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【第三章 緩やかな日常】7

「……気のせい、なんだよね……」

 誰にも気付かれないように、か細く呟く。感じていた嫌悪感は徐々に薄れ、次第に鼓動も収まっていく。七海はほっと、一息ついていた。しかし、心はまだどこか収まらない思いでいっぱいだった。

「……」

 その様子を、六城だけはこっそり盗み見ていたことには、気付かずに。



 物陰に隠れ、三人の少女が歩く、その後ろ姿を見送る一つの影。黒いスーツを身に纏う男がいた。

「ほう……なるほど。あの警戒心、大したものですね」

 すらりと伸びた長身、異様に長い手足。関節が一つ分足されたような身体構造が、異質さを、人ならざるものの気配を漂わせた。

「ボスが一目置くのもわかりますが、しかし……。いえ、今は考えるべきではないのでしょう」

 理由を探すように首をもたげる。意味のない行動だと切り替え、すぐに元に戻る。

「さて、さて。次はどうアプローチをしたものでしょうか」

 言いながらも、不敵な笑みを浮かべる男は、やけに愉快そうに独り言を呟いた。

「これも、ボスの命。多少手荒な真似をすること、お許しください……」

 男はそれを最後に、闇に姿を消していった。


     ◇


「ちょっと、トイレ行ってくるね」

「ん、おう!」

 ショッピングモールに入るなり、七海は足早にその場を離れていった。逃げるような足取りに、二子澤は困惑したように頬を掻く。

「……なんか、元気なさそうじゃね?」

「カラオケの時までは調子良さそうだったのにね」

 七海を待つため、二人はすぐそばのベンチに腰掛けた。クッション性のあるベンチにもたれながら、二子澤は腕組みをする。

「んー、七海ってなんか……戦ってる時と普通にしてる時で全然違うっていうか。ギャップがすごいよな」

「……あの子。何かいつも、どこか不安げで、緊張してるみたい」

「そんな緊張なんてする必要ないのになー」

「ね。……それと、何かを抱えながら生きてるって感じもするの」

「抱えてる、か。……あたしら、七海のことまだなーんも知らないなー」

「でも、聞いてもたぶん、答えてくれないかも。……ああいう子は、一人で抱えちゃうタイプだから」

「もっと頼ってくれてもいいんだけどなー。んあー、もどかしいー!」

 冷静になれず、頭をがしがしと掻く二子澤。

「……やっぱり、さっきのことなのかな……」

 ショッピングモールはいつもながら人が多い。その喧騒に紛れそうな六城の小さな呟きだが、二子澤は聞き逃さなかった。

「さっきのって?」

「え。……あ、声に出てた? さっき、七海さんが後ろを見てたでしょ? あの子、とても不安そうだった」

「え、そうなん? ……でも、それがどう繋がるのさ」

「……。それこそ、今私が言った、何かを抱えながら生きてるって話。気付いた何かの違和感を、打ち明けられずにいるんじゃないかな」

「っ! 魔物の気配ってことか⁉」

「わからない。でも、魔物だったら私たちも気付ける。だから、それ以外の何かなのかも。……わからないけどね」

「んー? なんだそれ? よくわかんない……」

「……どちらにせよ。私たちだけがこうやって話してても、解決しない。七海さんが自分から話してくれないと(らち)が明かないよ」

「結局、待つしかないのか……」

 ぶすっと顔を(ふく)らせる二子澤に、六城も眉をひそめて、七海の帰りを待っていた。



 その頃七海は、トイレの洗面台で顔に水を浴びせていた。ひんやり冷たい感触に少しずつ、心の平静が保たれていくのを感じた。鏡に映る自分の顔をじっと見つめながら、ふっとため息をつく。

 ──さっきのあれは、一体……。

 魔法少女になって初めて、魔物の気配を感じた時とは違った。魔物の時は、頭に電流が走るようなはっきりとした感覚があった。しかしアレは、違った。

 不気味だった。冷たく、それでいて生温く嘗め回されているような奇妙な感覚。思い出すだけでも怖気が走る。

 ──そういえば、魔物はどこから現れるんだろう。

 そこで初めて、七海は魔物の存在について考察をした。自然発生的に発生するものだと、前にも六城たちと話をしたことを思い出す。もう半分の理由に、魔人がいるということも。

 魔物は、いつも突然に降り立ち、人々の生活を、この町を脅かす。一目で分かり合えないとわかる、明解な敵意。破壊の限りを尽くすまで終わらない、蹂躙(じゅうりん)の災禍。

 以前の、病院での出来事を思い返す。魔物警報が鳴り始めてから、発生までにラグタイムもなく魔物が出現した。幾らなんでも早すぎ……。

 ──いや待って。そもそも、魔物警報って、誰がいつ鳴らしてるんだろう?

