53 突発開戦
助けないと、と思った瞬間。僕は謎の浮遊感に襲われた。
次に僕が足をついた場所はナンティファストの城壁の上ではなく、ついさっき見ていた床だった。
首を振ると、目的の人物と知らないヤツがいた。
知らないヤツの体勢からして目的の人物、ネル王女に近づこうとしていることがわかる。
ネル王女は牢に入れられている。
僕は考えるより先に二人の間に立っていた。
ネル王女は口を縄で縛られている。
僕はその縄をエアカッターで切断した。
何故だろう。これくらいネル王女でもできそうなのに。
そう思った僕だが、ネル王女と周辺を観察して考えを改める。
ネル様の座っている床面には魔法陣が描かれていた。その魔法陣は周辺の魔力を吸っている。当然、ネル王女と僕の魔力もだ。
次の瞬間その魔法陣にひびが入り。
魔力が空気に返った。
理由は分からない。アイツが何かやったのか?
でも知らないものが消えてくれて好都合だ。
「うそでしょ……」
女の魔族が何か言った。
僕は確信している。
コイツは魔族だ。雰囲気がアイツらと一緒。
ルーナ様からは外傷を与えないと分からないと言われたが、僕はそうは思わない。
何故なら雰囲気が人間とは明らかに違うからだ。
僕はとりあえずネル王女を牢から出すことにした。
鉄格子を熱魔法で溶かし、即座に氷魔法で固める。
ネル王女には怪我もなく、錯乱状態にもなっていない。
本当に良かった。
それにしてもこの魔族、何故なにもしてこない。
さっきからこちらに手を翳すそぶりをしているが、何も変化がない。
そう思った矢先、魔族からネル王女に向かって魔力の針のようなものが飛んだ気がした。
僕はそれを掴んだ。
確かに掴んだ。
感触もあった。
その針は脆く、握った衝撃だけで霧散してしまった。
魔族が驚愕の表情を浮かべている。
ネル王女は何が起きた変わらない様子だ。
僕も分からない。
攻撃には違いないだろう。僕は全力で戦うことを決める。
正直僕は、今までじいちゃんとの戦い以外で本気を出したことが無かった。
その理由は自分の力が把握できていないからだ。
初めて魔法を使った時、僕は自分の力が恐ろしかった。
僕の物ではない何かを暴発させてしまった。そんな感覚だった。
でも、いつまでもそう言っていられる訳ではない。
この状況はまずい。
僕の状況理解が追い付いていない事が一番の問題だ。
だから手加減は出来ない。
「キミ! この状況説明できる?」
僕はネル王女に問いかけた。
焦っていたのでキミと呼んでしまったが大丈夫だろうか。
「は、はい! ここは魔王軍の北方基地です。ネルが連れ去られてしまって……それで……い、いきなり兄上が現れました? こ、これで大丈夫でしょうか?」
「あに――うん。大丈夫」
そりゃそうだよな。
僕自身が分からないことを知っているはずもない。
しかし、こうなったからにはネル王女を連れて逃げ出すしかない。
僕がネル王女を抱えようすると、嫌な空気が場を包み込んだ。
生み出しているのは目の前にいる魔族だ。
目に見えるわけではないがその悪気は僕らを中点として円形状に広がり、球状に形を変えてゆく。
変形を終えると、球体の面に先ほどの針に似たものが無数に生み出された。
その先端が向いている方向は定まっていないと言えば定まっていないが、球体の中点を向いているため僕らのどちらにでもよいから当てたいという思惑が見える。
ネル王女はというと、気配は感じている様だが何が起きているか分からない様子。
僕も初めてこの光景を目の当たりにしている。
「あ、兄上! この魔族は精神干渉系の魔法を使います!」
「ありがとう。わかんないけど、この針みたいなのを全部防げばいいんだな?」
「針――ですか?」
「来るぞ!」
「えっ!?」
僕らを目掛けて針が飛翔する。
物凄い速さのはずだが凄くゆっくりに見える。
これはあれだ。ゾーンに入った時と同じだ。
その時はじいちゃんの剣がこれからたどる剣筋が見えるような感覚だった。
今もそれに近い。
僕は針が作られた球よりも一回り小さい防御魔法を展開していた。
これはおそらく二人にも見えている。
しかし、魔族は焦っていない。
それを僕は見逃さず、次の準備をする。
針が防御障壁を通り越した。
原理は分からない。軌道も変わっていないところを見ると、この針は実体ではないのかもしれない。
自分で考えていて頭が痛くなりそうだ。
僕はインパクトを行使する。
振動を伝えるのは地面ではなく空気。もっと細かく言うと大気中の魔力だ。
僕が行使したインパクトは大気中の魔力を震わせる。
そして、僕の狙い通り飛んでいた針が床に自由落下し始めた。
再び魔族に扱われる前に、還元魔法で魔力の針を霧散させる。
「思った通りだ」
僕は還元魔法を教わってからずっと考えていた。
今のように自分が生み出したもの以外でも、還元魔法を使えば魔力に戻せるのではないかと。
そしてそれは正解だったようだ。
「そんな馬鹿な! だって、い、色を無視して。なんで、なんで!」
魔族が騒がしいが関係ない。
僕は喚く魔族の首を狙って、じいちゃんから貰った大切な剣を抜いた。
僕は勝ちを確信していた。
これは怠慢ではなく、確実に倒せると、この攻撃が防がれる事はないと、慎重に状況を把握したうえでそう思っていた。
