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54 シンカの兆し

 僕は大男を投げ飛ばした後、すぐさまロ-ブをかぶっている魔族に狙いを定める。

 

「させないよ」


 そこに邪魔が入った。

 僕の進路に立つ女の魔族は必要最低限の布で局部だけを隠しており、その両手にはダガ-ナイフのような短剣が一本ずつ握りしめられている。

 かなり乱雑なポジションの取り方をしていたが、体勢には影響がないようだ。


 無理が効くなぁ。身体能力はヤバそうだ。


 僕は相手を分析し、迷わず直進した。


 とりあえず当たってみよう。


 僕は自らの剣を敵に押し込むようにして当たりに行く。


 情報が無い戦いでは自分の身体で情報を取りに行く。これが僕のスタイルだ。

 じいちゃんからはいつもダメだしされていた。理由は言われなくとも理解している。

 「情報がないから突撃する」これは明らかに矛盾している行為だ。

 情報がない中で近接戦を行えば致命傷を負いかねない。

 だからといっていくら観察をしていても相手は倒せない。

 

 なわけでこうして体当たりする。


 じいちゃんに対処法を教えて欲しいと聞いても「自分で考えろ」の一点張りだった。

 だから諦めた。

 

 僕の剣を魔族が二本の短剣で受け止める。

 しかしその重さに耐えきれなかったようで、その魔族は方法へ飛ばされる。

 僕はそのタイミングで足場を展開し、脚の指先に力を込めて踏み切る。

 

 飛ばされた魔族は勢いを殺そうとしているため、僕の方が何倍も速い。

 双剣持ちの魔族を追い越した。

 ローブを纏う魔族に攻撃をと思ったが、そこには大きな壁があった。


 もう戻ってきたのか。タフだな。

 

 一見、壁と見間違うほどの巨体を持った魔族が僕のスピードに合わせて拳を振りかぶる。

 僕は身体を少し右側に開く。

 大柄な魔族が目を細めたが僕の知るところではない。

 僕は魔族から繰り出された拳に合わさるように左足を挙げる。


 その衝撃はそれなりに大きかった。

 側にガラスがあれば確実に割れていただろう。

 だがここには草一つない。せいぜい砂埃が舞う程度だ。


 相手の魔族はと言うと、どうやら驚いているようだ。

 力なら負けないと思っていたのだろう。

 しかし、技術というものは力と同じくらい重要なのだ。

 我武者羅に腕を振り回しているだけのデカブツに格下だと思われたくはない。


 動揺する魔族に容赦などしない。逆袈裟の形で剣を振るった。

 地に足がついていないため致命傷を与えることは出来ていないがダメージは入っているはずだ。

 魔族の腹部から魔力が漏れているのが確認できる。


 よし。


 僕は再びローブの魔族に狙いを定める。

 しかし、また邪魔が入る。

 先ほどぶっ飛ばした双剣の魔族が後ろから迫っているのが分かった。


 意外に速いな。全速力が分からない以上無理はしない方が良いか?


 僕はタイミングを計って宙返りをした。

 僕の真下を綺麗に魔族が通過する。

 相手は切り返してこない。

 スピードを殺しきれないというのもあると思うが、それ以上にローブを守ることが重要なんだろう。


 今この戦場では勝負のカギを握っているのはあのローブの魔族だ。

 しかし当の本人はアドリブ六にかけているようで、終始挙動不審になっている。

 おそらく彼女の行動は仲間も理解していない。

 わかっていればこんな乱暴な戦いはしてこないだろう。デカブツを除いてだが。


 僕は何かを探すように首を振った。


「余所見しるところ失礼するよ!」


 双剣持ちの魔族が突進してきた。

 僕は限界まで敵を引き付ける。

 理由は後ろからデカブツが迫ってきているからだ。

 本当にコイツは扱いやすい。

 

 僕は狙い通り正面からの攻撃をギリギリで躱した。


 先ほどから何やらアイコンを取っている様だったし、次の攻撃に備えた方が良さそうだ。

 なんだ?

 どちらもお互いを避けようとしない。


「おい! コズ! どけ!」

「うおおおお!!」

「おい、馬鹿!」


 ぶつかった。

 衝撃で二人の動きが鈍った。

 

 僕は咄嗟に地面を蹴った。

 二人の衝突に目を丸めていたローブの魔族を仕留めに動く。

 

「そろそろやられて欲しいな!」


 僕は完璧に魔族の首を捉えたつもりだった。

 しかし、僕の剣は空を切っている。


「ほう。こういうのもあるのか――精神干渉系魔法」


 僕の目線の先には過呼吸になったローブの魔族が立っている。

 おそらく、いまのはこの魔族による仕業だろう。

 数ミリ、1、2センチの誤差ならば僕のミスかもしれないが、僕が剣を薙いだ場所と今アイツのいる場所との距離は少なくとも5メートルはある。

 明らかにこちらのミスではない。

 こんなミス、剣を初めて握った子供でもあり得ない。


「これは面倒だな、ネル」

「っえ!? はい!」


 ネルに声をかけた意味はない。

 あるとすれば自分を落ち着かせるためだろうか。

 速くしないとアイツらが、それにヴェドだって――ヴェド!

