46 ケイカク
魔法学校の終業式から一週間。
今が昼なのか夜なのかもわからない霞んだ空気の中に建つ大きな塔のような建造物がある。
これが魔王軍北方基地だ。
魔王軍の基地の中で最も人間の住むエリアに近く、魔王軍にとって防衛の意味を持つこの砦の一室に四人の魔族が集まっていた。
円卓を囲うように座っている魔族は、上座に座る一人の魔族の話を黙って聞いていた。
しかし、それもこれまで。
「人間の子供を連れてくりゃいいんだろ? そんな仕事もっと下の奴に頼んでくれよ」
この空間で一番大きな体の魔族がそう言いながら部屋を出ようとする。
反抗的ともとれる行動をした大柄な魔族を上座に座る魔族が優しい口調で呼び止める。
「まぁ待て、コズ。そんなに簡単な仕事ならばお前らを集めたりしない」
「そうだぞコズ。あたしらも暇じゃないんだ。はやく会議を終わらせようぜ」
「その通りだな」
「チッ」
コズと呼ばれる大柄な魔族は不貞腐れながらも席に戻った。
平穏とは言えない空気感が漂っているが、この建物内ではよくあることだ。
その時、魔王軍北方基地に所属する魔族ならば誰もが入室を嫌がるこの部屋の扉が何者かによってノックされた。
上座に座るヴェドが目線を扉に向け「やっと来たか。入っていいぞ」とノックに答える。
先ほどまで寛いでいた他の三人が互いに目配せする。
扉の先にいるその人の気配にようやく気づいたのだ。
この三人は決して弱いわけではない。寧ろこの基地内ではトップクラスと言っても良い実力の持ち主だ。
これで分かったことは扉の向こうにいる者がこの三人が気づけないほど卓越した技術、強さを持った存在ということ。
さらに、その人に対するヴェドの口調から扉の向こうにいる者が誰なのか三人は気づいてしまった。
扉が開き切る前に、三人が立ち上がる。
「なんだ。みんないたんだ。あ、おはよーヴェド兄」
「おう、ルイ。さてはルイ、その調子だとなんかいいことあったな?」
「そうなんだよヴェド兄。実はね、魔王様からファイアドラゴンをもらったんだ。だからね、アイスドラゴンと戦わせてみたんだけど。これが以外でね」
「わかった。わかった。その話はまた後でな。今度、魔王城に行った時に皆の前でしてくれよ」
「そうだね。そうするよ!」
楽しそうに話す二人にフィオイが勇気をもって質問する。
フィオイとは、細身で小柄な魔族で女性の様な体格をしている魔族の名だ。
実際には魔族には性別は存在しないため見た目だけの話だ。
見た目に違いがある理由としては、生まれる時に依り代とした人間や動物の性別に引っ張られることや創造主の意思に近い方によることなどが挙げられる。
未だに発言をしていない魔族も女性のような姿をしている。
こちらはフィオイとは対照的だ。
とはいっても対照的なのは服装だけで、フィオイが布一枚の様な服装なのに対してこちらの魔族はコートを着込んでいる。
この魔族の名はケジィ。
この北方基地の財務を担当している。
戦闘に率先して参加することは殆どないが、実はこの3人の中で一番ヴェドに期待されている。
ケジィはフィオイに関心と感謝の含まれた視線を送っていた。
「あ、あの。ヴェド様。どうしてこちらにルイ様がお越しに?」
「ああ? それはだな」
「ルイも作戦に参加するんだ――」
「まぁ。そういうことだ」
恐る恐る質問をしたのが馬鹿みたいに、ルイが軽く答えた。
この回答は二つの事を意味する。
一つ目は単純だ。
自分たちの作戦にルイが協力してくれることでかなり有利に事を運べるということ。
二つ目は、この作戦が魔王様直々の命令であり失敗が許されないということ。
この二つの事実を受け入れる事こそがコズ、フィオイ、ケジィの第一関門といっても過言ではない。
ヴェドは適当そうに見えるが、実は部下のことをかなり気にかけている節がある。
そのため、この作戦に対する3人の向き合い方に期待と不安を寄せていた。
「そうだルイ。丁度良い食材が手に入ったんだ。食べていくか? ついでにさっきの話も聞きたしな」
「いいよ! どんな料理かな。楽しみ!」
「俺もだ」
ヴェドは3人の様子を見て一度ルイと離す必要があると判断した。
実に気の利く魔族だ。
ヴェドはルイを連れて部屋を出た。
「マジかよ……」
これはおそらくフィオイの言葉だ。
その後3人から言葉が出ることはなく、今日のところはルイが訪れる前に聞かされた作戦を何があっても成功させなくてはいけないという共通認識だけを持ち帰ることにした。
