48 デカルト家
動きの鈍いロブさんがナナをエスコートして馬車から降りるのと同時に、大きな建物から男の人が出てきた。
口元にはひげが生えており、整った服装……ではなく薄汚れた服を着ている。
目元はどこかナナに似ている。そして雰囲気も。
「パパ! その格好で友達に会わないでって、いつも言ってるじゃん」
パパ。確かにそう呼んだ。
この人がナナのお父さんで間違いないようだ。
服装に関しては特に何も思わない。
僕は歩み寄って挨拶をする。
「初めまして。ショウ・オルティスと申します。今回は我儘を聞いていただきありがとうございます」
「そう改めなくていいよ。俺も君のお爺さんにはお世話になったからな」
「パパ。そのこと知ってたの?」
先ほどまでの様子を見ていたら、ナナがお父さんに質問をするのも分からなくない。
ロブさんもよくぞ聞いてくれた、と言う表情をしている。
「俺だって最近知ったんだ。丁度グレイから手紙が届いてな」
「なんでおにい、兄さんから? ショウあったことないでしょ」
言い直す必要あったか?
それより、僕にもナナのお兄さんと会った記憶はない。
グレイ……、グレイ・デカルト。
まさかね。
一応、目の前のお方のお名前を伺っておこう。
「あの、確認なんですがお、お名前は?」
「すまない、名乗っていなかったな。俺の名前はダリス・デカルトだ。いつも、息子と娘がお世話になっている」
正解だったらしい。
どうやらグレイさんのお父さんがダリスさんで間違いないようだ。
そうなると、ナナはグレイさんの妹……まずい、ロブさんを馬鹿にできなくなってしまった。
その後、家の中に入れてもらった僕はグレイさんとのことを皆さんに、いや。ナナに向けて説明した。
それからは来客用の部屋に案内してもらい荷物を置いて、再び客間に戻ってきた。
「それにしても、お兄ちゃんでも勝てないなんて。いやでも、ブレイディさんのお孫さんなんだし当然か」
さっきからナナがうるさい。
ずっと独り言をつぶやいている。
まぁ、うるさい意外に害はないので全スルーしておこう。
そんな感じで寛いでいると部屋のドアが開いた。
そこには素敵な女性が立っている。
服も派手過ぎず、大人しすぎず、とても落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
ナナを大人にしたみたいの人だ。
「あ、ママ。ただいま」
またも正解。
これは流石に間違えない。
だって本当にそっくりだからね。
「あら。もう帰っていたのね、ナナちゃん。そちらは――」
お母さんが僕をじっと見つめる。
僕とナナに目をやり、手で口元を隠しながら口を開いた。
「彼氏さんかしら?」
「「……?」」
「いやいや、そうじゃないですよ!」
「いやいや、そうじゃないって!」
ショウとナナがそろって声を上げる。
「あら、息ぴったりね」
「あーもう。だから」
「ごめんなさいナナちゃん、ダリスに呼ばれたから行ってくるわね。また後でゆっくりお話しましょう。フフフ」
ナナのお母さんは僕を見て、微笑みながら部屋を出て行ってしまった。
気負いが凄いな、この人は。
「……なんかごめん、ショウ」
「別に……大丈夫」
これ以降ナナが静かになったので、僕は逆に落ち着かなくなってしまった。
その後、この街の名物である温泉に入れてもらえることになった。
温泉という物の存在は知っている。
昔、じいちゃんから教えてもらった。
温泉に浸かりながら僕は考えた。今思えばその温泉はここの事なのかもしれないと。
なんかじいちゃんの思い出を辿っている感じがして楽しいなぁ。
王都に来て、じいちゃんを知っている人と出会って、なんだかとても充実している。
そんな感じがする。
僕が温泉から戻ってくると建物内の空気が少し変わっているように思えた。
訝しんでいる僕の背後から、ナナが話しかけてきた。
「なんでそんな薄着なんだ?」
「な、なに? ど、どういう意味?」
ナナは一歩退いて、逆質問してきた。
「せっかく温まったのに。でも、確かに暑いか」
ナナのように薄着でいる事で汗をかきにくいというのも一理ある。
折角スッキリしたのに汗をかいてしまっては勿体ない。
夏だとはいえ、室温は涼し目に設定されているため体が冷えるのも勿体ない気もする。
悩ましいところだ。
思案する僕の意識をナナが引きずり戻してきた。
「ねぇ! ねぇってば! それでさ。なにがあったの?」
「それなんだけどさ。俺も知らないんだよね」
「――よし! パパに聞こう」
そういってナナはダリスさんの執務室へ駆けていった。
僕にはやることが無いので、その辺をプラプラすることにする。
「それは本当か!」
なんだ?
