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【第四章 奇跡を紡ぐ少女】2

「っつつ……」

 多少良くなったものだが、放課後になっても痛みは完全に消えない。ズキンと痛む頭を抱え、七海は二子澤、六城と下校していた。

 二人とはすっかり打ち解け、こうして学校帰りに一緒に下校するまでになっていた。その日あった出来事や、この後に行う魔法修行の話など、話題は尽きない。

「七海さんって。結構不運に見舞われる人?」

「どうだろ……でも、ずっと何かに巻き込まれてるのは事実かも……」

 あのベポリスの一件から考え、来る日も何かが起き、痛みを抱えることは多かったように思う七海だった。

「この分じゃ、今日の修業はお預けか?」

「だね。無理はよくないから」

「ううん、平気だよ、このくらいなら……ボール当たっただけだし」

「ああ、いや、って言うかだな」

 すると、パンっと、二子澤が目の前で両手を合わせた。

「悪ぃ七海! しばらく一緒に帰れねぇ!」

「え、どういうこと?」

 戸惑う七海の質問に答えたのは六城だった。

「実はね。隣町に魔物が現れたの。それで、思いの外被害が甚大みたいで。私たちも応援に行こうかなって」

「復旧活動する、つっても、あたしらも学校があるから、活動範囲は基本放課後からになるんだ。あ、でも魔物が出たら別だけどな? そん時は多少ゴリ押してでも向かわなきゃだ!」

「大体『漏れそうです』って言えばなんとかなる」

「そこまでは聞いてないけど……そっか。そうなんだ」

 魔法少女の役目は、何も魔物を退治することだけではない。時には町の復旧に尽力することもある。それは、魔法少女の存在意義が『守る』ことにあるということの現れでもあった。

「……ねぇ、それって、だったら私も行かないとダメなんじゃ……?」

 六城は目を丸くする。しかしすぐに切り替え、首を振った。

「七海さん。あなたにはこの町に残って欲しいの。いざと言う時、戦える子が一人でも多く必要だから。……もちろん復旧活動中でも魔物退治には向かうけど、間に合わない可能性が高い」

