40 英雄の剣
「模擬戦ですか?」
グレイさんがバルナバさんの言葉を疑問形にして復唱する。
模擬戦。久しぶりに聞いたなぁ。村を出てから人と剣を交えるのは初めてだ。
たとえそれが木剣を用いた模擬戦だとしても高鳴る気持ちを押さえられない。
バルナバさんの提案に興奮状態のショウ。反対にグレイさんは懐疑的な表情を浮かべている。
「校長。それは私とショウ君が戦うということですか?」
「それ以外にないだろ」
「そういわれましても……」
グレイさんは何故か心配そうな顔で僕を見つめる。
その様子を見ていたバルナバさんが厳しい口調でグレイさんに忠告する。
「お前。自分の方が強いという前提で挑むと勝ち目なんて無いぞ」
「…………」
バルナバさんの言葉にグレイさんの表情が一転する。
グレイさんの目がショウを心配するものから敵を観察するものに変わる。
ショウはその視線を嫌がることなく受け止めている。
物凄い緊張感が伝わってくる。流石の集中力だ。
グレイさんは表情をそのまま小さく息を吐いた。
「……わかりました」
グレイさんはバルナバさんの命令に渋々従う形で木剣を手に取った。
ショウは置かれている木剣を見比べ、グレイが手にした剣よりも若干長い剣を取る。
これくらいでいいかな。重さはまぁ、ちょっと軽いか?
こればかりは仕方がないな。
ショウはこの部屋に置かれている剣の中から一番自分の剣に近いものを選んだ。
得物を選び終えたショウがグレイさんの正面に立ち、この何もない部屋にグレイさんから漏れ出る緊張感が漂い始める。
バルナバさんは二人が準備を終えたことを確認し一歩後ろに下がる。
「始め」
バルナバさんが静かに開始の合図をする。
合図と共に気張り始めるグレイさんを見つめながらショウは相手を中心に反時計回りにゆっくりと動き続ける。
カウンター型と言っても静止して相手からの攻撃を待つわけではない。
グレイさんはこの行動に驚くことなくショウから目を切らないように体の向きを変えながらショウを目で追い続ける。
この状態で模擬戦開始の合図から20秒が経過したとき。先にショウが動く。
ショウはグレイさんに向けて正対していた体を進行方向へと向けほんの数秒走った。
この時ショウの目線は一度もグレイさんから外れていない。そのことに気が付いたグレイさんは今まで通りショウを目で追い続けた。
まずは一つ目だ。もう少し必要かな。
ショウは自分が得た情報からグレイさんに勝つ方法をゆっくりと組み立ててゆく。
「ふぅ……」
1分が経過しても何かが起こる気配が全くしないこの状況にグレイさんが少しだけ長い息を吐いた。
その直後、ショウが足を止める。
剣もしっかりと構えているわけではなく。かなりリラックスした状態で剣を握っている。
ショウにはこの状態でもグレイさんからの攻撃を喰らわない自信がある。
そうとは知らないグレイさんだが、罠を警戒して一歩も踏み込まない。
ショウがリラックスした状態を崩すことはない。最早やる気が無いようにも見て取れるほどだ。
意外と辛抱強いんだな。
僕は心の中でグレイさんをそう評価した。
直後、痺れを切らしたグレイさんがアクションを起こす。
勢いよく振り下ろされたグレイさんの剣をショウはいとも簡単に受け流した。
もともとそのつもりだったのか、自分の攻撃を受け流されたグレイさんは剣を振り下ろす際に踏み込んだ右足で反発するように飛び退く。
ショウはこれを追わない。
ここまでの戦いを見つめているバルナバさんの表情は変わらない。
「行くしかないか……」
グレイさんはそう呟くともう一度ショウに切りかかろうとする。
グレイさんが剣を振りかぶり右足が地面に着くタイミングでショウが少しだけ前に出る。
グレイさんはこれに構うことなく剣を振り下ろした。
ショウはその攻撃を自分から見て左側に移動しながら受け流す。
「クッ……」
勝負はついた。
木でできた床に当たる寸前で止まっているグレイさんの木剣とグレイさんの首元に突き付けられているショウの木剣。
勝敗は誰が見ても明らかなものだった。
「そこまで」
勝負を終えた二人にバルナバさんが近寄る。
決着の際の体勢から動きがないグレイさんとすでに木剣を降ろし飄々としているショウを見比べバルナバさんはショウに声をかける。
「ショウ君。どうだったかい? 何でもいいから感じたことを教えて欲しい」
「本当は初めから切りかかってくると思っていたんですけど。そうではなかったのが意外でした。でもそこで冷静だった分、最後の攻撃は単調すぎたのかなと」
「うん。確かにそうだな。しかし一つ訂正をさせて欲しい」
「何でしょうか」
訂正をさせて欲しいと言ったバルナバさんはグレイさんを憐れむような目で見た後、小さく溜息をついた。
どうしたんだろうか。
ショウが不思議に思っているとバルナバさんがこちらに目線を戻す。
「正直ここまでとは思っていなかった」
「えっと。何がですか?」
「君だよ。いくらブレイディさんのお孫さんだとしても、この年齢でここまでの完成度だとは思わなかった。今のグレイならば少しは善戦でいると思っていたのだが。その考えは甘かったな」
この言葉を聞いたグレイさんは様々な感情が混じったような表情を見せる。
本当にぐちゃぐちゃで今グレイさんが何を考えているのか逆に分からない。
そんなグレイさんが必死に言葉を絞り出した。
「こ、校長。ブレイディさんというのは」
「そうだ。私の兄弟子。元騎士団長のブレイディ・オルティスだ」
「で、ではショウ君の剣は」
「『英雄の剣』と言うことになるな」
「英雄の剣?」
聞きなれない言葉にショウが反応してしまう。
本当に分かっていない様子のショウを見てバルナバさんが呆れた顔を見せる。
「ショウ君。ブレイディさんからは君が習っている剣の流派は何流だと聞いているんだい?」
「いえ。特に何も聞いてませんけど」
「はぁ……どうしてあの人はいつもこうなんだ」
バルナバさんがじいちゃんに対する愚痴をこぼした。
若い頃のじいちゃんはどんな人だったんだろう。
多少気になる。
「本当に分かっていないようだから私から君の流派について教えてあげよう」
「本当ですか?」
「君も知っておいた方が良い事だ。グレイも聞くといい」
「分かりました」
僕達はこの部屋に来る為に通った事務的な校長室に戻り、向かい合うようにして置かれているソファーに座った。
僕の横に座っているグレイさんは心なしか嬉しそうな顔をしている。
なんなら僕よりテンション高いぞ。
でも興味があることは僕も同じだ。
それに僕は自分が使う剣技のルーツを知ることも剣士として大切だと考えている。
バルナバさんはこれからの話に関係するものと思われる少し古い書物を広げた。
「ショウ君。まずは君のお爺さんと私の師匠の話をしよう。というよりこの話が全てだ」
「全てとはどういう……」
「もったいぶっても仕方がない。私たちの師匠はこの国の英雄『セイン・レイナ―』だ」
僕の横に座っているグレイさんが誇らしそうに何度も頷いている。
それにしても英雄ってなんのことだ?