 魔物警報。七海は今まで、それこそ魔法少女になる前から、魔物に襲われた経験がある。そのサイレンの信ぴょう性についていちいち気にすることもなかった。気にするよりも先に、避難を優先していたからだ。

 いつしかそう呼ばれるようになったそのサイレンの発生条件。その出自も、タイミングも明らかではない。今では聞き慣れた響きだが、それはどのように生まれたものなのか。

「……」

 そこまで考えて、七海は頭を振る。思考を放棄した。情報不足で、考察にも至らなかったのだ。それは、あの不気味な気配についても同様だった。

「……、たぶん、どこかの誰かの変態さんだ。そうに違いない。うん、大丈夫、大丈夫……、大丈夫なの?」

 ……自分で考えておいて、(たと)えの悪さに疑問符を浮かべた。それはそれで、とぶるっと身を震わせた。

 それでも。そんな発想にふっと笑う。きっと何かの間違いだ。直感ほど頼りないものもない、それこそ〝魔人〟だなんて、大体私はまだ無名の新人なんだから、と。

 そして顔を見上げ、指で口の端を持ち上げる。にっと作り笑顔を浮かべていた。

「……よしっ」

 七海は鏡の前の自分に小さく呟いて、二人の元へと戻っていく。問題なし、と。



「──ごめん、二人とも、お待たせ……」

 帰って来るや否や、愛想笑いを浮かべる七海。まだどこか気恥ずかしさが抜けていなかった。

「おっ? やっと帰ってきた!」

「随分長かったね」

「ちょ、ちょっと混んでて……」

 考え事をしていて洗面台の前でじっとしていたとは言えない。咄嗟について出た嘘に少しチクリと胸が痛む。

「そうなん? まぁいいや。よっし、じゃあどこから回るよ?」

 その言葉を皮切りに、六城はきらっと目を輝かせる。

「私はもう決めてる。私のプラン、名付けて、七海さんの『きらきら☆JKのおしゃれコーデ』巡り!」

「それ、私が着せ替え人形になるだけだよね……?」

「八夜ナイス! よーし行くぞー!」

「え、ええー……?」

 困惑しながらも、微笑みを浮かべているその顔に安堵(あんど)しながら、二人は七海を連れ、ショッピングモールを回るのだった。



「じゃん」

「おおー」

「……」

 白いタイトスカートに、薄紫のブラウス。小さめのハンドバッグを手に持ちながら、七海は試着室から顔を出した。恥ずかしそうに俯きながら、二人の熱い視線を受けている。

「やっぱり。七海さんにはポテンシャルを感じてたんだよ。うん、いいね」

 六城が腕を組み、満足げに頷く。

「……そうかなぁ。私的には、これでもかなり冒険してる気がするけど」

「いやいや、十分似合ってるぞ!」

 二子澤が明るく親指を立てる。不満げなのは七海だけだった。

「そうだよ。自信持って」

 言葉だけでなく、二人の表情も真剣だったからこそ、七海は少し戸惑いながらも、頬がほんのりと紅潮する。

「そう言われても……」

「じゃあ次、あたしの番な!」

 二子澤がさっと別の服を取ると、七海はため息をつきながら再び試着室に戻る。


「──これでどうだっ!」

 二子澤が得意げに胸を張った。

 ジーンズパンツにラフなTシャツ、茶目っ気たっぷりの柄物キャップを頭に乗せた七海が、鍔に手を当てて出てくる。……これは、悪くないかも。

「……悔しいけど私は好き」

 六城が思わず口元を緩めた。

「よっし。七海はどうだ?」

「……うん、結構いい感じ。あ、だけど意外と突っ張って動きにくいんだね、これ」

「オシャレに実用性持ち込むなよ……!」

 二子澤が嘆き、六城がくすくすと笑う。

「じゃ、私のターン。カモン」


「これでどう」

 六城が手にした服を七海が試着して出てくると、二子澤が目を丸くした。

「……さっきより冒険してない?」

 七海の嘆く声。薄手のオフショルダーブラウスが肩口を晒し、フレアスカートが清楚なイメージを際立たせていた。普段着ないタイプの服だから、なんか恥ずかしい……。

「夏が来るからね」

「理由になってる?」

「まぁ、似合ってるから良し!」

 と二子澤が結論付けた。



 ──その後も、七海は次々と服を着せ替えられ、完全に二人の遊び道具と化していた。

「……ちょっと、もういい加減、疲れたんだけど」

 七海はぐったりしながら試着室から出てくる。手には着替えた服が山のように抱えられていた。

「ごめん。七海さんなんでも似合うからつい。でも楽しかったでしょ?」

「……、まぁ」

 七海の返事は小さかったが、その表情には小さな笑みが浮かんでいる。

「こういうのも、悪くないっしょ」

 二子澤が軽く肩を叩き、六城が微笑んで頷く。

「で、七海的にはどれが一番良かった?」

「え? うーん……」

 七海は回答に困っていた。七海は普段からラフな格好を好む。動きやすいとか、あまり目立たないとか。特にオシャレに気を遣うことも、……遣う必要もなく過ごしていたためだった。

