45 計画
剣士学校で暴れ回ったショウは、寮に戻るとすぐに眠ってしまった。
「おい、ショウ。起きろ、集会に遅れたらどうする!」
翌朝、そんなショウをリトが起こそうとしている。リトのいう集会は、いわゆる終業式のことだ。
そう、今日から王都魔法学校は夏季休暇に入る。帰省や、友達との遊び、単純に体を休められるなど、生徒たちにとっては最高の時間の始まりなのだ。
「うるさいなぁ」
「うるさくない。今日の集会に遅れたら大変なことになるぞ」
「いや、遅れないって」
「時計を見てみろ」
ショウは目をこすりながら立ち上がり、ふらつく足のまま共有スペースに向かった。そして共有スペースに置かれている時計に目をやり動きを止める。
「ほらな。さっき俺が見た時は7時半だったんだ。もうそろそろ8時になるぞ。いくらHRがないからって、油断していると遅刻するぞ」
「…………」
ショウはリトの話を気にもせず、時計に向ってゆったりと足を運ぶ。間近で時計を見つめたショウは時計を持ち上げて裏面を確認した。
小さな声で「あぁ」と声を漏らしたショウがリトに体と時計の裏面を向ける。
「この時計、魔力が切れてるぞ。だから今の時間は分からん。何時なんだろうな」
時計には、発条タイプと魔力タイプの二種類がある。性能にそこまでの差はない。単に発条タイプは魔力が無い人のために作られたということなのだ。
現にショウの実家、オルティス家には発条タイプが置いてある。
しかしここは魔法学校。寮に置いてあるものから学校の壁に掛かっている大きなものまで、全てが魔力タイプである。
そして寮に置いてある時計はそれぞれで補充するようにとされているのだ。
背面が光っていない時計を見せつけられたリトの顔はどんどんと青ざめてゆく。
「あ…………え…………」
言葉にもなっていない音を発しているリトに、着替えを済ませたショウが声をかけた。
「いかなくていいのか? 俺は先に行くぞ」
「あ、おい! ちょっと待ってくれ」
部屋の窓から飛び降りたショウを追いかけるように、リトも寮の階段を駆け下りた。
全力で走った甲斐もあり、何とか間に合ったショウとリトだが、何よりも良かったことはこの姿をフェリーネに目撃されていないことだろう。本当に運が良い。
肩でする息が収まらないリトを置いて、終業式は進んでいく。
「それではカーティス校長よりご挨拶です」
司会が喋り終えた時にはすでに、カーティス校長は壇上に上がっていた。
カーティス校長は会場を隅々まで見渡してから、一間を置いて口を開く。
「生徒諸君。前期の活動ご苦労だった。明日からは少し長い休暇期間に入る。まずはしっかり体を休めてくれ。しかし! この休暇があければすぐにプロスペクトトーナメントの個人戦が始まる。はっきりってしまえばペア大会は個人大会の前哨戦に過ぎない。特に4年生にとっては今後の進路に大きな影響を与える大会だということを肝に銘じてほしい。後期の始業式に皆の成長した姿が見られることを楽しみにしている」
カーティスは当たり障りの無い挨拶を素人には出せない気迫で言い切り、堂々と壇を降りた。
その後は細かな連絡や注意事項の説明、表彰式などが行われ、その場で解散となった。
その後、ショウたち4人の姿は集会終わりの人でごった返す魔法学校の学食にあった。学食は休暇期間も営業している。理由はこの学校が魔法研究者たちの拠点の役割も担っているからだ。
ショウが食べているのはもちろんカツカレー。
リトたちからこの食べ物を教えてもらって以来、ショウはこの食堂でカツカレーしか頼んでいない。
そのためここ数か月のショウの食生活は、朝食が寮のご飯、昼食にカツカレー、おやつはバナナ、夕食は寮のご飯というサイクルで固定されている。
いつものようにカツカレーを頬張るショウに、向かいの席でサンドイッチを食べ終えたリトが質問をする。
「そういえばショウ。休みの間は何か予定はあるのか?」
「ないよ」
ショウは間を置かずに答えた。