「すみません。英雄ってなんですか?」
僕は思ったことをそのまま口にした。
これに対する二人の反応は「無」だ。
この二人はすでにショウに対して呆れるという感情を捨てている。これは今までショウに呆れて続けてきて人たちの誰よりも早い決断だ。
さすが剣士だな。
近頃、ショウ自身も呆れられるということに飽きてきているためこういった意味不明な思考に陥ることが多々ある。
そんなショウに構うことなくバルナバさんが英雄について語り始める。
「英雄とは常人には成しえない偉業を成し遂げた者の総称だ。そしてこの国における英雄は私たちの師匠ただ一人」
「それでじいちゃんの師匠。僕の大師匠は何を成し遂げたんですか?」
「この国は百年ほど前に魔族による侵攻を受けた。そして当時は現在と比べ魔法がここまで力を持っていなかった。その中で現代の魔法に近い技を使う魔族たちを撃退したのが英雄セインなのだ」
魔族を撃退した。そりゃあ英雄になるよな。
でも、百年前はここまで魔法が発達していなかったのか。百年前の魔法も見てみたい。
しかしバルナバさんの話によると、大師匠は現代と同等レベルの魔法を扱う魔族を当時の魔法技術と魔法以外の力で退けたということになる。
これはおそらく、僕が想像している以上に難儀な事だ。
一体どんな人だったのだろうか……。
――そういえば! この学校の前に英雄って書かれた銅像があったような。
「あの。校門の前に置かれている銅像は大師匠の銅像ですか?」
「そうだ」
「そういうことか。初めて見た時、構えが似ているなぁと思ったんですよ」
僕は横に座っているグレイさんから羨ましそうな視線を感じた。
初めはクールだと思っていたのに変な人だ。この国にはそういう人が多いな。
それにしてもグレイさんは大師匠に何か特別な思いがあるのか?
グレイさんの視線は放っておいても良いのだが、それ以上に好奇心が勝ってしまった僕は直接聞いてみることにした。
「それでグレイさん。さっきからなんですか? その視線」
「なんでもありませんよ」
グレイさんは少し怖い笑顔を僕に向けてくれた。
なんというか表に出る感情のローテーションが激しいな。
グレイさんの対応に少し引き気味の僕を見たバルナバさんが助け船を出してくれる。
「すまんな、ショウ君。こいつは師匠にかなり強い憧れを持っていてな」
「憧れですか?」
「ああ。模擬戦の後に話した『英雄の剣』というのはセイン流の別称だ。セイン流は師匠がつくり上げた流派なのだが、師匠が英雄になった後、家への入門を希望する人が溢れ返ってしまってな。師匠は入門希望者から逃げ回る毎日を送っていたとか」
英雄になるのは良い事だけではないんだな。
僕だったら絶対になりたくない。
「とまぁ。師匠はその中からどうにかして絞った入門者を指導したんだが……」
「どうなったんですか?」
「誰一人としてセイン流を習得出来た人はいなかった」
「そ、それじゃあ。師匠やあなたは」
「私たちは師匠から直接スカウトされたんだ。そしてその時期は今の話よりずっと後のことだからな」
なんか軽くマウントを取られた気がする。それにだ。
またもや横から視線が飛んできている。本当に凄い執着心だな。
僕は今回の視線をスルーすることにした。
「それで習得することが出来ない剣という意味と単純な意味を合わせて、セイン流は『英雄の剣』と呼ばれるようになったわけだ」
「そういう意味だったんですね」
そうか。僕が今まで普通だと思っていなモノは特別なモノだったんだな。
そういうことならグレイさんが自慢げにしているのも分かる気がする。
――いや待て。今の話だとグレイさんは僕と同じ技術を持っているはずだ。
それにしては僕の動きに対応できていなかった。
グレイさんはおそらくバルナバさんに指導を受けているのだろう。二人の太刀筋は似ている。
まぁ、それ以外にも表情や態度からなんとなくそんな気はしていたけど。
「でも。だとしたらグレイさんはセイン流を習っているんですよね?」
「「…………」」
今までは僕の率直な質問に対してもすぐに答えを返してくれていた二人が、初めて口籠もってしまった。
なんかいけないこと聞いちゃったのかな、僕。
僕は気まずそうに二人を見詰め、二人の言葉を待つことにした。




