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【第三章 緩やかな日常】2

「ここな、あたしのお気に入り」

 連れてこられたのは、屋上へと続く扉入口。残念ながら屋上の扉は施錠されていたが、なるほど確かに、と七海は思う。ここなら人気もないし、快適だ。陽の光があまり当たらないのも程よく心地よい。……二上がいなければ、だが。

「……悪くないかもね」

「素直じゃねぇなぁ」

 床に座り込み、バッグから袋を取り出した。今日は焼きそばパンをチョイスしていた。一人で食べようと思ってたけど、今日はここで食べるとしよう。

「あー、さっき、二人が悪かったな」

 バリッ、とパンの袋を開けた後、七海は固まった。

「え、……あ……二上さん? 頭でも打った……?」

「お前まで……! あたしだって謝る時は謝るっつーの!」

 早速怒られた。下の階にも響くほど大きな声だった。しかし、あのプライドの塊のような二上が素直に謝るなど、七海はまだ信じられなかった。

「……アイツらのこと、ちゃんと止めてやれなくて、悪かったと思ってるよ」

「で、でも、それ二上さんは関係ないでしょ……」

「一応、あたしのダチなんだ、関係ないはねぇよ」

「そ、そう……」

 ただ、悪い気はしない。七海はパンを口にしながら、二上の謝罪を静かに受け止めた。

「……何笑ってんだ、気持ち悪い」

「……ホントそういうとこ」

 やはり嫌いだ、と七海は思い直し、顔を背ける。

 すると、目の前にお菓子のラベルが差し向けられた。カラカラと音を立てるスナック菓子を手に、二上が口を開く。

「ほれ、やるよ」

「……ねぇ、私今ご飯食べてる途中なんだけど」

「お詫びのつもりなんだが。……いらねぇならいい」

「……、……別にいらないなんて言ってないし」

 分捕(ぶんど)るように一本取り出して不服そうに言う七海。負けじと二上も口を尖らせていた。

「ホント、素直じゃねぇヤツ」

「あなたには言われたくないなぁ」

 お互い軽口を叩きながらも、その場を離れることはなかった。



「……そういやお前、これからどうすんの。魔法少女のこと」

 また一つ、二上が口を開く。純粋な疑問を感じる声色だった。

 食事を終え、二上の差し出すお菓子を無遠慮にポリポリつまみながら、七海はじっくり考えていた。

「……んー。……まだあんまり、よくわかんない」

「なんだそれ。お前のことだろ?」

「そうなんだけどね。……けど、どうなりたいとか、何したいとか、そういうの考えて魔法少女になった訳じゃないから」

 言いながら、頭でなんとなくの答えを紡いでいく。

「……ま、なるようにしかならないよ。……あなたを助けたのだって、私の気まぐれ。っていうか、それしか道がないって思ったからだし」

 ただ助けたい、その思いがあった。それは、七海の本心だった。あの場、あの瞬間で、救いを求めるのでなく、自ら掴み取ることが最善だと信じたためだった。

 故に、魔法少女はその手段でしかなかった。

「……」

 その言葉をどう捉えたか、二上は黙り込む。表情は硬く、七海を見つめていた。

「私、そろそろ行くね。この場所教えてくれてありがと。あ、あとお菓子もね」

「……おう」

 仏頂面で不機嫌そうな二上に、思い付いたように七海が言う。

「あ、そうだ。私が魔法少女だって、誰にも言わないでね」

「? 何でだよ」

「だって目立ちたくないし」

「そういう問題かよ」

「そういう問題なの。だから、内緒ね。もしバラしたら、私何するかわかんないよ? なんて」

 冗談っぽく笑い、背を向ける。

「……言わねーよ」

 七海の背に語り掛けるように、呟くような、二上の声が耳に届いた。安心したように、七海はその場を後にする。

 ──たぶん、私はこういう時間を守りたかったのかも。

 その心に一つ、思いを抱いて。


     ◇


 臨時教室はしばらく続くらしい。

 職員室に呼ばれた七海は、担任にそう告げられちょっとげんなりした。仕方がない事情とはいえ、このペースで授業を進められるのは流石に堪える。

「でも七海さんは優秀だから、すぐ元の授業に戻れると思うわ」

 七海の顔を見るなりフォローが入り、軽く肩を叩かれた。

 ともあれ。授業の遅れについては問題なさそうで一安心の七海だった。

「七海ー!」

 すると、廊下側の窓から大きく手を振る二子澤の姿があった。隣には六城もいた。

 ──ちょっと恥ずかしいな、これ。

 苦笑しつつも、悪い気はしない。七海はひらひらと手を振って、返事をする。