しかし、僕の剣は魔族には当たらなかった。
僕の剣に斬られる寸前だった魔族が壁に激突する。
僕と魔族がいた場所の床が盛り上がっている。
直前で「避けろ」とじいちゃんに言われた気がした。
そういうのはじいちゃんが死んだ後に起きる事じゃないのかよ。
ツッコみたくなったが回避できたことが重要なのでどうでも良い。
「誰だ。お前」
男の魔族がそう言った。
こいつは強い。それはわかった。
王都で戦った奴“ら”の数百倍は強い。
格が違うとはこのことだ。
ネル王女の息も上がっている。
「あ、あの男の名前はヴェド。この基地のトップです」
「なるほど?」
僕はヴェドという魔族をもう一度観察する。
やはり、戦うことは得策ではない。
勝てたとしても、ネル王女を守りながらナンティファストに戻ることは出来なそうだ。
「――えっ!?」
僕はネル王女を抱きかかえ、この場からの逃走を図る。
インパクトを足から地面を通して壁に撃ち、横穴を開ける。
僕は躊躇わずにその穴から飛び降りる。
「急にごめん。でもこうしなくちゃいけないかなって。今更だけど、ネル王女であってるよね?」
「は、はい。あ、よ、呼び方。ネルでいいです」
「え? でも――ッ!」
後方から木の枝の様な物が伸びてくる。
よく見るとあれは土だ。
どうやらヴェドによって操られているらしい。
先ほど地面が盛り上がったのもヴェドの仕業だろう。
僕は地面までの間に、防御魔法でいくつも足場を生み出す。
その足場を無作為に踏みながら、攻撃を躱す。
もう少しで地面だ。
「これって……」
地面から同じものが生えてきた。
それはそうだ。地面は荒野。
ヴェドは先程から石を操っている。となれば岩もいけそうだな。
僕は分析の傍ら真下からの攻撃を足場を蹴って横に躱し、環境を分析する。
「大きな岩は避けようと思ったけど。そもそも地面なんて全部岩か。さすがに拡大解釈だと良いけど」
横に躱した僕を追尾するように直角に曲がった岩の枝を、僕は防御魔法で受け止める。
防御魔法が割れた。
先端がとがっているヴェドの岩は面で受け止める防御魔法にとって分が悪かった。
僕は足元に足場となる防御魔法を即座に展開する。
それを蹴って岩の枝に向かっていく。
岩を半身で躱しつつ岩の枝の側面に回し蹴りを入れる。
さらに反動で距離をとったが、蹴りで砕けた岩が再び一塊になってゆくのが見える。
そこに上からの攻撃だ。
勿論忘れていない。
僕はロックランスを生成した。
生成したロックランスを岩の枝にぶつけると、ロックランスは全てが、岩の枝は先端部分が砕けた。
僕はその後を観察する。
どうやら僕の作った岩はヴェドには操れないらしい。
「これは使えるけど。一時凌ぎにも程があるな」
僕は展開した足場に乗り、作戦を立てる。
この間に受けている攻撃は全てロックランスで対応している。
「ネル王女」
「ネルです」
「あ、はい。ネル、この先もじっとしておいてもらえますか?」
「わかりました!」
元気がいいな。
しかし申し訳ない。
僕はネル王女の事を知らなさすぎる。
ヴェドは即興のコンビネーションでどうにかなるほど甘い相手ではないのだ。
その時。
ド――ン!!
と後方、ナンティファスト方面で大きな音がした。
何だ、あれは。
そこには大きなトカゲがいた。
多分ドラゴンだ。
初めて見るので確証は持てないが、じいちゃんから聞いていた特徴と一致している。
その特徴は「ありえない程大きい」だ。
そしてアレはありえない程大きい。
「動き出したか。気に食わねぇがしょうがない。あぁ、安心しな。お前らの国に着くのはもうちょっと後だろうからよ。あと――どうだろうな。三十分ってところか?」
岩の枝に乗っているヴェドが挑発してくる。
僕はアイシクルランスを三十本、ヴェドを囲むようにして生成し、放つ。
そしてヴェドの頭上から巨大な一つのラヴァ・バレットを落とす。
僕はそれらの魔法を行使しながら距離を詰める。
予想通り、ヴェドは岩の枝を動かして下から回避を試みる。
しかし、岩の枝の制御が効かず一緒になって落ちてくる。
僕はヴェドが乗っていた岩をラヴァ・バレットに合わせて砕いておいたのだ。
やはり地面とつながっているのが条件の様だ。
僕は落下中のヴェド目掛けて剣を抜く。
ネルを抱えているため完璧とは言い難いが、及第点だろう。
「うぐっ……」
僕の剣はヴェドに届いた。
僕は喜びを後にして後方へ飛び退く。
ヴェドが手に持っていた岩の破片が変形し僕を襲ってきた。
少量であれば地面とのつながりは関係ない、か。
「ハハハ。これすら躱されるか。またっく、困ったものだ」
「……」
「おい! お前ら、しばらく相手をしておけ」
「了解」
「わかった」
「は、はい……」
党の入り口から新たな魔族二人とさっきの魔族が出てきた。
牢屋の前にいた魔族は後方に位置を取っている。
お世辞にも元気とは言えない表情をしているな。
「いかせてもらうぜ!」
新しく出てきた大きな男がいきなり跳びかかってきた。
僕はその右ストレートを自分の右手で受け止めそのまま横に投げ飛ばした。
剣を鞘に戻しておいて正解だった。
やはり人を抱えながらの戦闘は難しいな。
「ほほう。おもしれぇじゃねぇか」
大男は飛ばされながらも余裕そうに呟いた。




