37 魔王軍と人間
「本当はもっと詳しく教えてやりたいが時間も限られている。手短にいこう」
エイブラムス王国の騎士団「ルミナスナイツ」の団長ジェイラスが魔王軍という組織について説明を始める。
対象者はショウただ一人だ。この世界で魔王軍を知らないのはショウくらいしか存在しないだろう。
そんなショウのためにジェイラスが丁寧に説明をする。
「さっきルーナ様が魔族は人を襲うって言っただろ。それは主に魔王軍のことだ。普通の魔物が単体で攻め入ってきたことはまずない。あっても偶然居合わせてしまった人が襲われたくらいだ」
「なるほど魔物自体には侵略の意思はないんですね?」
「そうだ。でも魔王軍が絡むと話は別だ。魔王軍に所属する魔族たちは魔物を使役することが出来る。手に入れた魔物を手駒にして人間の街に攻め入ってくるのさ」
「それでは魔族自体は強くないんですか?」
「いや、そうではない。むしろ逆だ。現在の調査では魔族の数は人間よりもかなり少ないとされている。しかし強者の数で比べればほとんど変わらない戦力になると予想する研究者が多い」
「人間と比べて劣っている数を魔物で補っているのか」
なるほど。魔物と魔族と人間の関係性は何となくわかった。でも何で魔王軍が僕を襲ってきたんだ?
ジェイラス団長の話によると魔族は一個体の能力が人より多いが数が少ないということになる。さらにその一人一人に魔物を使役する役目があるということは、こちらの一人とあちらの一人の戦力は個人の強さに関わらず対等ではない。
そんな貴重な戦力をわざわざ、しかも一学生を狙って単体で乗り込ませるなんてそんな馬鹿なことがあるのか?
単純にあいつだけいれば勝てると思ったのかもしれないな。だとしたら僕の強さを見誤ってくれて助かった。
もしいきなり複数の魔族と戦闘になっていたらと考えると本当に良かったと思う。
でも強いからってなんだ? 僕以外にも強い人なんてたくさんいるのに。
「そして最も需要な君が襲われた理由は、単純に君を排除したかったからだと思う」
「何故ですか? 僕以外にも強い人ならたくさんいるのに」
「それはそうだが君が今思い浮かべている強い人たちの周りを想像してみて欲しい。奇襲で倒せる相手だと思うか?」
「確かに僕が考えた人たちには凄い警備が付いていますね」
「そうだろ。だから今日の大会で活躍した君が一人になる場所を掴んだ魔王軍が君のことを潰しに来たんだと俺は思う」
「だとしたらリトが」
「それは安心してください。リトさんの無事は確認できていますし王都内の警戒態勢を最大レベルまで引き上げましたから。襲われる可能性は低いと思いますよ」
声を荒げたショウをルーナが宥める。
ルーナ様の声で落ち着きを取り戻した僕は軽く謝罪をして話に戻る。
「僕が襲われた理由は分かりましたが。何故魔王軍がPTの情報を持っているんですか?」
「そんなの知っているに決まっているでしょ。プロスペクトトーナメントは入場自由で魔族は何もしなければ人と判別できないんだから」
「それは少し違いますよ」
少し自慢げに話しをするアサレアに横やりが入る。
この発言をしたのはケイさんと同い年ほどの見た目で比較的軽装の服を着ている男だ。
爽やか顔立ちをしている。美男と言う言葉がとても似合う人だ。
この人物は王国会議でケイと共に入室してきた騎士である。
爽やか騎士は立ち上がって自己紹介をする。
「私は王都警備隊隊長のセナ・ブラウウェルです。ショウ・オルティスくん初めまして」
爽やか騎士は丁寧に自己紹介をするとアサレアの顔を伺いながら中断していた話を再開した。
アサレアは自分の意見が否定されて少し気を落としているご様子だ。
「アサレア様のおっしゃったことは正しいのですが。実はそれだけではないのです。この国には魔族を探知する装置があります」
「そんな物があるのですかっ!」
アサレアが今日一番の大声で驚く。
この情報はアサレアが期待していた情報だった。王国会議に出席していたアサレアは今のように秘密の情報が出てくることを期待してたのだ。
ここまでそのような情報が出てくる気配は一切なくテンションが下がりきっていたアサレアには嬉しすぎる内容だったのだ。
