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【第三章 緩やかな日常】4

「えっと。七海さん? どういう理屈でそうなったの? ……七海さん?」

 珍しく六城が慌てた様子で七海に声をかけるが、顎に手をかけ、ぶつぶつと独り言を言い始め、聞く耳を持たなかった。

「……でも、足場が……、……そしたら、……雲を掴むみたいに……、……。うん……これなら、行けるかも」

 最後に大きく頷いて、七海は確かめるように、少し後ろに下がった。

 そして、駆け出す。

「え、七海⁉」

 二子澤の大きく驚いた声が響いた。

 次に、跳ぶ。跳んで、もう一度、踏みしめるように駆けた。どこで? ──空で。


 七海は、駆けるように、宙を走っていた。


 足元に何か見えない床があるような感覚。軽快にステップを踏んで登るような感覚が、心を躍らせた。

「あ、はは! なんだ、簡単に出来ちゃった! すごい、すごいすごい!」

 七海は宙でとん、とん、と足踏みをしながら、今度は降りるときのことを考えていた。

「うん、そう、同じ、階段だ!」

 そのまま、階段を降りるように一歩ずつ大きく降りていき、二人の元まで戻ってきた。

「よっとと」

 宙にいた感覚よりも固い衝撃に少しつんのめったが、なんとか無事に着地した七海。満足そうな笑みを浮かべていた。

「……って、あれ? どうしたのみんな?」

 六城は目を見開いてわかりやすく困惑していた。二子澤も押し黙って、七海を見つめていた。あ、あれ? なんか思ってた反応と違う……。

 やがて、二子澤が静かに口を開く。

「……っす、」

「す?」

「すっげえじゃん七海! めちゃくちゃカッコよかったぞ! くぅ~! あたしももっと賢けりゃなー!」

 地団駄を踏むように悔しさと感動を滲ませていた。きらきらと目を輝かせる様に七海は動揺する。

「い、いやいや、大袈裟(おおげさ)だよ。二人ほど柔軟じゃないし、それに、飛ぶっていうか、」

「──いいや。雫九、大したものベポ! 発想の転換がよく出来てたと思うベポよ!」

 ベポリスが目を伏せ、静かに称賛する。どこか誇らしげだった。

「七海さん。どんな思考回路を挟んだのかはわからないけど、まずは一つ。……おめでとう」

 六城までもが彼女を褒め(たた)え、微妙な居心地の悪さに七海はつい、ほんのり紅潮した頬を掻く。そんな大したことなんて……。

 気分が高揚した様子のベポリスは、

「よおし、この調子でどんどん続けていくベポよ! 次は戦闘訓練ベポー!」

 と調子のいいことを叫ぶのだった。


 その後も、彼女たちはそれぞれのスタイルでぶつかりながら、互いを高め合っていく。

 俊敏な動きで、攻撃を(かわ)し反撃の一矢で迎え撃つ七海。

 高威力の炎の弾を連射し、攻撃の(すき)を与えない二子澤。

 攻撃の無力化と、反攻のシールド展開で翻弄(ほんろう)する六城。

 三者三様の戦い方は、彼女たちの成長を、自発的に促していた。


「そこまでベポ! そろそろ、休憩にするベポね~」

 そんなベポリスの喝破で、一同は一斉にその手を緩め、変身を解いた。

「ふい~」

「つかれた」

「……、ふぅ……」

 天を見上げる。空が赤く(にじ)み始めていた。疲労感の残る体を降ろし、七海は地面に座り込んだ。

「……結構大変だね」

「魔物は待っちゃくれない。いつでもこの力を引き出せなきゃ、守れないから」

 六城は七海に微笑みを向け、そう言った。

「それに。この力は自分を守るためでもある。それを忘れちゃダメ」

「……そっか、うん。そうだね」

 六城の心遣いに(うなず)いていると、二子澤があっ、と口を開く。

「そういや、七海はそろそろ決まったか? 魔法少女名!」

「え? あー……」

 そういえば、と思い返す。色々ごたごたしていたのもあり、決められずにいたのだった。

「なぁなぁ、決まってないんなら、あたしが考えていいか? 七海はなー、アーチャーだ!」

「……そのまんま過ぎない? いや、そういうものなのかもしれないけど……」

「甘いよ五火。七海さんはね、こういうのが似合うと思う。アルテミス……どう?」

「う、うーん、カッコいいけど、私はそんな名前背負えないよ……」

 二人の意見に耳を貸しつつも、どれもしっくりこないといった様子で困惑していた。

「……なんていうか、もっとこう、シンプルな名前の方が私は好きかな」