「ないって、休みは二か月もあるんだぞ? その間は授業もないし、俺たちだっていない。どうやって時間を潰すんだ。ちなみに、剣士学校も同じスケジュールだからな」
「いやいや。時間を潰す方法なんていくらでもあるだろ。王都だってまだ見切れてないし」
「王都は広いが意外と見る所は無いぞ。ショウが回るんじゃ2週間もいらないだろうな」
「マジかよ……」
ショウは初めて言葉を詰まらせる。
この一連の流れの中で、何故かリトの押しが強かったことにショウは気付けなかった。
ショウがその違和感に気づく隙を潰すように、リトが中腰になりながら話を続ける。
「提案なんだが、ナナの家に遊びに行ったらどうだ?」
「えっ!」
このいきなりの提案に驚きを隠せなかったのはナナの方だった。
ショウは何も言わずに考え込んでいる。
ショウにはナナの使っていた技をもっと知りたいという欲がある。そのことを知っていたリトに利用されたのだった。
ちなみに、この計画の首謀者はリトではない。首謀者はリトの横でリトから奪ったサンドイッチを美味しそうに食べている女の子である。
しかし、リトからの提案を本気で考えているショウと、驚きで頭が真っ白になってしまったナナにはそんな推理をする余裕は無かった。
「確かに、僕からすれば願ってもない事だけど。ナナはいいのか?」
「ダメに決まってるでしょ。なんでボクの家にショウを上げなきゃいけないのさ。それに家族だってそんなに暇じゃないから。パパが許してくれないと思うよ」
「それは大丈夫だ」
「でしょ。だから……え?」
「それは大丈夫だって。ナナの御父上にはリナが話を通してある」
ショウから貰った質問をリトに返したナナに意外な答えが返ってきた。ナナは慌てた様子でリナの方に顔を振る。
そこにいるリナは焦る様子もなくサンドイッチを食べ続けている。
しばらくの沈黙が続き、サンドイッチを食べ終えたリナが立ち上がった。
「待ってる人もいるし、まずはここを出ようか」
こうして四人は食堂を出た。
二人、特にナナには一体何がどうなっているのかわからなかった。
その後のリトの説明はこうだ。ショウが夏季休暇日まであること、ショウがナナの技術に興味を抱いていることを知ったリトが、リナを通してナナの父に連絡を取り夏季休暇中に会う機会を作ってくれたということの様だ。
なんて仕事のできる奴なんだろう。僕の秘書にしたいくらいだ。
リトに感心しているショウとは裏腹に、ナナは慌てた様子で声を荒げている。
「なんで勝手に話を進めるの! 大体、家に来るならボクに話を通してからでしょ?」
「だって、ナナに言ったら絶対反対するもん」
「当たり前だよ!」
声を荒げるナナに付き合おうともせず、リナが淡々と回答する。リトの目は僕の方と口論している二人の方を行ったり来たりしている。
僕はリトと目が合ったので、小さくサムズアップをして見せた。帰ってきたのが少しからみつくような笑顔だったのが気がかりだが、今は気にしないでおこうとショウは考えるのを止めた。
4人が騒がしく歩いていると、向かいから歩いてくる赤髪の女の子と目が合った。
「久しぶりだな」
あの会議の後から、アサレアと対面することが無かったショウにはアサレアと会うのがとても久しぶりな気がした。
とっさに声をかけたショウだがアサレアはすぐさま目を逸らして通り過ぎようとした。
さすがにおかしいと思ったショウがアサレアを引き留める。
「何で無視するんだよ」
「……」
しばらく沈黙が流れた後、アサレアが素早くふり見た。
「テ、テストがあるので急いでいるのです。話しかけないでいただけますか?」
アサレアはそれだけ言うと、進行方向に向かって速足で去っていった。
ショウは、すぐにリトに囁く。
「なぁ。この時期にテストってあるのか?」
「一応、あるにはある。補修だけどな」
「お姫様も赤点取るんだな」
「あ、あぁ……」
この少し触れづらい話題に、騒がしかった4人も黙りこくってしまったのだった。




