツだ」

 軽やかながら敵意のある声だけがゴシックの元へと届いてくる。女の声だった。どうやら、相手は姿を見せる気は一切ないようだ。

「……、私に何の用なの」

 ゴシックは見回すことを諦めた。代わりに、睨むように強く目を開けた。竦みそうになる足を、その声で奮い立たせる。

「フン、強気なモンだな。ま、それでこそ、やり甲斐があるってモンだ」

「いいから答えて。アンタが何者か知らないけど、私だって暇じゃないの」

「威勢がいいのは結構だが、そりゃ虚勢ってモンだ。まあいい、コッチも暇じゃないんでな。手短に済まそうか」

 ヒリヒリと焼けつくような声が耳障りに響く。

「ボスはテメェにご執心のようで、何かと目を付けてるらしい、もっともアタシはテメェなんざ眼中にもないがな」

「……? 何で、私なの……?」

 ゴシックはまだ、魔法少女になって日が浅い。狙われるいわれもないと思っていた。

「知るか。だが、ボスの言ってることは間違いない。つまりは、テメェの可能性ってヤツを信じてるんだろうさ」

「可能性……? さっきから、一体何の話を……」

「っと、話題が逸れたな。本題に行こうか」

 指を鳴らすような、パチンという音が響く。すると、辺りは暗く染まり、そこに影が映し出される。異形の形、人型、動物を模した生物のような、様々な影。

「……! ま、魔物……!」

 ゴシックは思わず、弓を構える。手が震えていた。数の多さ、そして不気味さが心を急かす。

 しかし、すぐにそれが本物でないとわかった。魔物の影を写した、映像のようなものがゴシックを取り囲んでいるだけだった。それでも、手を離すことはしない。

 その中に一際目立つ、大きな口元がゴシックを嘲笑う。

 肌の赤い、三つ眼の奇妙な姿の女が、睨め付けていた。

「……!」


「アタシらは魔人。テメェら魔法少女に仇なす者。宣戦布告ってヤツをテメェらに申し込むぜ」


 その言葉が響いた瞬間、空気が一変した。胸に迫るような圧力を感じながら、七海は足元が揺れるような錯覚に襲われた。

「魔人……⁉ それに宣戦布告って……⁉」

「ボスはこう言ってたぜ。『彼女の中にはまだ眠っているものがある』ってな。なら、開花の前に潰すのが最も効率がいい。……だが、ボスはそれを望まないらしい。だったら、アタシはボスの意を汲んでこうしてテメェに伝えに来たって寸法だ。……戦いの兆しが事前にわかってりゃ、潰されようと文句もねぇだろ?」

 ニヒルに嗤うその魔人。

「……、要は、私すっごく舐められてるってことね」

「キャッハハハ! そういうこった! こっから先、もっと派手に戦いの火蓋が切られる。ゾクゾクしながら待っていやがれってんだ!」

 頭に響くような高らかな笑い声。嫌な音色だと顔をしかめた。

「コイツはアタシからの餞別(せんべつ)だ、ありがたく受け取りなっ!」

 次の瞬間、パリンとガラスの割れたような音が耳をつんざき、思わず目を瞑る。

 奇声のような笑い声をあげながら、その声はどんどんと小さくなっていき、聞こえなくなった。膜のように張られていた暗闇から一気に解放され、明暗のギャップに目を覆った。

 そして、再び目を開けると。


 町が、阿鼻叫喚(あびきょうかん)に包まれていた。


「きゃあああああ⁉」

「助けてくれー!」

「……‼」

 空を覆う巨大な生物。力強い筋肉質な体躯、頑強そうな顎、そして、大きな翼。

「ギャアアアアアアッ‼」

 咆哮が響く。鉤爪のような細長い尻尾が呼応するようにゆらゆらと揺れている。それを受けて、ゴシックも弓を構えた。汗が流れ、ビリビリと伝う緊張感が体を蝕んだ。

 それは、おおよそ創作物に出てくるような飛竜、もしくは『ワイバーン』であった。

「……負けない」

 ゴシックは今一度強くグリップを握り直す。

「絶対に、助けてみせる……! 貫いて(コラプス)……!」

 覚悟に揺れる思いを、その目に湛えて。


「デザイアショット!」

 渾身の魔法を込めた矢は、ワイバーンを狙い──寸前で避けられる。


「ッ⁉」

 見た目にそぐわぬ俊敏さと翼の羽ばたき。その動きを見てから、今度は隙を見せぬようにと動き回りながら矢で狙い撃つ。

「この……! 当たって!」

 しかし、届かない。

 ワイバーンは飛翔し距離を大きく離して、ゴシックの矢を退ける。

「くっ……!」

 ゴシックは立ち回りを変更する。空へ飛び上がり、自らも空を駆けながら矢を放ち続けた。

 それすらも、長い尻尾が跳ね返し、

「ギャアアアアアアッ‼」

「まずっ……!」

 ワイバーンがまっすぐゴシックへ向かう。空を主戦場とする魔物の素早さに翻弄された。

 そして、

「あがッ!」

 ワイバーンの鋭利な爪がゴシックを捕らえた。

 強靭な肉体から繰り出される突進の衝撃に、ゴシックは為す術なく、転がり込むように地に落とされた。

 ──マズイ、この魔物、相性が悪すぎる……!