そのころルイとヴェドの姿は北方基地から少し離れた「暗部の荒野」にあった。
二人の前には一匹のドラゴンがお座りしている。
ドラゴンは完全におびえている様子だ。その対象は言うまでもなくルイ。
ルイは数多くの魔物を恐怖で縛り、従えている。このドラゴンもルイのコレクションの一つで、先ほど話していたアイスドラゴンとファイアドラゴンと同等の強さだとされているアースドラゴンだ。
アースドラゴンの特徴は自身が触れている一定範囲内の地面を自由に変形させることが出来る事と土や岩を生み出すことが出来る事だ。
土を生み出すと言っても、この広大な荒野を全て覆いつくすほどの大技はこなせない。
それでも人間が大量の犠牲を伴わなければ倒すことが出来ないとされている生物であることに間違いない。
そのアースドラゴンが本能的に従っていることから、ルイの恐ろしさがわかってくる。
「今回はね、アースドラゴンを連れてきたよ」
ルイが褒めて欲しそうにヴェドを見つめる。
「おお、それはありがたいな。アースドラゴンってことは、こいつは俺に貸してくれるのか?」
ヴェドはルイを軽く褒めつつ、ドラゴンの使い方について説明を求めた。
ルイは機嫌を損なわずに、アースドラゴンを撫でながら答える。
ルイは自分が褒められる事と同じくらい、自分の“物”が褒められる事も嬉しいのだ。
「そうだよ。このドラゴンの特性はヴェド兄と相性がいいって魔王様に聞いたからさ」
「でもよ。そしたらルイは何で戦うんだ?」
「なにって、僕の物はなるべく使いたくないからね。あっちからやってきたものを使えばいいよ。それに僕が戦う必要もないと思うし」
「ま、それもそうだな。見せてくれてありがとうな、ルイ」
「どういたしまして」
ヴェドに褒められて嬉しそうなルイは、この戦いでの役割は終わったというような表情でアースドラゴンに跨り基地付近に連れて帰るのだった。
1人、暗部の荒野に残ったヴェドは遠くに見える人間の住むエリアを見つめていた。
「なんだろうな。普通なら余裕だと思うのだろうが……いや。考えるのは止めだ。どうにかなるだろうさ」
このヴェドにしては弱気な発言は誰にも聞かれることはなく、視界が開けることのない荒野の風に運ばれてゆくのであった。
そんな静かな荒野とは対称に、ヴェドが見つめていた人間の国で動きがあった。
街道を走っているのはエイブラムス王国第二王女、ネル・エイブラムスを乗せた馬車である。
目的地はエイブラムス王国南方に位置する街「防衛都市ナンティファスト」だ。
ナンティファストは王都からデカルテ領へ向かう大きな街道から分かれ、ひたすら南へと向かう道の先に位置している。
デカルテ領のように、観光地という訳ではないので人通りも少ない。
今回ネルは、ナンティファストに駐在する騎士や魔法師たちの士気を保つために王族として向かっている。
ここ最近ネルにも一人での仕事の機会が増えているが、この街に一人で来るのは初めてだった。そして、王都からの距離で言うと一番遠い現場だ。
警備が少ないようにも思えるが、向かう先は防衛都市。すれ違う人やぽつりと建っている建物の中などに騎士や魔法師といった戦力が転がっている。
そのため国内でも最も安全な街道とまで呼ばれているのだ。
ガタン。
突如、衝突音と振動を伴い、王女の乗っていた馬車が停止する。
街道には行く手を遮るものなどあるはずもなく、そのような大きなものがあれば御者が気付かぬはずがない。
同乗していた護衛が身を乗り出し外を確認すると、道にはこの馬車を引いていた馬が倒れていた。
どうやら衝突したのはこの倒れている馬のようだ。
しかし、もし馬が倒れたのであれば馬の鳴き声一つあるというもの。
ここまで突然に、しかも2頭同時に倒れるということは当然何者かの仕業だろうと護衛は考えた。
「ネル王女。馬車から出ないでくだ」
「キャー―――!」
ネルの叫びと共に護衛が倒れる。
その体には細い針の様な物が刺さっていた。
ネルが振り返ると、馬車の後に追従していたはずの他の護衛やメイドたちが一人残さず血に染められ、倒れこんでいた。
誰の命が残っているのか分からない程の悲惨な光景だった。
この光景はネルの動きを止めるのに十分すぎた。
敵の所属すらも確認できずに、エイブラムス王国は第二王女ネル・エイブラムスの誘拐を許す結果となった。




