41 姉妹
六、七秒の沈黙はバルナバさんによって解かれる。
「この話をするのは恥ずかしいのだが……」
一旦は沈黙を解いたバルナバさんだがその口は非常に重い。
バルナバさんは不甲斐なさを滲ませながら重い口で言葉の続きを口にする。
「結論から言うとグレイは本当のセイン流は学んでいない」
そうか。それなら納得だ。
しかしどうしてだろう。いくら癖だとしても、その癖に気づいているなら他人に指導はできるはずだ。
何か他の理由もあるのだろうか。
「先ほどの話でセイン流を修得できる者は極端に少ないといったな」
「はい」
「私はそれではいけないと思った。そこで比較的習得しやすい流派をつくることにした」
国の力を強化するために難しすぎる技を、質を落としてでも広く広めるという判断は確かに間違ってはいない。ここまで聞けばその後の話は想像がつくだろう。
でも、念のため本人からしっかりと聞いておくことにしよう。
「そしてその流派をつくり上げるうちに……過去の自分が積み上げた物が崩れ始めてしまった」
「そうだったんですね。それは先程グレイさんが使った流派ですか?」
ショウは直前の話に対するものにしては少しずれた質問をした。
この質問にはグレイさん本人が間を置くことなく答える。
「そうですね。私は校長がつくりあげた流派を学んでいます」
「その流派はなんと呼ばれているんですか?」
「いや特に名称は無いと思います」
「私は個人的に、この学校における『基礎剣技』と呼んでいる」
どうやら一応名前はあったらしい。
なるほど。あれがこの学校の学校における基礎となっているのか。
確かに、あの動きが基礎なら攻撃にも防御にも転用しやすい。正に汎用型だ。
「その基礎を学んでいるからセイン流を習っていないのですね」
「それもありますが私がセイン流を会得出来なかった原因は私自身にあります」
「グレイ。そうではないと言っているだろう」
「いえ、校長! 校長は私に丁寧に指導してくださったではないですか」
なんだか空気が重くなってきた。
グレイさんはセイン流を習っていなんだな。
正直なところ全くわからなかった。普通、二つの流派に触れていれば多少なりとももう片方の癖がでてしまうものだと思う。
その片方がもう片方から枝分かれした者だとしても。
「まぁ、その話は置いておきましょうよ」
僕はこの何とも言えない流れを断ち切った。
二人はぎこちなさが伺えるショウの提案に乗ってくれた。
これにより僕はこの気まずい雰囲気から抜け出すことが出来た。
一人だけヒートアップしていたグレイさんもソファーに座り直し話が次に進む。
「ショウ君、これから集団訓練があるんだ。参加してくれないか?」
集団訓練……。
ショウは何かに気づいて自然とニヤつく。
それを見たバルナバさんにもこの表情が移る。
この流れに一人取り残されたグレイさんが一拍置いてから反応を示す。
「……校長。まさかとは思いまずが、ショウ君一人に生徒たちを複数人で挑ませるおつもりですか?」
「よくわかったな。そういうことだ。ショウ君も気づいたようだからここまでは話そう。私がつくり上げた基礎は集団戦を第一に考えられている。誰しもが一人で何百、何千人を相手に出来るわけがないからな」
「人数はどれくらいですか?」
「それはついてからのお楽しみだ」
これは楽しみ。
僕はじいちゃんにセイン流の集団戦においての強みを教えてもらったことがある。
それは足止めだ。
足止めと聞くと地味な印象になりがちだがセイン流の足止めは数人、数十人に対するものではなく中隊、条件によっては大隊も一人で相手にすることがある。
もちろん普通に戦うこともあるが、じいちゃんが語ってくれた凄い人の場合は集団戦になると基本こうなるらしい。
理由はその人を放置しておくより大隊レベルの駒を当てた方が計算できるからだとか。
僕の予想だけど、その凄い人は多分じいちゃん本人のことだろうな。
ということは僕もそのレベルにならなくちゃいけない。じいちゃんを超えるためにはそれくらいできないといけない。
でも練習方法がないからどうしようもなかった。
しかし、それも今日までになりそうだ。
「それでは大演習場に向かおう。グレイ全校生徒を集めてくれ」
「りょ、了解しました」
同日、エイブラムス城。
この区域には国王の家族が生活している。
そしてこの部屋はルーナ様の自室。ショウがリトと生活している部屋が四つは入る広さだ。
さらにこれはルーナ様の寝室だけの話であるため、ルーナ様が使用する部屋を全て含めてしまうと二人の部屋とは比べ物にならない。
普段のルーナ様はこの部屋で魔法にする本を読んだりエンニ先生から出された課題を消化したりしている。
この部屋には一人でいることの多いルーナ様だが今日はそうではない。
今この部屋にはルーナ様ともう一人ルーナ様の妹、エイブラムス王国第二王女のネル・エイブラムスが遊びに来ている。