 飛行能力を持った相手でありながら、明確な弱点はまるで見当たらない。それどころか全てが高水準で、攻撃の隙がない。

 風の羽ばたきが、弓矢の威力を無効化し。

 俊敏な身のこなしで、攻撃を見事に躱し。

 強靭な肉体で、反撃の強力な一撃を生む。

 これまで戦ってきた魔物とは、レベルが違い過ぎた。

 ゴシックは、あの瞬間聞いた音の意味に気付いた。

 ──ひょっとして、これが魔人の生み出す魔物なの……? だとしたら、なんて厄介な……!

 あの、何かが割れる音。そして〝餞別〟という言葉の意味を理解し、ゴシックは身震いした。こんな魔物との戦闘は始まりに過ぎない、本番は、ヤツらは。それ以上に凶悪で、恐ろしいのだと。

「……それでも、挑み続けなきゃ……」

 ここには今、ゴシックしかいない。今一度辺りを見回した。

 逃げ遅れ、立ち往生している民間人の姿、泣いている子供。魔物の攻撃で火の手が上がり、煙が立ち込めるビルの数々。

 悲惨な事態を、これ以上被害を増やさないために。

「……戦わないと、ダメなんだ……!」

 弓を引き絞る。当たらなくても、当てられなくても。続けるしかない。

「何のために、今ここにいるの……! 『守る』ためなんでしょうが!」

 それは自分への叱咤(しった)だろうか。ゴシックは、無理矢理にでも心を奮い立たせようと、声をあげる。

「痛みがなんだ、強いからなんだっ⁉ そんなつまらない理由で諦めてたまるもんかっ!」

 黒い弓が光を帯びていく。空を駆け上がりながら、ゴシックはワイバーンに相対する。

「ギャアアアアアアッ‼」

 ワイバーンの激しい咆哮に怯みそうになりながら、前を見据えた。狙うは、その大きな翼。

狙い打て(シューティン)……! レイズショット!」

 羽ばたきの動きに合わせるように、矢を放った。そんな覚悟の一矢は──

 ひらり。躱される。

 それが狙い目だった。

「かかった……! スネークショット!」

 手首で引き寄せるように。その矢をさらに方向転換させていく。

「ギィ⁉ アアアアアア⁉」

 後ろ足に僅かでも刺さった黒い矢が、ワイバーンの動きを足止めする。

「よ、よっし、もう一度……」

 と。そこで、ワイバーンの目付きが、明らかに変わった。鋭い眼光が、ゴシックを捉える。

「え」

 驚きで一言、声を出した途端。ぐるんっ! とワイバーンの体が反り返り、その場宙返りをして、

「あぎっ⁉」

 ワイバーンの尻尾がゴシックを絡め取り、その勢いに乗せて飛び続けた。目の前には、オフィスビル郡が立ち並んでいた。そして、ゴシックは身動きが取れないまま、ビルの壁に思いきり擦り付けられる。

「づぁぁぁッッッ⁉」

 ゴリゴリゴリゴリッ! と摩擦で熱を帯びる肌が腫れていく。なのに止まらない猛攻。やがて、ゴシックは開放されるとともに、再び地に叩き付けられた。

「ぅ……ぐっ……!」

 痛む体に耐えながら、見上げる。悠然と飛翔するワイバーンは、嘲るように空を舞っていた。

「こん……の……!」

 立ち上がろうと足を踏み出す。しかし、ビルから剥がれ落ちた瓦礫に足を取られ、その場で転んでしまう。鋭い瓦礫に頬にピッと一筋の亀裂が入った。

「あっ……⁉」

 声を出したのも束の間。気付けば、向かってくるワイバーンの鋭い凶爪がゴシックへと冷酷に襲いかかる。

「そんな……!」

 万事休す。そんな折だった。


「アクア・パルモ!」


 拳の形の水の掌底が、ワイバーンの頬骨を強烈に刺激した。

「ウギャウッ!」

「……! 今のって……」

「何を寝ぼけてらっしゃいますの! 早く立ち上がりなさいませっ!」

 魔法少女、シスター。

 あの日病院でゴシックを救った、英雄がそこにいた。

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