43 最低な長
「汚い戦い方ですね」
バルナバと共にショウの戦いを観戦していたグレイはショウの戦い方に嫌味をこぼす。
これがセイン流の戦い方だとすれば、グレイの憧れている人たちのことも侮辱していることになる。しかし生徒会長であるグレイにとってそれは、生徒たちより優先されるものではないらしい。グレイはとても責任感の強い男なのだ。
幸いこの戦法はセイン流という訳ではなくブレイディが得意としていたものであるため、全員を侮辱していることにはなっていない。
しかしブレイディが一番の憧れであるグレイさんにとっては最悪の事だ。
これを教えるのは可哀想だ。そう思ったバルナバは平然を装うことにした。
自身の教え子の精神が狂わないようにその事実を隠すことにしたバルナバは、そのことをごまかすためという訳ではないが、バルナバはこの戦いについてグレイの考えを聞いてみることにした。
「グレイ。何故に汚い戦い方だと思う」
「卑怯だからですよ。わざと攻撃を受けて相手の油断を誘うなんて。それにこの戦い方は相手が訓練用の武器を用いているときにしか通用しません」
「それはどうかな」
グレイの見解にバルナバが透かさず指摘をする。
それまでは自信に満ち溢れていたグレイの表情も、少し困惑が感じられるものに変わる。グレイは自分の中でその理由を考えてみたが、答えを見つけることはできなかった。
気は進まないグレイだが、バルナバに言葉の真意を聞いてみることにした。
「その。何処か、おかしかったでしょうか」
「おかしいというより認識の違いだ」
「卑怯な戦い方ではないということですか? 確かに本当の戦いにおいて卑怯も何もないと、理解はしていますが」
グレイはバルナバからのヒントを受けて先ほどの言葉をこう解釈した。
しかし、それはバルナバの思っていた反応とは違う。それでもグレイの意見も間違ってはいないため、この後の話をしづらくなってしまった。
バルナバが肩から力を抜き、グレイの方を振り返って本当の意味を伝える。
「そこもそうなのだが、私が言いたいのは後半の方だ」
「後半と言うと訓練だからできる戦法だという所ですか?」
「そうだ。この戦い方はショウ君の祖父、ブレイディさんが得意としていたやり方だ。あの人、ほんの少しでも効率良く相手を無力化することに心血を注いでいたからな」
「なるほど。素晴らしいですね。流石です!」
一体どんなフィルターが掛かっているのだろうか。グレイは手の平をくるりとひっくり返し、この場にいない人物を褒め称えた。
そんな姿を見ては、全盛期のブレイディの戦い方が今のショウよりも酷いなんて、バルナバには口が裂けても言えない。
「ま、まぁ。実践でも工夫をすれば使えるということだ。先ほどの戦法も、これからショウ君が繰り出す技も、目に見えた物だけが全てではないということを頭に入れておけ」
「……はい」
「そろそろ二年が到着するな。四年は自分たちだけで倒すといった感じか」
状況を軽く整理したバルナバが、小さな溜息をつく。
グレイはそれを見て、全身を強張らせる。この溜息は校長が生徒たちに呆れを感じた合図だ。
この溜息が出た後はトレーニングの内容が厳しくなったり、校則が帰られたりと、生徒たちにとって悪い事しか起こらない。
それを誰よりも理解しているグレイは校長の次の言葉に備え身を固まらせる。
「本当はもっと厳しいトレーニングをさせた方が良いのだろうが……。あのレベルを機銃にすると死人が出るかもしれんな」
「いやっ! し、死人はまずいですよ校長」
「そんなことは分かっている。わかっているから悩んでいるのではないか」
グレイが覗き込んだ校長の顔は、今までに見たことのないものだった。自分を情けなく思っているような、到底この国で一番である剣士学校の校長が、英雄の弟子が見せるような顔ではない。
この表情を見た者が自分だけで良かったと、グレイは心底安堵した。
しばらくの間黙り込んでいたバルナバが、諦めが混じった溜息と共に心の内を打ち明ける。
「グレイ、私は我々の流派が集団戦に強い理由を、誰しもが同じ動きが出来るため味方の動きが読みやすいからだと教えたな」
「はい」
「実は、それ以外のやり方だっていくらでもあったのだ」
「といいますと?」
「個人戦に長けた流派にすることもできたということだ。そもそも、個人戦に長けた流派の使い手でも味方との関係が深まれば集団戦だって不得意では無くなる」
「では何故、集団戦に特化した流派にしたのですか?」
「それは、師匠を超えたかったからだ」
