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57話 家柄

 魔族と対峙しているナナは経験したことのない感覚に陥っていた。

 カバネルさんにドラゴンを一撃で吹き飛ばしてほしいと言われた時は、ふざけているのかと思った。

 それでも「ナナさんならできる」とあのカバネルさんから言われてしまえば、出来るという気が湧いてくるもの。


 その結果が後方で頭を揺らしながら立ち上がろうとしているアースドラゴンに現れている。

 デカルト家に伝わる秘技の一つに魔力を纏うことで身体能力を強化するというものがある。


 魔力を纏う、という表現はその見た目から来ている例えであり、実際には異なる。

 この世界の生物は酸素と同じように自身の身体に魔力を流している。

 その魔力量を無理やりに増やすことで身体機能を引き上げるのだが、その際にあふれ出た魔力が体を覆っているように見えるのだ。

 この技術を修得するにはまず、元となる自らの身を鍛えぬく必要があるため自ら習得したいと考える者も少ない。

 

 しかし、今のナナからは漏れ出る魔力が感じられない。

 これが、理想の形だ。

 魔力を逃がすことなく使い切れている証拠である。


「こうゆうことね」


 ナナは父や祖父の姿をみて、たくさん学んでいた。

 それでも、何年練習を積み重ねてもたどり着けなかった領域だ。

 この技の肝は、手先の技術ではなく体内の魔力を完璧にコントロールするための精神を鍛える事にある。

 ナナはその認識がないかもしれないが、ショウの訓練を真似することで以前より自分の全身に目を向けられるようになっていた。


 それがいまこのような形で表れている。

 一度経験してしまえばナナの物。

 彼女は、父からも一目置かれる感覚派の天才なのだ。


「さすがですね、ナナさん。ダリスさんの技にも見劣りしない一撃でした」


 カバネルもお世辞ではなく本心からの感想を伝える。

 謙遜している様子も見られない。

 自身でも納得の出来だったのだろう。


「カバネルさん。あの子が魔族なの?」


 ナナは既に次の敵を見据えていたようだ。


「そうです。あの攻撃反応できますか?」

「さっきくらいのなら」

「わかりました」


 カバネルが無作為に防御魔法を展開する。ショウの戦法のそれだ。

 違うのはそれを二人で行うということ。

 さらに違うのは攻撃の手数だ。


「いつでもどうぞ」


 カバネルの合図で、ナナが踏み出す。

 

「やるんだぁ」

 

 魔族はナナが着地する地点に手を手の平を向けたが、魔法は放てなかった。

 理由は、防御に回ってしまったからである。

 カバネルは騎士としての評価も高いが、魔法師としての才能もトップクラスだ。

 不意打ち気味に放たれた氷の弾幕を魔族が両手で対処する。

 その際にナナの接近を許す形になった。


 ナナの拳が子供の見た目をした魔族に容赦なく撃ち込まれる。


 吹き飛んだ魔族は受け身も取らずに地面にたたきつけられた。


 並の者であれば立ち上がることもできないだろう。

 

 だが、魔族はただ躓いてしまっただけかのように立ち上がった。


「僕さ。結構強い方なんだよね」

「…………」

「……タフね」


 魔族が低い声で呟き、ほこりを払いながらこちらを向く。

 ナナとカバネルに緊張が走る。

 足先から頭のてっぺんまで、動くことを許されない感覚がした。

 風で髪が揺れるのすら、止まってほしいと思う程だ。


 カバネルが苦しそうに呼吸をする。

 

 ナナは自分のレベルアップを実感していた。

 これならもしかして、と考えた。

 何よりも攻撃が届いた。

 でも届いただけだった。

 当てさせてもらったと言ってもいいかもしれない。

 

 ナナが動けないと思ったのは二度目だ。

 一度目は初めてショウと訓練をしたとき。

 でも、あの時は動けないと感じただけで実際には動くことが出来た。

 今回はそれとは違った感覚だ。

 故に、ショウと単純な比較はできない。


(もしかしたら、ショウが来れば助かるかもしれない)


 アイツはこういうタイミングで助けに来てくれる人だ。

 今のナナにはそれを望むことしかできなかった。

 当然、後方のジェイもアクションを起こせないでいる。


 ――空気が揺れた。


 これはドラゴンの攻撃ではない。

 ドラゴンは騎士たちに良いようにされている。

 こちらの影響はないらしい。

 

 では魔族が何かをしたのかと思ったが違ったようで、魔族も訝しげな表情をしている。


「なにだろう。いまの」


 魔族の言葉だ。

 ナナはこっちが聞きたいと思ったが、口にはできない。

 

