58話 エクスクルーシブ・マジック
「兄上!」
目を開けたショウにネルがとびついた。
ショウは表情で大丈夫だと伝え、ゆっくりと立ち上がる。
いつの間にかショウにあった全身の傷が癒えているが、今の二人にそれを気にしている余裕はなかった。
「まだ生きてたのか。何度やっても変わんねぇよ。あっちも始まったみたいだしな」
ヴェドがナンティファストの方角を向き大げさに目を細めてみせる。
目線を二人に戻したヴェドは何かが気に食わない様子だ。
おそらく、ショウがヴェドの話に全くもって興味を示していないからだろう。
何も言わずに立ちあがったショウに引き上げられるようにして、ネルも立ち上がった。
ショウに体勢を変えられてもネルの集中は途切れていない。
ショウはネルを自分の前に寄せる。
左手は繋いだまま、右手はネルの右肩の上に置く。
「魔法を使うみたいだけど、僕も必要なの?」
「――えっ! は、はい。この魔法は二人でないと使えない魔法だから――」
「そんな魔法が――わかった。集中して」
「はい」
ショウはネルに自分の持つ魔力を流し込む。
二人の体の中で魔力が混ざり合ってゆくのを互いに感じ取っている。
だんだんと二人の前に浮かび上がる光の輪を観察し、ショウがアドバイスを送る。
「もうちょっと線を太くしよう。このままじゃ壊れちゃうから」
「は、はい!」
ネルが使おうとしている魔法は、分類的には魔術とも呼ばれるものだ。
魔術は魔力で空に文字を刻み、事象を具現化させるもの総称である。
ちなみにこれを応用したものが組み込まれた道具が魔道具と呼ばれるものだ。
魔術において大切なのは、術式の正確性と術者の魔力量だ。
いまネルが行っているように、術式の線を太くすれば流せる魔力量も増やせる。
当然比例して威力や魔法の規模も大きくなる。
ショウは授業でこの基礎を学んでいた。
テストの点数は百点満点だった。
魔法や戦闘に関する分野だけを切り取れば、魔法学校内でも優等生なのである。
しかし、この魔法式はショウの知っているものではなかった。
まだ基礎しか学んでいないのだから当然かとショウは割り切っている。
授業で「いくら術式が高度化しようともこの基礎は絶対だ」と教わったショウはその言葉を信じてアドバイスを送り続けた。
作業は順調に進んでいるのだが、ネルの方から緊張が伝わってくるのが気になる。
緊張や焦りなどの心の乱れは魔法の失敗に直結する、らしい。
エンニさんに言われたことだ。
言われたのは魔法を教わった時だが、魔術も例外ではないだろう。
「大丈夫。落ち着いて」
「は、はい――」
おお、落ち着いてきた。
流石だな。
ショウは真剣な表情のネルを見つめる。
(やっぱり、あの女の子にそっくりだ)
ショウは目をつぶって、自らの集中力を高める。
「おい! 無視か――?」
ヴェドが挑発するが、二人は見向きもしない。
機嫌が目に見えて悪くなっていく。
後ろに控える3人の魔族が怯えている。
「じゃあ、死ねよ!」
ヴェドが痺れを切らし、二人に攻撃を仕掛ける。
魔法では無く物理だ。
相手はこちらを見ていないというのにもかかわらず、ヴェドはフェイントを織り交ぜながら向かって進んでいる。
「クソッ!」
ヴェドはなぜかプレッシャーを感じていた。
男がいきなり現れた時は内心焦ったが、戦ってみればこの程度。
取るに足らない相手だと思っていた。
しかし、何故かヴェドの心臓鼓動が早まっている。
跳びかかってはいけないと理解していたが、体が勝手に動いてしまった。
この無意識行動がマイナスな意味だということはヴェド自身が最も理解している。
「へッ! このまま殴り殺してやる」
向かってくるヴェドは意識の外。
厳密には把握しているが、それはショウにとって脅威ではなかった。
ネルもショウを信じきっており、自分の仕事を遂行することだけに全神経を割いている。
流石に近いか。
「うるさいな。止まれ」
ショウの言葉でヴェドだけでなく、魔族全員の動きが止まった。
ヴェドは口を動かそうとするが、音を出すことすらできない。
今までに経験したことのない圧倒的な圧力を前に、魔族たちは焦りと恐怖に支配される。
ショウはお構いなしにネルが組み上げている魔法式を手伝う。
「要するに、これを反転させればいいのか?」
ショウは完成間近の魔法式を見て、この魔法式が一つでは完成しない事に気が付き、二人必要だという言葉の意味を理解した。
「てっきり、魔力が足らないって意味かと思ってた」
「それもあるのですが、兄様にもこの魔法式をつくってもらう必要があって」
「こう?」
「――ウソ。こ、こんなに速く」