 アイツはどこに行った?

 任せたとか言って何処かに。


 クソッ!

 忘れていたはずがない。

 アイツはこの中で最も無視できない存在だ。

 そういえばドラゴンはどうなった?

 何故だ?

 いつから意識していなかった?


 二人との戦いに夢中になっていたからか?

 違う!

 アイツらとの戦いは正直に言って余裕だった。

 これもコイツらの作戦か?

 だとすればあいつらの狙いは。


「兄上!」

「しまっ」


 僕の腹部を尖った岩が貫いた。

 ネルには当たっていない。当てさせていない。

 目の前が霞んで見える。

 この辺りの空気が悪いからだろうか。

 着ている服が濡れてゆく。


「こんなもんか」


 ヴェドの声だ。


 倒さないと。


 ネルは無事か?


「兄上! 兄上!」


 大丈夫そうだ。

 というか、兄上ってなんだ?

 人違いにも程があるぞ。

 しかもネルにお兄さんなんていたか?

 ああ、そういえば双子の兄がいるんだっけ。

 僕そんなに子供っぽいかなぁ。


 ああ、ドラゴン……いや、もう無理だな。

 すまないがナナとケイさんに任せよう。

 いざとなったらじいちゃんに倒してもらえばいい。

 じいちゃんなら家からここまで十日もかからないだろ。


 はぁ、こんなに痛みを感じたのは初めてだ……。

 痛みが一回りして逆に痛くない。でも体が熱い。


 それに力が湧いてくる気がする。

 なんだか空気が美味しくなってきた。

 そういえばここ、すげぇ呼吸しづらかったな。

 

 ネル王女。黙っちゃったな。

 なんか手を握ってくれているけど。

 ネル王女の手は暖かいな。

 エンニ先生に魔法、魔力を教わった時と同じ感覚だ。

 でもその時よりも熱がこもっている気がする。

 やっぱり小さい子は体温が高いのかな。

 まぁ、小さい子って言う程の歳なのかわかんないけど。


 僕は何かをつぶやくネル王女の側で瞼を閉じた。


◇ ◇ ◇


 ショウが単独で敵地に乗り込んだ頃。

 ナナの姿はジェイの店にあった。


「ジェイ! パパからの伝言のこと隠してたでしょ?」

「いやいや。そんなことはしてないですよ。それはおそらく『魔力通話機』とかいう魔道具を使ったんじゃないですかね」

「あの、遠くに声を届けられるってやつ?」

「そうです」

「でもあれってすごく高かったはずだけど。家はお金持ちの領じゃないし、そんなもの買えるのかな」

「お嬢、それダリス様には絶対に言わないでくださいね」


 苦笑いと共に眉を顰めるジェイが、拭いていたコップを置く。

 ナナが戻った際にジェイが作業を止めようとしたら、ナナに止めなくていいと言われたのだ。

 それを断ったほうが面倒ごとになることを理解しているジェイはその通りにしていた。

 

 ジェイはデカルト家に仕えながらも、この店の経営もしっかり行っている。

 とはいえ、利用する客の殆どが社会的にグレーな人たちなのだが。それは本職が影響しているので仕方がない。

 そのほかの客はいま目の前にいるナナのようにデカルト家に属する者達だ。

 ちなみにダリスの家族でこの店を使うのはナナだけである。


ド――ン!!


 突如ナンティファストの街中に轟音が響き渡る。

 それは半地下であるこの店も例外ではない。

 二人は目も合わせずに同時に店を出た。

 煙や砂埃といった目立ったものは見当たらない。


「ジェイ! 支部に行こう!」


 支部とは先ほどナナとショウがいた大きな建物の事だ。

 騎士団や魔法師団が在中している街には「騎士団支部」や「魔法師団支部」といった建物が設けられている。

 この街にあるのはその両方が合わさった建物である為、まとめて「支部」と呼ばれている。

 ちなみに警備隊は一つの組織ではなく、街ごとの組織となっているので支部と呼ばれるものは存在しない。


 ナンティファストの街を猛スピードでかけている二人が門の前に通りかかった。

 街に来たときは静かな待機列だったが、今は違う。

 かなり騒がしくなっていた。

 あの音を聴けば速く城壁の中に入れてくれと誰しもが思うだろう。

 ジェイはそんな人ごみに聞き耳を立てた。

 流石と言った所だろうか。


「ドラゴンが出たんだ! 街に入れさせてくれ! 俺たち死んじまうぞ!」


 ジェイはその情報を淡々と理解し整理した。


「お嬢、急ぎましょう」

「うん」


 ナナはその情報を受け取っていないが、ジェイの声色から本当に急いだ方が良いことを察した。

 二人は小さな砂埃を上げながら猛スピードで支部へと向かった。


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