47 小旅行
時は少し戻り、終業式から四日後の朝。
ショウは魔法学校の校門前に向かっていた。
そこには一台の馬車が止まっている。
馬車は平民の物とは明らかに異なるが、ルーナ様が乗っていた物よりは落ち着いた外見をしている。
馬車の前に立っているタキシード姿の渋い男性がこちらを向いて一礼をするのが見えた。
「おはようございます。初めまして、ショウ・エイブラムスと申します。デカルト家の方でお間違いないでしょうか」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしはロブ・マーシャルと申します。デカルト家の執事をしている者です。デカルト家の馬車で間違いありません」
その人はとても丁寧に対応してくれた。きっちりした態度とは少しずれた、穏やかな雰囲気や表情をしている。
とても優しい人だと、この会話だけで伝わった。どこかじいちゃんを思い出す。
朝とはいえ、時期も夏だ。日差しが照っていてとても暑く感じる。
そんな僕を見てか、ロブさんが声をかけてくれた。
「お嬢様はもう少しお時間が掛かるとの事ですので、どうぞ馬車の中でお待ちください。車中は魔道具で室温が管理されていますので」
なんと、そんな便利なものがあったのか。
たしかに城の中はどの部屋でも温度が変わらなかった。校長室や、教頭室だってそうだ。
世の中には僕の知らない物や発明がたくさんあるんだな。もっといろいろ見て回りたい。
帰ったら、魔道具屋さんに行こう!
そう心に決めたショウだが、馬車には乗り込まない。
「いえ。僕は連れて行ってもらう立場ですから、このくらい待ちますよ」
「そうですか。わかりました。では、もう少しお待ちください」
ナナを待つこと15分。
寮の方向から、荷物を抱えたナナが急ぎでやってきた。
何度か転びかけるナナをみてロブさんが急いで駆け寄り、荷物を受け取った。
「お、おまたせ」
「結構、待ったぞ」
「……。ねぇ、本当に連れて行かなきゃダメ?」
ナナは嫌そうな顔をロブさんに見せる。
荷物を仕舞ったロブさんが優しく答える。
「ダメです。これは当主様の決定ですから。さぁ、馬車に乗ってください。到着が遅れてしまっては、また怒られてしまいますよ」
「はぁ……」
僕は気だるそうに馬車に乗り込んだナナの後に続いて、人生で初めて馬車に乗った。
馬車の中から眺める町並みはとても新鮮だった。
行き交う人々が皆、一度は目線をこちらに向ける。中には立ち止まってじっと見つめている人もいる。
「すごいなぁ。おい、ナナ。みんなこっち見てるぞ」
「ショウうるさい。みんなが見てるのはこの馬車。ショウの事なんて見てないの」
「そんなことは分かってるよ。でもさ、なんか面白くないか?」
「別に、そんなに面白くない」
二人のやり取りを、ロブは暖かく見守り続けていた。
その後もはしゃぎ続けた僕は王都を出て2時間ほどたったあたりで眠りに落ちた。
「ショウ。もうつくよ。ショウ」
「……うん?」
目が覚めた僕はとても美しい光景を目にすることになる。
見渡す限りには、山という山は見当たらない。大地がどこまでも続いているように見える。
そんな場所で、馬車が通っているのは綺麗に舗装された一本道だ。
正面には大きな門が聳え立っている。
馬車はその門の検問で止まることなく進み続ける。これを止めようとする者はいない。そんな馬車が突き進むのは街の大通りのような道だ。
両サイドには大きな建物がずらりと並んでいる。
いくつかの建物には湯気が立ち昇る大きな煙突がついている。
スピードを抑えて走る馬車を見て、街中の人々が手を振り歓声を上げる。
王都を出る時とは比べ物にならない盛り上がりようだ。
「おい。ナナすげぇなコレ……」
「でしょ? だからあんなの王都での注目ぐらいじゃあ全然気になんないの」
自慢げに語るナナに、ショウは素直に脱帽した。
ショウの視界に入ったナナの表情は、今までに見たことのないような温かい物だった。
ショウはナナをじっくりと見ていたわけではないが、その喜びが空気を返して伝わってくる。
馬車はそのまま大通りを進んでいく。
しばらくすると街の雰囲気が変わった。
先ほどの賑やかな様子とは違い、落ち着いた様子だ。
なんだか凄そうな屋敷が立ち並んでおり、馬車も心なしか速度を落としているようにも感じる。
僕が窓の外を見回していると、ナナが話しかけてきた。