ネルがショウの倒れた直後からつくり始めていた魔法式を、ショウは十秒足らずでつくり上げてしまった。
加えて、この魔法式は王家の者にしか知られていない特殊な魔法だ。一般人として暮らすショウが知っている筈がない術式である。
この魔法には発動条件がある。
それは術者に王家の血が入っていることだ。
大昔の研究でもその範囲は明確ではない。遺伝した血の濃さにもよる、と言う研究結果としては完璧とは言えない結論に終わった研究だ。
ネルはその点に不安はない。
何故なら、ネルはショウが何者なのかを知っているからだ。
ネルは相手と自分の関係性を、天眼を通すことで理解できる。
そして、ショウから得られた情報は――
『実兄』
――ショウはネルの血のつながった兄であるということを、あの日城でぶつかった時に知ったのだ。
城であったことも相まって、何かの理由があって素性を隠しているのだとネルは考えている。
それもあってか、ルーナがショウの話をするたびに父に向かって「私は知っていますけど、他言しませんよ」と笑顔を見せている。
この事実を知っているのはネルだけだという事を知るのはいつになるのだろうか。
ネル目線。今回、ショウが助けに来てくれた。
そして、この魔法を一緒に使ってくれる。
これらが何よりもの証拠になってしまったのだ。。
「さすがです。兄上」
「うん――それじゃあ、発動しちゃっていいんだよね?」
「はい、詠唱を――って。え――――!」
「ほら、最後まで集中して」
本来この魔法式には詠唱が必要だ。
魔法式というものは、魔法の名前を叫ぶなどの詠唱を必要としないという利点である。
ネルはその無駄な工程を行うことこそが重要だと、父から教わった。
しかし、この男に常識は通用しないらしい。
ネルは驚いたが、誇らしいと思った。
二人は手の平をまっすぐ前に向ける。
身長差のせいで上下二段の形になっている。
こちらも教わっていた物とは違う。
使えるのだからそれで良い。ネルはそう考える。かなり楽観的な性格なのだ。
二人の掌に平行となるように展開される魔法式が輝きを増す。
二つの魔法式を土台として、二回りほど大きな魔法式が展開される。
中心には王家の紋章に似た図柄が入っている。
「あぁ」
ショウは声を漏らした。
「……よし! やろうか」
「はい!」
二人が同時に魔法式に流し込む魔力の量を増やす。
光が増す。
どこまでも輝きを増していく。
そろそろ直視は出来なそうだ。
ショウが目をつぶろうとした時。
魔力の流れる音が消え、流し込んでいた全ての魔力が一点に集中した。
刹那、その一点に集められた魔力が全方位に解放される。
全てが純白に包まれた。
ショウはネルを見逃さないよう、自分の方に引き寄せる。
少し赤いネルの頬はこの純白の世界によってより際立っている。
夢の中で見た景色に似ている。
ショウは夢で体験した羽毛の感触とその空間の光景を思い返していた。
光に包まれた世界は一分経っても収まりはしなかった。
「終わったか?」
発動から二分半ほどが経ち、光がゆっくりと引いてゆく。
自分たちへの影響はない。
魔族たちの姿も見当たらない。
今回は注意して気配を探ってみたが、それでも見つからなかった。
「――ッ!」
ショウが捜索範囲を広げたところ、離れた南西の上空に大きな気配を感じた。
正確には3体の気配。ショウが感じ取れたのは大きな一つの気配だけだった。
ショウはナンティファストの城壁の上の時のように目を凝らした。
「ドラゴンか。ボロボロだな。背中に乗っているのはローブの魔族と――あの小さいのも魔族か。アイツはヤバそうだな」
ショウは飛び去るドラゴンを落とす方法を模索したが、良案は浮かばなかった。
「いっそ、僕がいって――おっと」
ネルがショウに凭れるように脱力してしまった。
先ほどの魔術で肉体的にも精神的にも消耗してしまったのだろう。
ショウはネルを優しく受け止め、自分の背中に乗せた。
ショウは冷静に先ほどの魔法の影響を確認することにした。
まず分かりやすいものは、空気が浄化されていることだ。
あの薄暗く、酸素の少ない荒野の姿は何処を見渡しても見当たらなかった。
それはショウの肉眼で確認できる範囲のことだが、その範囲は一般人のものとは比べられないほど広域だ。
それよりも気になるのはナンティファストの状況だ。
ドラゴンが向かっていた方向とドラゴンの身体にあった傷を見る限り、人間、ナンティファストにいる騎士たちと戦ったのだろうと予想できる。
「ナナのことも置いてきちゃたし。とりあえず帰ろう。詳しい調査はケイさんにやってもらうってことで」
ショウはネルを背負い、眠りから起きない程度の速度でナンティファストを目指した。




