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42 凡人たちの剣

 王都剣士学校で一番広いという演習場に到着した僕は、この学校の生徒でもないのに全校生徒の前で自己紹介をしている。

 僕の横にはバルナバさんが鎮座しているため、生徒たちにも緊張が伺える。

 一年生だと思われる後方の人達は特にだ。

 なぜ僕が一番後ろまで見えているのかというと、僕がいま立たされている場所が一段高いところから挨拶をさせられているからだ。


「初めまして。僕は王都魔法学校一年、ショウ・オルティスです」

『…………』


 無反応。

 いやこれは困惑しているという方が正しいか。

 剣士学校の校長が連れてきたやつが魔法学校の生徒だった。なんて、皆が困惑するのも無理はないよ。だからこの反応は受け入れるしかない。逆にこの展開についていける生徒がいるのなら名乗り出て欲しいものだ。

 ちなみに僕だったら無理。


「そういうわけだ。みんな仲良くしろよ」

『はいッ!』

 

 真夏にもかかわらず。すっかり冷め切ってしまった剣士学校の演習場に何のまとめにもなっていない校長による締めの言葉と、義務にも程がある生徒たちの返事が順に響き渡る。

 なんだか気が抜けちゃったな。せっかくこれから訓練だっていうのに。

 先ほどまで最高潮に達していたショウの興奮も一連の流れの間にすっかり静まっていた。

 しかし、そんなショウにも再び火が付く。

 僕は隣にいるバルナバさんの雰囲気が変わったのを感じ取った。

 感じ取ったのは僕だけではないようで目の前で姿勢を正している高学年の生徒たちにも一斉に緊張が走る。

 バルナバさんはその緊張感が一番後ろまで伝わったことを確認し先ほどよりも真剣な口調で口を開いた。


「今から実戦形式の訓練を行う。ただし、お前たちは全員仲間だ」


 このような号令を耳にするのは初めてなのか、前方に固まっている経験豊富そうな生徒たちにも動揺が伺える。

 グレイさんは。なんというか、もう諦めた様子だ。

 そんなグレイさんだが、生徒たちから様々な憶測が飛び交い始めた今は生徒会長として場を鎮めなければならない。


「静まれ! まだ校長先生のお話は終わっていないぞ」


 このグレイさんの圧に盛り上がりを見せていた生徒たちが一瞬で落ち着きを取り戻した。

 かなりの人たちの私語が入り混じっていたがグレイさんの声は良く通るらしい。これは騎士や警備隊などを目指す者が集う剣士学校の生徒会長に相応しい才能だ。

 僕がグレイさんの才能を少しだけ羨んでいるとバルナバさんに肩を掴まれた。


「ここにいるショウ君を全員で倒してみろ」


 自分たちの校長から飛び出た言葉にグレイさん以外の生徒たちが様々な反応を見せる。

 聞き間違いだと思う者や理解が追い付かず呆気に取られている者。中には馬鹿にされていると感じたのか怒っている人もいる。

 しかし、その生徒たちの反応を見てもバルナバさんの態度は変わらない。

 まだ校長の発言が本気なのかどうか半信半疑と言った生徒たちに校長がお構いなしにルール説明する。


「使う武器は何でも構わない。しかし訓練用の物に限る。盾を持ちたい奴は持っても良い。魔法が使える奴も好きにしろ。とにかくこいつに、本物の英雄の剣の使い手にお前たち全員で勝って見せろ」


 ルール説明の中に紛れ込んでいたショウの情報を聞き漏らすような者はこの演習場には誰一人としていなかった。

 この瞬間、今まで校長の話に疑問を抱いていた者も怒りを覚えていた者も皆、同じ目標を持った。

 その中でいち早く冷静さを取り戻した一人の生徒から納得したような声が上がる。


「ショウ・オルティス。そうか、オルティスってことはブレイディ団長の」

「マジかよ! じゃあ本当に」

「ここでこいつに勝てば」

「でも、そんなすごい人に勝てるのか?」

「うるせぇ! こうなったらやるしかねぇんだよ!」


 その一言を皮切りに先ほどとは違った盛り上がりを見せる生徒たちに校長の最後の言葉が発せられる。


「それでは始め」


 校長はその一言を残し見物席に向かって歩きだした。

 校長の近くにいた生徒たちから訓練が開始されたことが共有されていく。

 ちなみにグレイさんは参加していない。バランス云々ではなく、外からこの戦いを見学したいと自分から申し出たのだ。


「囲めぇ――!」


 ショウに一番近い位置に整列していたクラスのリーダーと思われる男がクラスメイト達に命令を出す。この命令が彼のクラスだけで収まっているうちはそこまで指揮系統が崩れることはないだろうが。

