【第一章 魔法少女の覚醒】9
「踏み潰されるくらいなら……その足を叩く!」
今度は、足へ集中的に攻撃を仕掛けていく。隙を生み出すために。
羽虫でも相手にしているようなゴーレムは、乱暴に足を振り回す。狙いの定まらないその攻撃を、小さな体躯で七海は回避していく。足払いで生じた風が過ぎ去る度、冷や汗が背筋を伝った。一瞬でも気を抜けば、やられる。
「動き続けるベポ、ヤツの狙いを常に惑わすベポー!」
その間も、ゴーレムの右足へ、断続的に矢を叩き込んだ。
そのうちに、ガクン、と膝を落として、ゴーレムは項垂れる。
七海は好機と捉え、再び跳躍する。ゴーレムも負けじと拳を振るう。
次に狙うは、胴体と腕の継ぎ目。僅かな隙間だが、
「外さない……ッ‼」
とこれまで以上に集中力を高めていき、盛大に解き放つ。
「ドライブショット‼」
風を纏ったような光の矢は、自転する。抉るように岩を削り、貫いた。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉」
ゴーレムの片腕を削り落とし、行き場を失った岩がボロボロと地面へ崩れていく。
「……! やった……!」
「雫九! 左ッ!」
「え」
束の間。
ゴッッッ‼ と。ゴーレムのもう片腕が、空中にいる七海を容赦なく襲った。
その勢いは凄まじく、七海の体は校舎に思いきり叩き付けられる。防護のための魔法陣が七海を覆ったが、それすら貫通するほどの衝撃だった。
「あッ⁉ がッッッ⁉」
磔にされたように数秒間、校舎の壁に埋まった体は、やがて離れ、地に落ちる。
ゴーレムの腕を吹き飛ばした瞬間、勢い余った片側の腕が、ラリアットのように回転してしまった。つまりは、事故のようなものだった。
「雫九ッ⁉」
ベポリスの心配する声。しかし彼女には届かない。倒れたまま、動けないでいた。
「……! まずいベポ……、早く、雫九を安全な場所へ……!」
ベポリスがそばに寄り、七海を移動させようと小さな体で動かす。
──あぁ、痛い。……痛いなぁ。
立ち上がり、バランスの取れない体でふらふらと動くゴーレムの振動が、大地越しに大きく伝わる。
次第に近くなるその衝撃。顔を見上げずともわかった。
──痛い、で、済むんだなぁ……。やっぱり、凄いや、魔法少女って……。
七海はやがて、重しを乗せたような体を、ぐぐぐ……、と持ち上げる。
「……? 雫九……?」
──私、まだ、立ってられるんだ。本当なら、もう死んでたっておかしくないのになぁ。
目は、まだ輝きを失ってはいなかった。
全身をのたうち回るような痛みは、もはや逆に感じない。それどころか、彼女は嗤う余裕さえ見せていた。
その時、脳裏をよぎったのは、あの日救ってくれた魔法少女、リリィの姿。たった一瞬で光をもたらす、彼女の力。
──願ったのは、こんなものじゃない。いつだって、誰かの希望になれる力。まだ、まだだよ。出来るはずなんだ、だったら……。
「だったら。諦める、なんて、出来ないよね………………!」
虚ろになりながら、ゆっくりと立ち上がり、弓を構えた。かたかたと震える腕を、握る力だけでどうにか誤魔化す。光の膨張が、みるみるうちに膨れ上がる。そして。
「一矢集中……!」
渾身の一矢が。軌道を描く光とともに突き進む。
「オーバー・ショットォッ‼」
光は、ゴーレムの肩など跡形もなく消し飛ばした。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ⁉」
両腕を失くし、衝撃を受け止めきれないゴーレムの体が一瞬だけ宙に浮く。
その衝撃のまま、背中から地面へ打ち付けられる。瞬間、砂埃が辺り一面を覆った。
「……! 雫九、キミという人は……」
ベポリスの感嘆が、耳に残る。
しばらく、静寂が続いた。
「……今度こそ、やった、のかな……」
息の上がった声で七海は呟く。
油断はならない、と弓を引いた。最後に一発、トドメを刺すために。
──が。
「……、なん…………っで……」
弓を握る手が、覚束ない。震えが止まらず、照準が定まらない。
それだけじゃなく、全身に力が入らない。立っていられない。ふらふらと揺れる視界に、眩んでいく。
あと少しの辛抱なのに、体は言うことを聞かなかった。
「…………ぅ……っ……ぁ……」
力なき悲鳴が漏れ、七海はその場に突っ伏した。カランと音を立てて転がった弓が、光の粒子となって消えていく。
届かなかった。
また、ダメだった。
……やがて。
ゴロゴロと、地面を這うような音が大地越しに伝わった。霞んでいく視界で目を凝らすと、ゴーレムがその巨体を揺らし、転がりながら向かって来ていることがわかった。
「雫九! 起きるベポ! 雫九ッ‼」
ベポリスの必死な声。
──ああ、私。
ここで、終わりなんだ。
……嫌だなぁ。
──力が無ければ、何かを守ることは出来ない。痛いほど痛感していたはずなのに。
犠牲を払えば、守れると勘違いをしていた自分に、心から後悔をした。
彼女の目から、一滴の雫が零れ、掬われることもなく地に落ちる。
目を閉じ、せめてこれ以上痛まないようにと、願いを込めた。
その時だった。
「──はああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ‼」
頭上から、声が聞こえてくる。ある、少女の声。
近付くにつれて、徐々に周囲が陰り始めていく。
そして。
「デストロイ・スタンプッッッ‼」
ドッッッガァッッッ‼ と。
痛撃な破砕音と、ゴーレムの悲鳴が、鳴り渡る。
「……………………ッ⁉」
意識すら飛びかけるほどの衝撃波が発生した。力の入らない全身が、一瞬宙に浮くほど、凄まじい震撼だった。
その瞬間。まるで世界がスローモーションに見えるほど、その姿が鮮明に焼き付いた。
風になびく、ピンク髪の、ツインテールが。
「あぐっ」
地面に叩きつけられ、意識が朦朧とする。全身を襲う激痛で、もはや立ち上がることは出来ない。
「……! …………‼」
目の前に、誰かが立っていることはわかって、しかしその姿を上手く捉えることが出来なかった。酷くうるさい耳鳴りが、周囲の音すら掻き消していく。
そのまま、七海の意識は、闇に溶けていった。




