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34 シビアな世界

獣人ギルドの職員を名乗る男性2人組と別れ、ログハウスに向かっていたら農園の方からヴァイスたちが走って来た。


「どうしたの?2人とも。そんなに慌てて…」

「知らないヤツの匂いが、あんたたちがいる方向からしてきたから…」

「何かあったのかと思って、慌てて来たんだが…」

「ごめん、もう大丈夫だよ」

「「シュバルツ!」」

「2人ともごめんね」

「お前っ!人型に戻れたのか!?」

「うん」

「心配したんだから!中々人型にならないから、よっぽど力が枯渇していたのかと思って…」

「ごめん。本当はここに来て1週間くらいで体調はもちろん、体力も戻っていたんだ」

「なら、どうして…?」


ロトが心配そうにシュバルツに駆け寄り問い詰めると、シュバルツはバツが悪そうに俯いた。


「体力が戻ったら、ココから出て行かなくちゃいけないと思って…」

「………」


シュバルツは私の方に近づいてきて、両手そっと私の手を握る。


「ヴァイスさんたちを見ていて、とても羨ましくなったんだ…」

「え?」

「暖かい家に綺麗な服、ふかふかのベッドに十分な食事。誰かに命令されるわけでもなく、搾取されるわけでもなく、ただ与えられる自由な暮らし。僕がヴァイスさんたちと別れてから、いや、もっと前から得られなかった理想的な生活を…。笑顔があふれる暮らしが出来る毎日が、とてつもなく羨ましかった…」


私の両手を握るシュバルツの手が、少し震えているのが分かる。


「君は犬好きみたいだったから…。僕が人型を取らず獣型のままだったら、このままここに居られるかもしれないと思たんだ。だから、わざと人型を取らなかった。ごめん…」

「………」

「そうか…」


そばに居たヴァイスたちが1度俯いて、それからこちらを見た。


「君、図々しい願いだということは十分承知している。だが、頼む」

「お願い!サエ。シュバルツをここに置いて欲しい。俺、何でもするよ!もっと働くし、狩りだって行く!」

「ロト?」

「ご飯の量は、今までの半分でいいし、お菓子もいらない!だから…!」

「俺もだ。今まで以上に働くし、狩りにだって行く。お前が望むのなら、必要な鉱石だってどこにでも取りに行く。だから、俺たちにしてくれたように、シュバルツにもどうか…頼む!」


ふたりは私の前に膝をついて、頭を下げる。


「ヴァイスさん…、ロト君…」

「お願いだよ、サエ。シュバルツを追い出さないで!」

「頼む、君。シュバルツをここに置いてくれ!シュバルツだって一生懸命働くし、狩りだって行く。それに、あいつは器用だからお前の手伝いも出来る。きっとお前の役に立つから…!」


彼らは私がシュバルツを、ここから追い出すと思っているようだ。


「さっき、【ブルーメ】という町にある獣人ギルドの職員が2人訪ねてきたわ」

「獣人…ギルド」

「まさか、シュバルツを?」

「彼らはここに来る前に【フェーダ】という町で拘束されたシュバルツを心配して、こちらに来たそうよ」

「シュバルツ…、お前フェーダで何があったんだ?」

「…ごめん。トアキスさんから、ヴァイスさんたちが群れを離れたと聞かされたから僕たちは群れの場所を移動した」

「ああ、トアキスらしいな。群れの場所が分からないように、早々に移動したんだろう?」

「うん。でも、僕たちの群れはもうすでに疲弊していて…。人型を取れる者たちがいなかった」

「…」

「トアキスさんはまだ幼い子どもの幻狼族を山の洞穴に隠して、動ける者たちだけで狩りに出たんだ。もちろん、僕も狩りに参加したよ。でも…」

「何があったんだ?」

「スタンピードだよ…」

「スタンピード?」


シュバルツの話す言葉の中に、聞きなれない単語があって思わず聞き返す。


「スタンピードは魔物たちの暴走を指す。おそらく、冬支度の前にスタンピードが起こったんだろう」

「うん。どの地域も作物の凶作が続いて、魔獣のエサとなる動物も飢餓で少なくなっている今だから。原因は分からないけど、【フリューベルク】でもスタンピードが起きた」


シュバルツは俯むいて、眉を寄せた。


「僕たちはみんな、バラバラになってしまって。僕が目を覚ましたのは多分、2日くらい経った後だと思う」

「他の奴らは?」

「探したけど、見つからなかった。子どもたちを隠した洞窟は、血だまりが出来ていて誰もいなかった」

「まさか…」

「多分暴走した魔獣に襲われて、喰われたんだと思う…」

「遺体は見たのか…?」

「なにも残っていなかった。遺体も服も、全部。ただ血の跡が残ってたし、あの量なら全滅とは言わないけど…」

「そうか…」


シュバルツは直接的な言葉は口にしなかったけど、おそらく全員もしくは半分以上が命を失ったのだろう…。


「トアキスさんも、ジルバーンさんも、グリュン君やグラオ君、ブラオ君も見つからなかった。彼らを探しにフェーダに足を踏み入れた時に、町の警備隊に捕まってギルドの地下牢に入れられたんだ」

「え、地下牢?なんで?」

「僕たち獣人は、体力もあるし力も強い。だから…」

「人間たちは俺たちを奴隷にするんだ」

「奴隷…」

「種族によって奴隷の種類は違うが、虎や狼、熊などの獣人は労働奴隷。鳥や蛇などは観賞用に、そして兎や猫などは性奴隷にされることもある」

「…っ、それは…」

「獣人にも特性があるからな」

「うん。だから僕は地下牢で体を休めて、体力を温存した。オークションに賭けられる前に、隙をついて脱獄したんだ」

「じゃあ、もしここまで辿り着けなかったら…」

「うん。途中で体力が尽きて死んだか、捕まって奴隷にされたか…。まあ、結果はいいものとは言えないと思うよ。けど、僕はもう一度ヴァイスさんたちに会いたかったから」


シュバルツが悲しそうに笑うと、ヴァイスやロトが涙を堪えて抱き合う。


「他の仲間はどうなったの…?」

「ああ…。おそらく死んだか、人間に捕まったか…、いまだにどこかに隠れているかのどれかだろう…」

「そう…」


私はこの領地から外に出ることがなかったから無知で、生きて居られた。でも、外の世界はとてもシビアだ。シュバルツが無事だったのも偶然で、もしあの時彼を見つけていなかったら…。そう思うと、恐ろしく感じた。




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