 この状況がいつまでもつかな。

 全校生徒のトップである生徒会長のグレイさんがいないことはショウにとってかなり有利な条件になっていた。

 ショウは取り囲もうとする彼らに見向きもせず一直線に後方に突き進む。

 その間ショウを止めようとした者たちは皆一撃で仕留められている。仕留められているといってもショウが使っている剣は刃が潰されているので大けがにはなっていない。

 勿論ショウも危険な場所は避けて攻撃をしている。誰にも止められない事よりもこの混戦の中でその配慮が出来る技術の方が褒められることかもしれない。

 ショウは演習場の後方中ほどにたどり着くと慌てふためく生徒たちを次々と薙ぎ倒し始めた。


「予想通りだね。一年生の皆さんこんにちは」


 一段落つけたショウは一番前で挨拶をしているときにこの列は後ろに行けば行くほど学年が下がり経験が劣っていくと考えていた。

 そしてそれは正解だ。この状況で周りに指示を飛ばしている生徒はいない。


「怯むな! 盾を構えろ!」


 声を出している生徒もいるが、これは指示というよりも鼓舞に近いだろう。

 ショウが一年生の集団の中心に到着してから十秒が経ち周囲に三から七人ほどの集団がいくつも出来上がっていく。

 誰かが率先して集めているのではなく中の良い人たちが自然と集まってしまった感じだ。

 入学して半年も経っていない今はまだこの学年のリーダーになれる人はいないらしい。

 これはショウにとって嬉しい誤算だった。

 ショウは一年を束ねられるリーダー的存在いたとしても経験が浅い分襤褸が出やすいが出やすいと考え一年生と思わしき集団の中に突っ込んだのだ。

 そのため自分の想定よりもよっぽど楽なこの状況にショウは余裕すら感じていた。

 ショウは数人程度の集団が生まれ続ける間に単身突撃をしてくる無謀者たちを片手で捌き、周囲の状況を目で状況を確認していた。

 周囲を見ているとリーダーがいないという訳でもないようで、周囲の生徒に声をかけている生徒が二、三人いる。彼らはクラスのリーダーなのだろう。

 しかしもう遅い。

 現場はすでにクラスが関係なく形成された数人規模の集団で溢れかえってしまっている。

 これではクラスのリーダーに従えば良いのか気心の知れた友人と行動すればよいのか、迷いが生じてしまう。

 何もない状態ならともかく。この状況から一年生だけで抜け出すことは不可能だろう。


「来なよ。見ているだけじゃつまんないでしょ?」


 なかなか仕掛けてきてくれないので少し煽ってみた。

 まぁ、こんな安っぽい煽りに乗ってくるやつなんて……いた。

 しかもまぁまぁな数いる。


「うおおおお!」

「来るならせめて黙って来いよ」


 僕は背後から聞こえた声に振り返らずに対応する。

 大きく剣を振りかぶりながら襲い掛かる相手の位置を感じ、把握し直後に繰り出されるであろう剣筋から自分の身体を逃がす。同時に横から突っ込んでくる槍を持った生徒の得物を掴みそのまま背後から襲い掛かる生徒に向かって投げ飛ばした。

 その光景はまるで殺陣を見せられている様だ。


「今どうやって。後ろの奴のこと一度も見てなかったのに」

「あんなのどうやったら……」


 良いようにされている同級生を前に生徒たちの足取りが重くなる。

 しかし、ここまで人数が多いと逆の行動をとってしまう人もいるらしく。いくつかの集団がショウを目掛けて一直線に突撃してくる。

 策も何もない。まるで混乱しているイノシシをみているみたいだ。

 これは好都合だ。一発だけもらっておこう。

 ショウは顔面に迫る剣先を先ほどと同じように最小限の動きで躱す。避けた先に大きめの斧を持った生徒が先回りしていた。

 おお、読みは完璧だな。でもそれだけか。

 ショウが斧を鞘に納めたままの剣で受け止める。動きの止まった斧使いはその場で膝から崩れ落ちた。ショウがもの凄いスピードで蹴りを放っていたのだ。

 その後も調子よく攻撃を捌き続けるショウに一年の生徒たちが諦めの表情を見せ始めた。

 だがそのチャンスは突然やってくる。

 ショウに初めて攻撃が届いたのだ。

 訓練用にすべてが木でつくられた槍がショウの側腹部をつく。これを見た生徒たちの目が諦めから希望に変わった。

 いや、変わってしまった。

 今の今まで無意識に後退をしていた生徒たちが次々とショウに向かって跳びかかっていく。

 その様子を二年や三年の先輩が苦虫を噛み潰したような表情で見つめている。

 無論ただ傍観しているわけではない。今まさに全速力で現場に向かっている。

 ショウが開始の合図と同時に移動した距離は決して馬鹿にできる距離ではない。

 更に一年と接敵してからも他の学年から遠ざかるように誘導していたため、ショウの位置は初めに立っていた場所から一キロ弱は離れている。

 今の先輩たちには化け物に狩られていく後輩たちを助けることはできない。


「所詮『凡人の剣』ってことか」


 その中の一人がこぼしたこの言葉だけが今この演習場にいる剣士学校の生徒全員の唯一の共通認識だ。

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