グレイは息を呑む。
それはバルナバの声の声が少し震えていたからだ。
両手のこぶしはひじ掛けの上で強く握られており、目線はショウを見つめたまま、口には余分な力がこもっている。
バルナバはそんな自分を落ち着かせようともせず、言葉を続ける。
「私は師匠の凄さを、身をもって体感している。師匠がブレイディさんと同じく対大人数戦を得意としていたことも聞いている。兄弟子であるブレイディは、これが当然だというように師匠の技術を会得していた」
「それをいうなら校長だって」
「出来ていないさ。私が出来るのは師匠の技を真似するところまでだ。技の一つ一つは師匠からもお墨付きを頂いていたが、それが実践で使えない事には自分でも気が付いていた」
バルナバは悔しさを通り越した、お手上げの表情で空を見上げている。
明らかに様子が変わったバルナバをグレイが訝しそうに見守る。
バルナバが腰を上げ、再びショウに目を向ける。
「グレイ」
「はい。校長」
「お前は、ショウ君が後ろから迫る敵をどう捌いていると思う」
「おそらく足音とか襲ってくる前に敵の位置を確認しているとか……ですかね」
「こんなにうるさい戦場でどうやって足音を聞き分ける」
二人のいる場所には、演習場のそこかしこから発せられた生徒たちの雄叫びが次々と届いている。
その声を聞いたグレイは何も言い返せないといった様子で少しだけ俯いてしまった。
「それにだ。襲ってくる前に確認をしておくのは当たり前。それがいつ攻撃を仕掛けてくるのかが分からないのが問題なのだ」
「すみません」
「…………」
グレイの謝罪を無遺言で受け流したバルナバが、グレイの方向に体ごと振り返る。
その顔は、期待に沿った回答が出来ずに落ち込んでいたグレイの焦燥感を吹き飛ばすのに十分すぎる威圧感だった。
「これは本来、セイン流を収めた者に最終試験として出される課題だ。初歩の段階にも至っていないお前が耳にすることは普通であればありえないことだと肝に銘じておけ」
「はい」
「この技はセイン流の奥義であり基礎だ」
身構えていたはずのグレイの頭の中は、この一言で混乱状態になってしまった。
奥義だというのに基礎だという意味の分からない発言にグレイは頭を悩ませる。
彼が混乱しているのを見抜いてなのか、バルナバはあまり間を置かずに話を進める。
「その技は、空間の絶対把握だ」
「空間の把握……ですか」
「セイン流の技の多くはこれを用いることで完成する。逆に言えば、これが出来なくてはただの剣術を習っているのと変わりはないということだ」
「一体、どんな技なのですか?」
グレイは逸る気持ちを押さえられずに、踏み込んだ質問をした。
話を聞く前にあれほど釘を刺されたというのに、今のグレイはそれを忘れてしまうほど興奮しているらしい。
これを見たバルナバは一瞬だけムッとした表情を見せたが強く注意することはしなかった。
これはグレイを許したわけではなく、話の腰を折りたくなかっただけだ。グレイはかなりラッキーな男である。
「空気の揺らぎを感じるという技だ。師匠は空気の揺らぎ具合から相手の身長、得物、体勢など様々な情報を得ることが出来ると言っていた」
「そんなのどうやって。空気の揺らぎなんて……まさか魔力」
「いや違う。仮にそうであるのならブレイディさんに出来て私に出来ないはずがない」
「あ。……で、では一体どうやって」
「それが分かっていれば私も使えているはずだ……」
バルナバの放った力に言葉で、二人の間には何とも言えない空気が漂ってしまった。
その中から先に動き出したのは意外にもグレイの方だった。
グレイは先程バルナバが経っていた場所まで進みショウをじっくりと見つめる。
生徒戦いを見つめるグレイが大きく息を吐く。
「校長。ショウ君はその技を会得しているんですね?」
「おそらく、な。あの動きはブレイディさんと、そして師匠と、同じだ……」
「だったら! だったら二人で解き明かしましょうよ。その原理を」
グレイがバルナバに見せている表情はいつになく明るく、熱いものだ。グレイが一年生の時から面倒を見ているバルナバでも見たことが無い。
その顔をみたバルナバは、やれやれといった態度でグレイの隣に並び立った。
「そうだな。今からでも遅くないか」
バルナバもグレイと同じように、ショウのことを先ほど以上に集中して見つめる。
自分たちが守るべき生徒が、一人、また一人と倒されていく状況をニヤニヤしながら見つめる、最低な校長の誕生である。




