記号
夜の公園。夏の生ぬるい夜風がブランコを揺らし、遠くから電車の音が聞こえる。ベンチに座る二人の影が、街灯に照らされゆっくりと動いていた。
「僕らの関係って、なんなんだろう」
口を開いたのは裕介であった。自販機で買った缶コーヒーを片手に、薄い雲に隠れた空を見上げていた。
「え?なに急に」
莉奈は茶化すように云うが、裕介のぎこちない表情を見て、
「──そりゃ、恋人でしょ?」
と少し不安になりながら答えた。
「恋人か」
裕介はコーヒーを一口飲み、俯いた。
「なんかさ、デートするのも、キスするのも、ハグするのも、エッチするのも、ただ“大人の真似事”をしているだけなんじゃないかなって。恋人だからそういう行為をするって云う普通があって、だけどそれは恋人の“記号的な行動”に過ぎないんじゃないか。本当に心からそう願ってやったことなのかな」
沈黙が流れた。蝉も朝の元気をなくし、粛々としていた。
「確かにね」
莉奈は少し息を吸って、
「でも、そういう“記号”があったから、裕介と初めてキスをした時、すごく嬉しかった…ああ私はこの人と“特別な関係を結べたんだ”って。すごくこう…胸が昂って…本当に嬉しかったんだよ」
裕介は莉奈の顔を見上げる。月が顔を出し始め、莉奈を照らす。
「でもそれは…恋人だからしたことじゃないの?」
「ううん、恋人だからじゃない。裕介だから触れ合いたいって思ったんだよ」
莉奈は裕介の手に自分の手を重ねる。その手は冷えていたが、莉奈の温もりに溶かされていく。
「裕介はどう思ってるの?」
「分からない…でも莉奈を感じていたい…そういう行為だけじゃなく、心から…」
「ふふ、じゃあそういう風にしてみよっか」
莉奈は照れくさそうに笑い、
「私は裕介が好きだから」
二人の距離が近づく。月の明かりが優しく包み込み、静寂に満ちた。
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