「……、へぇ。七海さん、B組の子と仲いいのね」

「えっ! あ、えと、ま、まぁそんなとこ、です……」

 苦笑いを浮かべる。友達、というにはまだまだ交流も浅い上、魔法少女同士という関係以外に名前はない。しかしそんなことを言える訳もなかった。

「交友関係が広いのはいい事よ。なんたって一度きりの青春だもの! 楽しまないと!」

「は、はぁ……」

「という訳で、早く行ってあげて? お友達、待ってるんでしょ?」

「あ、はい……それじゃあ、あの、失礼します……」

 頭を下げ、職員室を出ると、二人は笑顔で出迎えた。

「……お待たせ」

「おう!」

「うん、いこっか」

 二子澤がにかっと笑い、六城が優しく微笑む。その二人の様子に七海の心が安らいだ。



 帰り道。七海は自分から声を出す。

「シスターの姿を見て思ったの」

「?」

「……私まだまだだなって。そりゃ、なったばっかで右も左もわかんないけど。でも、二人みたいにもっと、強くなりたいなって」

 七海は思いを確かめるように、胸に手を当てた。

 初めての変身は、満身創痍(まんしんそうい)一歩手前で。

 二度目の変身は、治りかけの怪我を押して。

 誰かを守るために一歩を踏み出した。それでも肝心なところで勝てず、結局守られてばかり。

 そんな自分を、少しでも変えたいと思っていた。

「七海……」

「七海さん……」

 二人が七海を見つめる中。


「朗報ベポー!」


「うわあっ! まったアンタはいつもいつも変なタイミングで……!」

 空気を読まない快活な声がぶち破るようにやってくる。言うまでもなくベポリスだった。

「前に言わなかったベポ? ボクはどこにでもいて、どこにもいないって」

「私初耳なんだけど。そんな驚かすような現れ方しなくたっていいでしょ」

「と言ってもこれがボクのアイデンティティみたいなものベポ」

「知らないよ……」

 呆れ顔で、ふと二人の顔を見る。先ほどまでとあまり変わらない表情で、べポリスと七海を見ていた。

「……二人は、なんか慣れてるみたいだね」

「ま、いつものことだし」

「気にしたら負け」

「……、そう……」

 私はまだ知り合って間もないけど、でもこれに慣れちゃダメじゃない……? と七海は心の中で苦言を呈した。

「むしろ。私は七海さんに、ちょっと驚いたかな」

「え?」

「あたしも。あたしらと話してるときより素が出てる感じすんね」

「っん、べ、別に素とかそういうんじゃ……」

 七海は気恥ずかしくなり、髪をいじりながら顔を背けた。

「照れてるベポ?」

「ち、違うから!」

「と、それより、朗報ってなんだ?」

 二子澤が頭の後ろで手を組み、ベポリスに向き直る。

「そうだったベポ。雫九が復活したことだし、皆で魔法修行でもどうベポ?」

「魔法修行?」

「文字通り魔法を使う修行ベポ! 雫九はまだ二人の魔法をちゃんと見てる訳じゃないし、お互いを確認する上でも絶好の機会だと思うベポ!」

 功績を主張するみたいにぶんぶん手を振り回しているベポリス。六城は顎に手を乗せ、少し考えている様子だった。

「……本当なら。あまり危険なことはさせられない。でも、覚えるにはとにかく使ってみなきゃわからないか。いいじゃない、私は乗った」

「あたしはもちろん大賛成だ! 最近平和で鈍ってたんだよな!」

「平和なのはいいことなんだけどね……」

 苦笑しつつ、七海も、

「でも。私もやってみたい」

「決まりベポ! じゃさっそく……」

 と、ベポリスは懐からスマホを取り出した。しかも最新機種だった。

「アンタもそういうの持ってるんだ……、っていうか売ってくれるんだ……」

 七海たちはメッセージアプリを起動し、友達登録をした。家族と公式アカウントぐらいしか表示されていなかったトーク欄に、三人の名前が追加され、七海は心なしか顔が綻んだ。

 そして、そのトーク欄に新たに『魔法少女連合』と称したグループが追加される。

 それぞれのコメントやスタンプが次々送信され、トーク画面を彩っていく様子に困惑しながら『よろしくお願いします』と七海は謎に硬い文面を送った。

「へへっ、よろしくな!」

「よろしくね」

 最後に届いたのは、ベポリスからの位置情報だった。名前のない敷地の地図が載っている。

「ではでは、準備が出来たら、それぞれ現地に集合するベポ!」

 そうして、二人と一匹とはそこで別れ、七海はいったん帰路についたのだった。

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