どうしたんだろう。誰かが話し合っているようだ。
僕は、なんとなくだけど聞き耳を立ててみた。
この部屋はおそらく来客用の部屋。僕が借りている部屋よりも少し豪華だ。
それは当たり前か。
その部屋の中から会話の続きが聞こえてくる。
「静かにしないか。このことは誰にも知られてはならぬ。いいな」
「りょ、領主様には」
「領主様には既に報告してある。とにかくだ、ネル王女が行方不明だということは一切他言無用だ」
……いま、いま何て言った?
僕の聞き間違いだろうか。
僕は状況整理より先にこの場から立ち去ることを優先した。
借りている部屋に戻った僕がほんの少しの情報を頭のリソースをすべて使い整理していると、部屋のドアがノックもなしに開いた。
ナナだ。
「部屋に戻るなら言っておいてよ」
「いや。勝手にどっかいったのはナナの方だろ」
「確かに」
「それで? 何か聞けた?」
「それがさ。部屋にも入れてもらえなかった」
「そ、そっか」
そうだよね。
あんな大事な情報いくら娘とはいえ伝えられない。
使用人達も知らないようだし。おそらく、本当に限られた人しか知らないのだろう。
ひとまず、情報を増やすことが先決だ。
まずはネル王女についての情報が必要だ。
僕はその人の事を多分知らない。
「あのさ。ネル王女ってどんな人?」
「急に何? 怖いんだけど」
「いや。このあいだ城に行ったんだけどさ。そういえば王家の家族構成とかちっともわかってないなって思って」
「うん、ちょっとまって。まずボクに質問させて」
反対は出来そうにない雰囲気なので、仕方なく受け入れることにしよう。
決してビビっているわけではない。
「単刀直入に聞くけど。何をしたら城に呼ばれるわけ?」
「魔族を倒した」
「ま、魔族ね……。そうか魔族か」
その後も質問が続き、僕はあの日のことをほとんど話した。
言わない方が良かったことも教えてしまった気がしているが、まぁ良いだろう。
それよりも今は情報が欲しい。
「よくわかんないけど、もういいよ。それで質問は何だっけ?」
「ネル王女について」
「そうだなぁ。ボクもあんまり詳しくないんだけど。なんというか可愛らしい方って印象かな。ルーナ様が完璧で尊敬されているとしたら、ネル様は不完全が故に愛されている? みたいな」
「なるほどね。見た目は?」
「そのまんまだよ。ルーナ様を小さくした感じ」
やはり、あの日廊下で出会った少女で間違いないようだ。
でも、行方不明ってどうゆうことだ?
まさか、家出という訳ではないだろうし。
ルーナ様を見ていれば分かるが、仕事にしても遊びにしても護衛と監視はつきものだろう。
加えてルーナ様よりも自衛力が低いとなれば尚更だ。居なくなった場所も条件も、とにかく情報が足りない。
僕は他の人から情報を得る為に部屋を出ようとした。
「ちょっと待ってよ。どうしていきなりそんな質問したの?」
「知りたい?」
「知りたいでしょ」
「……分かった。誰にも言うなよ」
隠すという選択肢が最もリスクが低いことは明白だ。
しかしそれでは僕の目的も達成できそうにない。
であれば、ナナにも協力してもらおうと判断した。
僕は周囲に誰もいないことを確認してから先ほど聞いた話をそのままナナに伝えた。
何があっても騒ぐなとうるさく言った甲斐もあり、ナナが騒ぐことはなかったが、その表情は衝撃そのものだ。
少し時間を置き、ナナが僕の質問の意図を理解したうえで様々な情報をくれた。
そこには重要な情報があった。
10日後にこの街を訪問予定である事と、その前の滞在予定地が「防衛都市ナンティファスト」であること。
ここまで情報が出そろっていては動かないわけにはいかないというのが、僕とナナが出した結論である。
「この話、パパに言ったら絶対に行かせてくれないだろうな」
「どうする?」
「抜け出すしかないでしょ」




