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【第二章 魔法少女の責任】1

 七海(ななみ)が目を覚ますと、まず、白い天井が見えた。少し後に、独特な匂いが鼻をくすぐる。()ぎ慣れていないはずなのに、その特有の匂いには覚えがあった。

「……ここ、は……」

 病院だった。目線を少し下に向けると、左腕に管が刺さっており、管を伝って目で追うと、点滴があるのが見えた。

 体を起こそうとする。しかし、上手く動かない。

「ん、お? 起きたんだな!」

 もぞもぞと動いていると左側から声が聞こえた。目だけを動かす。

「え……」

「目。覚まさないかと思った」

 二人の少女が七海を見つめ、安堵(あんど)の表情を浮かべていた。

 水のように澄んだ青髪の少女は、無表情ながらもどこか落ち着きを感じさせ、もう一人の、オレンジ髪で八重歯がのぞく少女は、太陽のように眩しい笑みを浮かべていた。

「……、私、どう、して」

 記憶が曖昧(あいまい)だった。あの魔物にトドメを刺し切る前に、力尽きて、それから……。

「あの後。あなたが気絶しちゃって、私たちがここまで連れて来た」

「いやー驚いたよ。変身も解けちゃってて、起きてこないもんだから死んじゃうかと思って焦っちゃった」

不謹慎(ふきんしん)なこと言わない。ここ、病院」

「うっ。と、とにかく、意識が戻ってよかったな!」

 二人の掛け合いを見ながら、七海は混乱していた。……名前がわからない。それに、素性もわからない少女たちが、七海を囲うように話し続ける。

「え、と、あの……ごめんなさい、誰、ですか……?」

 七海が戸惑っていると、すかさず、

「おっと。自己紹介まだだったね。私。六城(ろくじょう)八夜(やや)

「あたしは二子澤(ふたござわ)五火(いつか)ってんだ。よろしくな!」

「え、あ、その、えっと……七海、雫九(しずく)、で、です……」

 流されるまま自己紹介し合って、ぺこりと頭を下げると二人の少女は笑う。そして、オレンジ髪の少女、二子澤が明るく七海に話しかけた。

「挨拶もしたことだし、これでもう友達だなっ!」

「え、いや、それは流石に早い……」

「て、手厳しいな……」

「でも。魔法少女同士だし、今後は仲良くしたいかな」

「魔法……少女……」

 言いながら、何かを忘れていることに気付いた。魔法少女、友達……、……友達……?