「魔法少女も人手が足りない、っつーわけだ。……ごめんな?」

「……そう」

 七海は肩を落とした。せっかく出来た友達という存在が、急に遠くなった気がした。見かねた二子澤は励ますように、七海に声をかけた。

「心配すんなって! 九怜愛(くれあ)もいるんだからな!」

「九怜愛?」

三峰(みつみね)九怜愛。シスターのことだよ」

 シスター。病院で出会った、華麗に水を操り、拳一つで魔物を退けたあの魔法少女。

「あの子。私たちとは別の学校に通ってるからなかなか会えないけど、魔物が出たら戦いに参加してくれるはずだから。それに彼女、知ってると思うけど、とても強い」

「それに、九怜愛の魔法は回復も出来るからな! ……まぁ、魔法少女にはあんましてくんないけど」

「あのポリシーが致命的なんだよね……いざって時は渋々回復はしてくれるけど」

 七海にも、その光景が目に浮かぶようだった。美徳を信条とする彼女。案外、それが強さの一端なのかもしれないと七海は思っていた。

 同時にその信条は、彼女の優しさの象徴でもあると。

「じゃあ、あたしらはそろそろ行くよ、ホント、ごめんなっ!」

「また明日」

 ひらひらと手を振り去っていく。七海は手を振り返すことしか出来なかった。

 ──そうだよね。二人は、魔法少女なんだもん。だったら、その任務を優先するのなんか、当たり前だよね。何を、浮かれて……って、私もか……。

 七海はため息をついて、いつも通りの通学路を歩いた。

 変わらないはずのその道。一人で何度も通った道。しかしどこか寂しさが漂っていて、七海の心は落ち着かなかった。

 そこで、七海はふと気付いた。

 一人でいる時間に、寂しさを感じていることに。

「……、そっか」

 授業時間、昼休み、放課後。とにかく一人でいることが多かった七海が、誰かを恋しく思い始めていることに気付いて、それが少し、嬉しく思っていた。

 気付けば周りに色んな人がいた。

 少し話せば、喧嘩をするような相手。

 聞き役ではあっても、楽しく話が出来るクラスメイト。

 自由に自分を表現出来るだけの、優しさ溢れた仲間。

 いつの間にか少し変わった自分に、自然と笑みが零れていた。

「楽しそうベポねぇ~」

「……だからその現れ方やめてって言ってんじゃん」

 ……そういえばコイツもいた、と七海は顔をしかめた。ベポリスは相変わらず楽天的な笑顔で七海を見ていた。

「……私、魔法少女になって、よかったかも」

「お? やっと魅力がわかってきたベポ? ふふん」

 ベポリスは小さな胸を張って自慢げだ、思わずくすりと笑う。

「……なんかアンタをおだててるみたいで嫌なんだけど?」

「雫九はオブラートとか知らないタイプベポ……?」

 と。

「──……!」

 不意に、電流のような瞬きが頭によぎった。この感覚は、間違いない、魔物出現時のあの感覚だ。

「……現れたようベポね」

 七海はその感覚がした方へ振り向く。街の中心部、それもあの日三人で行った、ショッピングモールがある方角だった。

 どくん、と、胸の高鳴りが確かに響いていた。大切な街、大切な場所に、潜む危険因子がそこにある。

 七海は拳を固くして、勇気の一滴を握りしめた。

 ──一人でも、行かなくちゃ。

 大丈夫、これまでも一人で戦ったことはある。と七海は決意を新たに、首から下げたペンダントを握る。

「……! 違う、この感覚は……」

「……?」

 ベポリスは何かを呟いていた。その顔には少し焦りが見え、考え込むように顎に手を当てていた。

「……雫九、ボクもちょっと別の対応が必要になったベポ。出来ればキミに付いていたいけど、そっちも気になってて……」

「……よく、わからないけど」

 七海は握ったペンダントに目を向けて。

「私なら、たぶん大丈夫。それより、アンタはアンタのするべきことがあるんでしょ?」

「……」

「だったら、早く行きなよ。──一人でも、やって見せるから」

 その目に湛えた、覚悟の瞳を震わせて、七海は力強く言った。

「雫九……」

「……だけど、その前にごめん……ちょっとだけ、いい?」

「?」

「少し、こっち来て」

 ベポリスを呼ぶ。すると七海は、ベポリスをその胸に抱き寄せた。温かい体温に目を閉じ、反芻するように、静かに優しく。

「雫九? ボクはお人形さんじゃないベポよ……?」

「うん、わかってる。……こんなことで、不安が消える訳じゃ、ないんだけど」

 七海の体が、指先が、痙攣(けいれん)したように、震えていた。その震えはベポリスにも直に伝わっていく。しかしベポリスはしばし黙ったままだった。

 怖くない訳はなかった。

 どんなに戦いを繰り返しても、どれほど強さを実感しても。七海の内に籠る臆病な心が掴みかかってくる。『どうせ私なんかが』と。

 現実を知る度に塞ぎ込みたくなる。痛みを負うごとに逃げ出してしまいたくなる。弱さが、毒のようにじわじわと体を蝕んでいくのが自分でもよくわかっていた。

 けれど。

「……雫九がいつも、変身の時に祈るように目を閉じていること、ボクは知ってるベポ」

 ベポリスは。七海の呼吸に合わせるように、静かに言葉を吐いた。

「その祈りは、絶対にキミのための力になってくれる。……怖がるなとは言えないベポ。その恐怖は大切にしてもいい、泣きそうになってもいい。キミの思うままに、進めばいいベポよ」

「……、うん。ありがと。……もう、大丈夫」

 七海は、体に抱いていたもふもふした感触から別れを告げ、見据えた。

「……行ってくるよ。魔法少女として、私も出来ることをする」

「その意気ベポ雫九! それじゃあ、ボクからも!」

 今度はベポリスが、その小さな柔らかい手で、ぽふっと七海の頬を掴んだ。ふわふわな毛が当たって少しくすぐったい。

「キミの勇気をボクは信じているベポ! 今日を、キミの歴史の一ページに刻むベポよ!」

「……、まったく、いちいち言うことがオーバーなんだから」

 軽口を叩いても、へにゃっと笑うベポリスの顔に癒されるように七海も笑った。手を離してからベポリスは、

「それじゃあボクも行くベポ。キミに何かあっても大丈夫なように、なるべく、間に合わせるようにするベポー!」

 そう言い残し、ベポリスはぴゅーっと去っていく。間に合わせるように、とはどういうことだろうと(いぶか)しんだが、もうそんなことを考えている場合でもない。

 振り返り、その先を見る。眼前の良くない気配のした方へ。

 七海は走り出し、そのペンダントに祈った。

「マジック、メタモルフォーゼッ!」

 光を纏い、黒いゴシック衣装に身を包み──魔法少女、ゴシックとして、空を駆け出していった。

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