 二人の視線が痛い。何か言わなければと言葉を紡ぐ。抱えた服の山の中から、一つを指差して、

「……どれ、って言うと難しいけど、そう、だね。強いて言うなら、二子澤さんのが、近いかな。もうちょっと楽な格好出来れば、もっと最高かも」

 すると二人は「よっしゃあ!」「くぅ。負けた」と反応する。

「これ勝負だったの?」

「じゃ、八夜のおごりな」

「仕方ない」

「え、待ってそういう勝負⁉ そんな、いいよ! 私が払うから!」

「いいの。プレゼントなんだから」

「プレゼントって、受け取れないよ、第一、私はそんな……」

 六城は、そう言う七海の手を取り、目を見つめた。

「七海さん。私たちは、あなたと仲良くなりたい。これがその一歩って言うと、なんだか金銭的なやり取りになっちゃうかもしれないけど。でも、これは私たちからの気持ち。受け取ってほしい」

「六城さん……」

 七海はふと、二子澤を見る。彼女もまた、にっと八重歯を覗かせ笑っていた。

「それと。あまり自分を卑下(ひげ)しないで。あなたはとっても素敵な人」

「そうだそうだ! かわいいんだから!」

 七海は二人の気遣うような優しさに触れながら、こくりと頷いた。

「……じゃあ、わかった。受け取るね、ありがと。……でも、」

 前置きし、七海は服の山から目当ての服を取り出した。

「六城さんが最初に選んでくれた服。こっちは私が買うから」

 薄紫のブラウス。それを手にして、自分の体に合わせながら言った。その顔には自然な笑みが浮かんでいた。

「え。ちょ、七海さん?」

「……別に嫌いって訳じゃないの。ただ、私には似合わないって思ってただけだから。……でも、似合うって言ってくれて、嬉しかった。だから、これは私の」

 目を伏せながら、大事そうにその服を抱きしめる。

「……。そう」

「なんだよー、それじゃあたしだけ七海にプレゼント出来てないみたいじゃんかー!」

 不服そうに顔を膨らせる二子澤に、思わず吹き出した。釣られたように二人も笑い出す。

 結局は、それぞれ代金を出し合って購入したのだった。

「うし、そんじゃ今度はゲーセンだー!」

 快活な二子澤の声に、七海は苦笑した。同時に二人が、魔法少女になって出来た初めての友達で良かったと心からの感情を抱えていた。


     ◇


 家に着くなり、七海は自室のベッドに顔を(うず)めた。久々の、学校以外への外出に肉体と精神が疲弊(ひへい)していた。う、動き回りすぎて、疲れた……。

 ごろんと仰向けになり、スマホを触る。メッセージアプリに何件かの返信が来ていた。見ると二人からのスタンプが張られており、七海は笑みが零れた。

「今日は、ありがとうっと」

 普段は家族とのやり取りぐらいにしか使わないメッセージアプリにすいすいと書き込む。すぐに既読がついて、変な顔のスタンプが送られてくる。二子澤からだった。なにこれ、変なの。

 七海はスマホを胸に置き、抱くように握りしめた。大切な記憶として、大事に閉じ込めるために。

「……たまには、こういうのもいいかも」

 部屋の隅に転がした紙袋を見て、呟く。散財をしたとは思わない。彼女たちが自分を思って選んでくれた服なのだ、思うはずがなかった。

 七海はその横にもう一つ転がした、ぬいぐるみを手に取る。もちもちしている、妙なデザインのぬいぐるみ。ゲームセンターで、二子澤が獲得した景品だった。抱いていると、ほのかな温かみを感じるようだった。

 横になっていると、ふと目蓋が重くなる。抗おうと目を擦るも、眠気に逆らえず閉じそうになる。……あぁ、ダメ、まだシャワーも浴びてないのに。ご飯も、まだ……。

 自分でも思っていないほど、疲れていたらしい。今更そんなことに気付いても、その欲求に抵抗することが出来なかった。

 一人でいた時間が長かった。楽しいことも、辛いことも、全部一人だけで解決してきた。だからその分、疲労感は恐らく制御出来ていた。

 けれど。

 誰かといることが、話をすることが、こんなにも満たされることを、七海は知らなかった。……いや、知っていて、それが壊れる恐怖に、怯えていただけだった。

「……んぅ……」

 やがて、すぅ、すぅ、と静かな寝息を立て、七海は眠りについた。心なしか、その顔は優しい笑みが浮かんでいた。

 今日は、いい日だったと。

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