この際、大嫌いなショウも同じ情報を知ることが出来ているという事実はどうでも良い。
室内に響き渡ったアサレアの声が消えたころでセナ隊長が何事もなかったかのように話を進める。
「ですから、本日のプロスペクトトーナメントに魔族が紛れ込んでいることは把握していたのです」
「それならショウさんが襲われることは無かったのではありませんか?」
ここまで静かに話を聞いていたルーナ様がもっともな質問をした。
ルーナの言う通り自国の民が襲われそうになっているのを傍観するだけの警備隊などあってはならないことだ。
だがこの国の警備隊がそんな職務放棄をするはずがない。
「ルーナ様。その装置はそこまで万能ではないのです。探索をすることはできますがそれを追跡。さらに連続で使用することが出来ない装置なのです」
「そうでしたか。それでも魔族が紛れていることを知っていたのならプロスペクトトーナメントの優勝者であるショウさんにも護衛を付けておくべきだったのではないですか?」
ルーナ様が淡々とセナ隊長のことを問い詰める。
表情や口調は穏やかだが心はそうではないようだ。鈍感なショウにもルーナ様の怒りが伝わってくる。
怖いと思う反面。自分の心配をしてくれているルーナ様に少しときめいてしまいそうだ。
「そのことなのですが。実はショウくんにも護衛を付けていたのです」
「では何故助けに入らなかったのですか?」
「それは、その」
ルーナ様の笑顔が段々怖く見えてくる。
王妃様とエンニ先生以外は恐怖で震えあがりそうになる体を全力で押さえつけている。
護衛のケイさんもルーナ様から目を逸らしてしまう程の威圧感だ。
この圧に耐えきれなかったセナ隊長は言い淀んでいた報告の続きを口にする。
「と、途中でショウくんを見失ってしまいました!」
セナが叫んだ全力の報告が室内にこだまする。
先ほどまで震えていた人たちの緊張が解ける中で一人だけそこから抜け出せない者がいた。その人物の名はショウ・オルティスだ。
その理由はセナ隊長の報告を耳にしたショウ頭の中に今日あった出来事がフラッシュバックしてきたからだ。
その出来事は表彰式の後まで遡る。
表彰式が終わった僕はバナナを買うお金を釣りに行くために寮に向かっていた。
その途中で僕は自分を尾行している人物が二人いる事に気づいていた。
後ろを振り返ってしっかり確認もした。今思えばその二人は騎士のような恰好をしていた気もしている。
敵意は感じられなかったが尾行されているのは嫌なので常日頃から研究していた寮までの近道で尾行を撒くことにしたのだ。
その近道のお陰で僕は尾行を振り切ることに成功したのだが……。
この状況を考えれば僕が自ら護衛を振り切って、しかも人に見つからないような相手にとって絶好の場所に自分から移動したことになる。
この事実だけはルーナ様に伝えてはならないとショウの本能が告げていた。
完全にヒートアップ中のルーナ様にとってこの事実は火に油を注ぐようなもの。良くても焼け石に水といった所だろう。
ルーナ様の照準が一人だけ震えの止まっていないショウに向く。
「ショウさん。何か心当たりがあるのですか?」
「い、いえ。ありません」
ルーナ様の笑顔の圧力に僕は真正面から抗う。
僕が硬直敷いているとそこに意外な人物が助けに入る。
「ルーナ。そのあたりにしておきなさい」
王妃様だ。
助かった。王妃様本当にありがとうございます。
ショウは感謝の眼差しを王妃様に向ける。
それに気づいた王妃様はショウにやさしい笑顔を返す。
なんて優しい人なんだろう。
母親に止められたルーナ様は顔をムスッとさせ視線をショウから逸らす。
「もう遅いですし今日はこの辺りでよろしいのではないですか」
王妃様が全員に問いかける。
確かに外はもう夕方だ。
バラクロフさんに説明するのも面倒だし門限までには帰りたいな。
「少しお待ちください」
「来たかバルナバ」
その直後ショウの後方から声がした。
半分だけ開かれたドアの前には歴戦の剣士といったような面持ちのおじさんが立っていた。
どうやらルーナ様がお怒りの際に入室していたようだ。
バルナバと呼ばれたこの人はかなり強そうだ。
いったい何者なのだろう。