 などと、和気あいあいと話していると、


 頭に、電流が迸ったような、妙な感覚があった。


「……⁉ なに、今の……?」

 戸惑う七海に、ベポリスは神妙な顔で目を合わせた。

「──魔物ベポ。雫九にも感じたベポね。……サイレンがないから、今回は大きな被害にはならなそうベポ」

「ただ、急がないと。二次被害を出す訳にはいかない」

「よっしゃ! 特訓の成果、見せてやろうぜ!」

 二人は既に立ち上がり、改めて変身の名乗りを上げていた。


「燃え上がれ、炎よ!」

「戦闘モード。起動」


 二人はそれぞれ、コスチュームに身を包み、準備を整えていく。遅れて、七海もペンダントに祈りを捧げた。

「ま、マジック、メタモルフォーゼッ!」

 黒の衣装が再び彼女を彩る。弓を掲げ、感じた違和感の方角に差し向けた。

「あっちから、だったよね」

「うん。じゃあみんな、行こう」

「おう!」

 三人の魔法少女は急ぎ、現場へと向かった。


     ◇


 小さな子供たちが、魔物に襲われていた。公園のドーム型の遊具に隠れ、身を潜めている。

「く、来るなよぉ! あっちいけぇ!」

 そんな中、一人の男の子が遊具から離れ、魔物に向かっていた。棒切れを振り回しけん制するも、魔物はまったく歯牙にもかけず、淡々と二足歩行で追い詰めていっていた。

 頭にはクワガタのようなギザギザした(はさみ)を備え、瞳孔のない黒い(まなこ)が不気味に少年少女たちを捉える。鎌のような両手をすり合わせると、甲高い音を響かせ、彼らの(おび)えを加速させていた。

 鎌クワガタ、とでも形容するような、異形の姿がそこにあった。

「たっくん、は、はやくー!」

「うるせー! お前らこそ、早く逃げ、え、うわああああああ⁉」

 鎌クワガタは、その少年を服ごと、器用に鎌で持ち上げる。ジャキッ! と鋭い音が響いて、少年の顔が引きつった。

「は、離せええええええ!」

 暴れるも、少年を離すことはない。どころか、無感動な眼はただ、獲物を刈り取ることしか脳がないようだった。

「っ! た、助けてええええええ!」

 鎌クワガタは少年を持ち上げ、頭の鋏を大きく広げて、


 スカッ。と、空を切る音が鳴る。


「?」

「させないよ。私たちが、相手」

 冷たく響く、淡白な声。お姫様抱っこで抱き上げられた腕の中で、少年はぱあっと明るくなる。

「趣味わりーなー、小さい子襲うなんてよ!」

「……、ホントにね」

 ブレイズの静かな怒りに同調する七海。……この子たちには、指一本触れさせない。

「「「ブレイズ! アイギスー!」」」

 示し合わせたように子供たちが、彼女たちの名を呼んだ。喜びの混じった声がよく通る。と、その中に、「あれ誰ー?」という声も聞こえてきた。

 七海は微笑し、弓を構え、臨戦態勢を整える。

「君たちは、そこにいてね。絶対、助けてみせるから」

 と一言。七海は確かな決意を込めた声色で言った。

 ジャキジャキッ、シャッシャッ! と鎌クワガタもまた、鎌を、鋏を動かして威嚇(いかく)する。

 アイギスは、急ぎ少年をドーム型の遊具へと運び、シールドを張っていく。

「コードα。……ここから、離れないでいて」

 後ろを振り返りながら、優しく微笑むアイギス。

 七海とブレイズは、鎌クワガタに対峙する。キシャアアア! と雄叫びのような鳴き声が(とどろ)いた。

 頭の鋏を水平に傾け地面を蹴り上げる。七海の方へ勢いよく突進してきた。

 間合いをよく見て、寸前で素早く跳び上がった。行き場を失った鎌クワガタの鋏が大地を(えぐ)る。

 宙で一回転しながら、七海は弓を引いていく。

早さじゃ負けない(ラッシュアップ)……! クイック・ショット!」

 タタタン! と連続した矢をその頭に打ち込んだ。

 鎌クワガタはのけ反るように鋏を持ち上げ、転倒を耐えている。

「フレアバーン!」

 だがさらに、横から炎の追撃。地を()うような炎が鎌クワガタを押し流した。堪らず転倒し、もだえ苦しむ。のたうち回る鎌クワガタは闇雲にリーチの長い鎌を振り回す。そのひと振りで空気が裂けるような音が響いた。

「おっと! おっかねーなー!」

 立ち上がり、怒ったように鳴き声を上げ鋏を何度も地面に叩きつけた。

 すると、背中の羽をはためかせ、飛び上がった。

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