44 完勝
一年生による特攻が収まり始めたころ。今までの相手と比べて明らかに強い人たちが出てくるようになった。
強い、というのは個々の話ではなく。集団として連携が取れているという意味だ。
しかし、この程度のレベルアップではショウとまともな戦闘になることはない。ショウは気を抜きすぎないよう、最低限の注意を払いながら二年生たちと対峙した。
しばらくして、残っていた最後の2年生が床に倒れこむ。
「よし! 第一波は終わりかな」
ショウは相手からの攻撃が途切れたところで一息つき、体を一八〇度回転させる。
振り向いたショウの視界は、素人が見ても分かるような見事な隊列で埋め尽くされていた。ショウの背後には誰もいない。その方向は壁になっているため、人を配置する必要はないと四年生は判断したのだろう。
今ショウの前に並んでいるのは三年生と四年生の生徒たち。二年生がショウになだれ込むようにして襲い掛かり、返り討ちになっているのを確認した段階で四年生が三年生を引き留めたのだ。経験豊富な四年生の集団に三年生が混ざる形をとり、実力差が大きく出ないような振り分けがされている。
全体の指揮を執っているのは生徒会の副会長だ。グレイと比べてしまうと実力はかなり落ちてしまう。
それでもどのクラスのリーダーよりもこの場を指揮するのに相応しい能力を有しているということは、この学校の者ならば誰もが知っていることだ。
「あなたたちは流石に来てくれないんですね。僕を囲って動きを待つつもりでしょうか。バルナバさんは何も言っていませんでしたので、この訓練には時間制限は無いのでしょう。ですが、これが本当の戦場だったらどうでしょう。僕はこの数の戦力を一人で足止めしていることになります。これは僕の思う壺ですよ?」
誰も攻撃をしてこないので、ショウは正論で煽りつつ様子を見る。
しかし、誰一人として反応してくれない。
観戦席からは凄い視線を感じるけど……。なんだ、あの二人。
ショウは自分の意識を目前の敵に戻す。
――くる。
ショウは右方向に回避行動をとる。ショウが立っていた場所には先端が少し尖った細い木製の棒が転がっている。
こんなことは深く考えなくともわかる。隊列の後ろから弓矢を使って攻撃を仕掛けてきたのだ。それでも、彼らの中で弓を得意としている者は極少数。さらに放った矢が訓練用とあってはショウにダメージを与えられるとは考えづらい。
弓矢による攻撃を計算に入れていなかったショウだったが、最初の動き以外は最小限の動きで対応している。
「危ない。完全に忘れてた」
戦場には似つかない声色で反省をしながら、弓矢による攻撃を悠々と対処するショウの姿を生徒たちはじっくりと見つめている。
驚くこともなく、焦ることもなく、全員が真っすぐにショウのことを見つめている。
ショウの方から見つめ返せば誰とでも目が合いそうだ。ショウはわざと目が合わないように相手の配置を見渡した。軽快に矢を躱し続けるショウがほんの少しずつ後ろに下がる。
この行動を瞬きの一つもすまいと意気込む彼らが見逃すわけもなく。ショウとの間合いを完璧に保ったまま前進する。素人が見ればショウが追い込まれていくようにも見て取れる動きだ。
「もう少しだ」
ショウは自分にしか聞き取れない声量で呟いた。
生徒たちは、自分たちの後方で校長が頭を抱えているという現状を知る由もなく、ショウを確実に壁際へと追い込んでゆく。
生徒たちはショウを中心として、半円を描くように陣形を取っていた。ショウから見て左端の生徒が自分と壁との距離感を気にし始める。彼の視線はショウと壁を行き来するようになった。とは言え、彼も壁をまじまじと見ているわけではない。横目でコンマ数秒確認するくらいだ。
今この場に、この行動に警鐘を鳴らせるものはいなかった。
――ここ。
ショウは一番端の生徒が自分から視線を外すタイミングを狙い、向かってくる矢をジャンプで避けた。
この行動に生徒の若干名が慌てて距離を詰める。これはショウがジャンプをしたこと自体が原因ではない。原因はショウの体の向きだ。
ショウのお腹はあろうことか壁の方向を向いている。この明らかな隙を目にし、一番前を張っている生徒たちが数名飛び出してしまった。
壁との距離を確認していた左端の生徒は少し遅れて味方の動きを認知する。慌ててショウとの距離を確認しようと目を向けた時にはすでに、彼が取れる選択肢はなかった。
彼の中で焦りと戸惑いが混じり合う前に、彼の意識は失われてしまう。
「何が起きた」
今まで冷静を保っていた上級生たちにも動揺が走る。
慌てて武器を構える者、あまりの急展開に呆気にとられる者、副会長の指示を待つ者、生徒たちの対応は様々だ。
すでに動きだしてしまった生徒たちに武器を構えた生徒たちが追従するようにして突撃している。隊列はショウに向かってほぼ一列だ。
後方からの矢も尽き、一方向からの攻撃のみのになったこの状況は、先程の対下級生の時よりも簡単だ。
「聞け! この作戦はこの声が聞こえている者だけ行う。周りの者に伝える必要はない。特攻を続ける者たちを右回りで追い越し、相手を壁際に追い込む。私についてこい」
作戦を駆け足で伝えた副会長は全速力で走りだした。冷静を保っていた生徒たち、副会長の声に気が付いた生徒たちがそれに続く。
突撃の列に並んでいた生徒たちからも、約三分の一の生徒が自分たちの横を走り抜ける副会長の隊列に合流している。戦闘可能な生徒の割合は、副会長の隊が七割強、突撃を続ける生徒たちが二割弱といったところだ。
突撃する生徒の勢いが弱まり、ショウも冷静に戦場を見渡す。
副会長が動き出したことはすでに把握していたが、ここまで迅速な対応を取っているとはショウも考えていなかった。
「ちょっと甘く見すぎか」
副会長の能力を見誤ったことを認めたショウは、気持ちを切り替えてアクションを起こす。
狙いは、ショウのカウンターに怯み弱腰になっている突撃組だ。集団としての統率は取れていないので、狙いやすい相手だろう。
その中からショウがターゲットに選んだのは集団の後方にいる油断していそうな人だ。
そんな人はいないという可能性もあったが、空中で止まっているように跳んでいるショウは丁度良い人を見つけることが出来た。
身体を倒したショウは、壁を蹴ることでターゲットに猛スピードで突撃する。直撃したら大けがをさせてしまうと感じたショウは、全身を捻じりながら相手を躱し、手刀で一撃を入れる。
ドサッ。
仲間が倒れた音の後に周りの生徒が構えをとる。ショウが飛び込んできたことに気づけなかったのではない。体が反応しなかったのだ。
それでもどうにか構えをとったのだ。この反応速度なら相手を袋叩きにできるだろう。その相手が普通の相手ならだが。
ショウを囲うために全速で走っていた副会長が足を止めた。
その表情は誰が見ても穏やかなものではない。
副会長の目線の先では生徒たちが次々と倒れこんでゆく。この状況はこの戦いが始まってから何度も目にしているものだ。そして、副会長が一番避けたかったものでもある。
相手は万全な状態で戦っても敵わないかもしれない相手なのだ。そんな相手にこうもバラバラに当たられてしまっては、勝ち筋など無きに等しい。
副会長にはこの戦いを続ける勇気はなかった。周りにいる生徒たちも呆気に取られている。
副会長が白旗を上げようとした時、大きな鐘の音が鳴った。
その鐘と共にこちらに向かって歩いてくる会長と校長の姿を目にして、副会長は剣を収めるのだった。