「ここはね。貴族の人達が泊まる場所なの。全員じゃないけど、専用の宿を持つ貴族もいるの。リナとリトの家の物もあるんだ。ほら、あれ」
ナナは窓の外に見える旗を指さした。
そこには山の様な模様の入った旗が靡いている。その横の建物についている旗はペンと帽子の様な模様が入っていた。
その他の建物にも果物の様な模様や船の模様、盾の模様や歯車の模様など多種多様な旗が並んでいる。
おそらく、その貴族にまつわる模様だということは言われなくても分かった。
リナが山の模様、リトがペンと帽子の模様だということもなんとなく。
馬車の外に見える旗や建物を眺めていると、一際大きな建物が目に入った。
その建物の横に昇っている旗には鳥が卵を抱えるような模様が入っている。
ショウにはあの模様に見覚えがあった。
「あの国旗がどうかしたの?」
「国旗?」
あれ、国旗なのか。
ということは、これは王家の屋敷か。
でもおかしい、僕はこの国の国旗を見たことが無かったはずだ。
少なくとも王都や王城にはなかった。
じゃあ、何処で見たんだろう……。
正解を記憶からひねり出そうとするショウにナナが問いかける。
「確かにさ。国旗って珍しいよね。なんでなんだろう。王都にも王城にもないなんて、おかしいと思わない?」
どうやらナナも同じことを考えていたようだ。
この問いに答えてくれたのは静かに二人を見守っていたロブさんだった。
「それは王都や王城が王家の物ではないからです」
「どういうこと?」
すぐにナナが食いつく。
それを見てロブさんがニコッと微笑み、説明を始めた。
「はい。先ほどナナ様が国旗とおっしゃいましたが。正確にはあれは王家の紋章なのです。現在、この国の紋章は存在していません」
「そうなんだ。初めて知った。でも王都や王城が王家の物ではないってどういうこと?」
たしかに僕もそこが気になる。
ショウとナナの熱い視線を受けつつ、ロブさんは優しく授業をしてくれた。
「この国はもともと王制国家ではなかったのです。ですが、いくつもの戦争や内乱を経て今の王家が国を治める形となりました。しかし、王家は武力で国を治めたわけではありません。勿論、多少の抗争はありましたが、最終的には国民からの信頼を得て王家となったのです」
なぜだろう。この話は聞いていられる。
ロブさんの声が心地よいのだろうか。それとも馬車の揺れのせいだろうか。
これが学校の授業で会ったら確実に寝ている所だ。
「そのため、この国と城は国民の物だということになりました。ですから王都や王城には王家の紋章が使われていないのです。同様に、都内で王家が使用するものにも王家の紋章は使われておりません」
「――じゃあさ、何処に使われてるの?」
ナナの少し荒っぽい言い方の質問にも、ロブさんは笑顔で答えた。
「そうですね。ここにある屋敷のように王都以外にある王家の拠点や、王都の外に出る時の馬車。あとは王家に直接雇われている騎士や魔法師などが身に着けているでしょうか。それも一介の騎士などではつけることを許されませんが、騎士団長や魔法師団長クラスになればつけることもあるでしょうな」
「――あっ!」
突如ショウが叫んだ。
それに驚いてナナが少し飛び跳ねる。
「な、なに急に。びっくりするんだけど」
「ご、ごめん。いやさあ、その王家の紋章どこかで見たことあるなと思って」
「どこで見たの?」
「多分あれは……じいちゃんの持ってた剣。じいちゃんの持ってた剣にその模様が入ってたんだよ。何で忘れてたんだろうね。毎日見てたのに」
一人で納得してスッキリしているショウとは反対に、ナナとロブは目を丸くしている。
ナナがロブを見つめ、それを感じたロブがショウに向かってどうにか言葉を発する。
「あ、あの。ショウ様の御爺様はなんというお名前でしょうか」
「え? ナナには言ったことあると思うけど……。僕のじいちゃんの名前はブレイディ・オルティスといいます。僕も最近知ったんですが、どうやら昔は王国の騎士団長をしていたみたいで」
「「ええぇ!!」」
二人が声を合わせて叫んだ。
混乱していた二人だが、二人の声に反応した馬の声を聞き落ち着きを取り戻してくれた。
「あ、あのブレイディ・オルティス様がショウ様の御爺様。ショウ様がブレイディ様のお孫様でブレイディ様がショウ様の……」
「ほ、本当にあのブレイディ・オルティス様だったなんて……」
ナナの家に着くまで、思考のループに陥ってしまったロブさんと、何かを後悔している様子のナナが正気に戻ることはなかった。