「あっち? ヴェド兄のじゃないみたいだけど……」


 魔族はナナたちに背を向け、首をかしげる。


「ナナさん! こちらに!」


 カバネルが叫んだ。

 

「ジェイ来て!」


 ナナはジェイを引っ張り、無理やりカバネルの側まで持ってくる。


「全員! 全力で防御をしろ!」


 カバネルさんの指示が風魔法によって戦場に響く。


「なにこれ、やばそうなんだけど」


 魔族も防御態勢を取った。

 あちら側の作戦ではない、と思いたい。


 カバネルが防御魔法を展開する。


――次の瞬間、暗部の荒野とナンティファストの全域が凄まじい光に包み込まれた。



◇ ◇ ◇



 僕の意識は夢の中にあった。

 ネル王女から僕の左手に流れてくる魔力の感覚が現実との繋がりを維持している。


 その温度を感じながら僕は夢の中に沈んでいく。

 目の前には見知らぬ天井が映っていた。

 

(空じゃない。何処かに運ばれたのかな。でも、ネル王女はまだ僕の手を握っているみたい)


 僕は寝返りを打とうとしたが、身動きが取れなかった。


(あんな大ケガしたら当然、か)


 僕は状況を確認しようと、どうにか首を振った。

 その部屋は見たことのない、豪華な部屋だった。


(どこかの貴族の屋敷かな? もしかしたら、ネル王女の?)


 助けてくれたのが偉い人であれば、なおさら感謝をしなくてはいけない。

 寝ながら右を向いている僕は、大きなガラス窓の外に広がる青空を見つめながら考えた。


(そういえば、ネル王女はまだ僕の手を握っているのか?)


 ショウは首を反対に向ける。

 そこにはネル王女がいる。と思ったが、少し違う。

 ネル王女に比べてだいぶ幼い顔つきと体格だ。


(この国に第三王女って居たか? 親戚?)


 色々考えたが、よくわからなかった。


「おとうさま! ニックがこっちみた!」


 幼女が興奮気味に叫んだ。

 その瞳は水晶のように透明で、部屋に入り込む柔らかな光を反射させている。

 

(元気だな――む? ニックって誰のことだ?)


 自分の他にも誰かいるのかと思い、僕が首を振ろうとしたが動かない。


 僕の脳内に赤ん坊の泣き声が響いてきた。

 それは耳からではなく、骨を返して伝わってくる振動の様だった。


(うるせぇよ! どこにいるんだよこの赤ん坊は。もう、こっちは疲れてるっていうのに)


「ルーナよ。あまり大声は出さない方がいい」

「そうよ。もうお昼寝の時間なんだから、寝かせてあげなさい」


(ルーナ? ルーナって言ったか?)


 僕は目線を上げて声のする方を確認した。

 そこは部屋の入り口になっているようで、大きな扉から高そうな服を着た男女が入ってくるのが見えた。


(あれは――)


 僕は他の所が気になってしまった。

 それは一人の若い衛兵だった。

 横を向いているためはっきりとは分からないが、とてもケイさんに似ている人だ。


 僕の前に来た大人の女性も気になったが、それ以上にこちら男の方が無視できない。

 この男は油断できないと本能が訴えている。

 でも不思議なことに警戒心はない。

 むしろ温かさすら感じる。


「ニックよ。強い男になるのだぞ。できれば我が弟のようにな」

「あら、あなたも十分強いでしょ?」

「そうかもしれんが、アイツと私ではタイプが違う。いざという時に一人でも戦える力を手に入れて欲しいのだよ」

「ダイジョウブ! ルーナがまもってあげるから!」

「そうだな」


 幸せそうな家族の会話だった。

 僕は頭の中の情報が整理しきれていなかった。

 断片的には受け止めることが出来ている。


(――次はなんだ!)


 視界が白色光で埋め尽くされる。

 先ほどより理解できない光景だ。

 

 背中からぬくもりを感じる。

 よく見ると視界の端に、純白の羽毛の様な物が見切れている。

 しかし、羽毛にしては大きすぎる。

 小さく見積もってもドラゴンより大きいのは確実だ。


『あなたは最後の希望。こんなことを言える立場ではないのだけれど、この世界を救って』


 全く知らない声だ。

 誰に向かっての発言かもわからない。


『時間がありません。あなたをサポートしてくれる子も送る予定です。しっかり協力してくださいね』


(何を頼まれたんだ?)


 視界が闇に包まれた。

 意識が現実に戻ってゆく。

 淡い光を瞼越しに感じる。


「あれは……うん……」


 ショウはなにかを受け止め、瞼を開いた。

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