「! に、二上(にかみ)さん! 二上さんは⁉ あの子はぶじ…………づっっっ⁉」

 反射的に体を起こそうとした瞬間、全身に電流のような激痛が走った。

「おっと! 安静にしてなって!」

「あまり大きな声も出さない。体に障る」

「あ、ごめ、いやでも……!」

 頭が割れるように痛む。堪らず、ベッドに身を委ねた。ビーズの入った枕がゴロゴロと音を立てる。

 七海は、二上を守ると決め戦いに(のぞ)んだ。その結果がこのざまで、果たして本当に守れたと言えるのか。大きな不安に駆られていた。

「に、かみ、さん……!」

 痛みに顔を歪ませながらも、なんとか起き上がろうとする。

「落ち着いて」

 淡白で。それでいて力強い声が響く。六城は興奮している七海の肩に手を置いて、落ち着かせるよう(なだ)めた。

「大丈夫。あなたの大事な人も、生きてる。心配いらない」

「ほ、……本当に?」

「嘘つく理由ないだろー?」

 困惑気味の二子澤は頭の後ろで手を組み、苦笑した。

「そ、それじゃあ、……どうして……?」

 きょろきょろと二人の様子を窺い、二上がいない理由を尋ねる七海。

「……。今は、自分の心配、した方がいいかも」

「私の……? それ、どういう──」

 そこでようやく、頭が覚醒(かくせい)してきた。七海はじっくりと自分の体を観察する。

 手には、自力で握ることも出来ないほどに大きく包帯が巻かれており、動かそうとすると突っ張って自由が利かない。鈍い痛みが走る。

 足も骨折しているらしく、ギプスで固定され吊り上げられていた。指の先一本も動かせそうにない。

 頭にも包帯が巻かれ、じわりと汗が(にじ)んでいる。

 さながら、七海はミイラのようなありさまだった。

「う、うっわ、何これ⁉」

「いや何これて」

「今まで気付かないのもどうなの?」

 六城は首を傾げ困惑する。

「え、えー、……、私、こんな、えー……⁉」

 仮にも女子高生が、ここまで重症患者なのは如何(いかが)なものか、ともう苦笑いを超えて呆然とする七海だった。

「ふ、ふふ」

「五火。笑い事じゃない」

「い、いやわかってんだけどさ」

 笑いを堪えきれない二子澤の脇腹を、六城は無言でつねる。

「い、痛い痛い! ごめんて! は、離し、あだだだだ⁉」

 涙目になりながら二子澤は何とか逃れようと試みるが、がっしりとホールドされ抜けられないでいた。

「全くあんたは。人の不幸を笑ってどうするの」

「いやだったらその手どけて⁉ く、くすぐった、あひゃひゃひゃ!」

「ど、どうなるの、これ。治るよね……? お、お母さんに連絡した方がいいのかな、わかんない、スマホとか、荷物とか、どうしたら……?」

「七海、落ち着けって、な⁉ 八夜もっ!」

「こぶらついすと」

「おいこら調子乗るなー! 病人が一人増える!」

 忙しない二人の様子にも気付かず、七海はおろおろと自分の置かれた状況を整理しようと必死だった。


「なんなん、このカオス……」


 呆れ顔で、入ってきたのは二上縁。今起きているありのままを受け止めきれないでいた。

「……! に、二上さ……」

「あたしがトイレ行ってる間で、なんでこんな変なことなってんの。意味わかんないんだけど」

 嘆息しながら、二上は適当に椅子を引き、どっかりと座る。その手には、松葉杖が握られている。

「……ぁ、……ぇと……」

 七海は目を合わそうとするも、そわそわと落ち着かない。二上は二上で、ぶすっと口を尖らせて目を伏せていた。

(……なんか空気悪くない?)

(複雑な事情っぽいかも)

 二子澤、六城の両名はその二人の微妙な距離感に割って入ることが出来ずにいた。

 切り出したのは、二上だった。

「……その、なんだ……。生きてて、良かったじゃん」

 照れくさそうに、顔も見ずにそう口にする二上の顔は、ほんのりと紅潮していた。

「……! う、うん……体、平気、なの……?」

「見てわかんない? このざまよ。まだ頭ガンガンするし、足は動かし辛いしで、もー最悪だっつーの」

 二上の言うように、頭には包帯が巻かれ、足にはギプスのような固定がされており、その怪我の重さを物語っていた。しかしそれ以外の外傷は、特に見当たらない。

「……つーか、あたしよりあんたの方がよっぽどだわ。もうミイラだろ、それ」

「あ、はは、確かに……」

「……俗に言うまみふぃけー、」

「八夜、それ今じゃない」

 ぽつりと呟く六城たちの声に、七海はふっと失笑が漏れた。

「……笑ってる場合じゃ……」

「……そ、そだね、うん。そっ、か。……そう、なんだ……」

 ほろりと。自然と。

 七海の目から、雫が零れ落ちる。

「……な、七海?」


「そっか、た、助かったんだ。生きてる、二上さんも……、よか、うあ、あああああ……‼」


 堪えきれなくなった涙が、ぼろぼろと落ちていく。今まで我慢し続けてきた色々が、声になって(あふ)れ出していく。

「に、二上さ、わた、私、もう……ダメかと……う、えぐっ……うああぁああ……!」

 嗚咽(おえつ)と泣きじゃくる声が混ざり合う。子供のように大きくえずいて、押し殺すことなく。

 涙を(ぬぐ)う手は包帯に覆われて上手く動かなくとも、もう何でもよかった。今はただ、こうして生きていることが、何よりの祝福だった。

 濡れた瞳で皆の顔も見えなくなり、もう滅茶苦茶になる。それでも、七海の泣き声はしばらく収まらなかった。

「……ったく、泣き虫やろーが」

「……。よっぽど。怖かったんだね」

「もう大丈夫だ! なんたってあたしらがいるんだからなっ!」

 つんと顔を背け、不機嫌そうな二上とは対照的に、二人はほのかに笑って、七海を気遣う。頭を優しく()でたり、七海の代わりに涙を拭いたり。献身的な二人の様子に、また涙が零れていく。

「……あなたも。この子に何かしてあげたら?」

「あたしは結構だ。どの道、起きてる顔見れりゃ今日は帰る予定だったしな」

「……薄情もん」

「ほっとけ」

 二上は杖を片手におもむろに立ち上がる。そのまま、部屋を出ていこうとする。

「……! に、二上さん……!」

 扉に手をかける直前で気付き、七海は声をかけた。

「……なんだよ」

 背を向けたままで、立ち止まった二上に。鼻声になりながらも。

「……ありがと! あの時私に、勇気、くれてっ!」

 と。感謝を告げた。

「……」

 二上は、何も言わず、立ち去っていく。その様子を眺めることしか出来ない七海だったが、不思議と晴れやかな気持ちを抱いていた。



 扉を閉めた後、ひとり二上は、天井を見上げ。

「……あたしのセリフだろ、それ」

 誰にも聞こえない声で、小さく零した。


     ◇


「──じゃあとりあえず整理するからな? あたしらは魔法少女やってんだ、七海と同じ!」

「こっちはブレイズで。私はアイギス」

「ブレイズに、アイギス……」

 すっかり涙が止まった頃、七海は自分が目覚めるまでに起きた状況や、二人について聞いていた。

 彼女たちは、二人組の魔法少女として活躍しているようだ。名前を聞いて、背中を預け合うように戦う場面を何かで見た覚えがあると、思い出す。

 ブレイズは炎の魔法を自在に操り、敵を豪快に叩きのめし、一方でアイギスは結界のような魔法で、守護に徹して戦っていた印象だった。

 それぞれが矛と盾のように連携し合い、助け合って、魔物と戦っているのだという。

「だから、二人すごく仲いいんだね」

「お、そうか? 照れるなぁ」

「まあね」

「なんで誇らしげ?」

 二子澤は鼻を擦り照れくさそうに、六城はむふんと鼻息荒く、小さな胸を突き出していた。

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