彼女の容姿はルーナ様を少し小さくした様な感じだが、どこか穏やかな雰囲気が滲み出ている。
そんな彼女がルーナ様の部屋で何をしているのかというと特に深い意味もないただのおしゃべりだ。
「お姉様。何か面白い魔法は見つかりましたか?」
「今日は魔法ではなくて魔道具です」
そう楽しそうに答えたルーナ様は少し小さな樽を取り出した。
蓋を開けると中には凍った魚が数匹詰められていた。
ルーナ様は右手に持つ蓋を机に置くと樽に入っている凍った魚を一匹取り出す。
「これは漁師の方々が使われる樽で、絞めた魚を入れるだけで冷凍され質が良いまま保存できるという魔道具なのですよ」
「それなら私も見たことがあります」
「フフッ。面白いのはここからです」
ルーナ様は楽しそうに掴んだ魚を裏返しておいた蓋の上に乗せた。
ルーナ様が蓋に魔力を込めると刻まれていた火魔法が浮かび上がる。
その熱によって凍っていた魚は綺麗に解凍され魚は絞めたてほやほやの物と大差はないだろう。
「蓋を使って溶かすのですね。これはとても便利な機能ですね」
ネルが蓋の上で溶け、凍った魚を面白そうに覗き込んでいる。
これは月に一度くらいのペースで行われるこの姉妹の面白い魔法の発表会だ。発表会といいつつもいつもルーナ様からの発表しか行われない。
そのためルーナ様は面白い魔法があると妹のためにメモしている。今回はたまたま魔道具だっただけで普段は魔法を教えてあげている。
そもそも、面白い魔法もそうポンポン見つかるものではない。そんな時は友人で魔道具マニアのアビーに面白い魔道具を教えてもらい、それをネルに横流ししている。
なぜそこまでしてネタを集めるのかというとこの時間が姉妹にとって大切なものだからだ。
ルーナ様が魔法学校に入る前は二人で寛ぐ時間もそれなりに確保できたが、入学後はそうはいかなかった。それには単純に学校にいる間は会えないという理由の他に王女としての公務が増えたという理由がある。
「お姉様。来週もお時間はありますか?」
「ごめんね。来週はテストがあるから忙しいの」
「そうですか……」
このような理由が重なり姉妹の時間は年々減少傾向にある。
これはこの姉妹にとって、特にネルにとって大問題だった。
ルーナ様と話をするのが何よりも好きなネルにとってはこの問題は早急に解決するべきものだ。
しかし、ネルの力では自分やルーナ様の予定をずらすことができず。予定をしっかり確認したうえでルーナ様の部屋に押し掛けるくらいの事しかできないのが現状だ。
そんなネルに嬉しい知らせが届く。
「そんなに落ち込まないで、テストが終わったら夏季休暇に入りますから。一緒にお出かけでもしましょう」
ルーナ様の一言でネルの表情が期待に満ち溢れるような笑顔に変わる。
その表情の移り変わりにルーナ様も嬉しそうな笑みをこぼす。ネルの頭の中はルーナ様と出かけたい場所の候補でいっぱいだ。
幸せであふれているネルの耳に少し嫌な音が入ってくる。
ドアがノックされた音だ。
「姉上。開けてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
ドア越しに聞こえる声変わり寸前の男の子のような声にルーナ様が優しく答える。
開かれたドアからはルーナ様とネルと同じ髪色の少年が入室してきた。年齢はネルと同じくらいで、ネルの容姿をクールな男の子にしたような顔をしている。
その男の子はドアが開くと同時に慌ててベッドの裏に隠れたネルを見つけて、溜息をこぼす。
「ネル、これから授業だよ。先生がもう来ているから早くしないと」
「やだ。もっとお姉様と話したいから今日は休む。一人で受けといてよ」
「そうやっていつも勝手な行動をして。俺も一緒に怒られるんだからな!」
「知らないよ! ギルが怒られるのはギルのせいでしょ!」
ネルと言い合いを繰り広げているのはギル・エイブラムス。ネルの双子の弟。今から始まる授業のためにネルを呼びにきたのだ。
双子の姉に振りまわされるのはギルにとっていつものこと。
ギルはエイブラムス王国の第一王子。次期国王としてかなりのプレッシャーを感じている。
本人たちは気づいていないがネルの自由奔放の振る舞いはギルの息抜きになっている。
そんな妹たちのじゃれ合いに優しく見守っていたルーナ様は二人がヒートアップしそうなところで仲裁に入る。
「二人とも落ち着いて。ギルくん、呼びに来てくれてありがとう。ネルちゃんは早く行った方が良いですよ。お母様に怒られたくはないでしょう?」
「それは嫌です。行くよ! ギル」
「あ、ちょっと」
「いってらっしゃい」
ギルの腕を掴み、勢いよく飛び出したネルをルーナ様が穏やかに見送る。
ギルも大変そうだが、嫌な顔はしていないことからこの双子の仲の良さが伺える。
二人がいなくなりルーナ様の部屋に静けさが返ってきた。そんな部屋でルーナ様は心配そうな表情を見せる。
「元気なことは嬉しいのだけど、何か変な事に巻き込まれないか心配になりますね」




