3 仮設住宅の建設
しばらく座り込んでいたけど、お尻が冷たくなってきて我に返る。これからどうしたらいいんだろうかと思っていると、視界にもこもこした毛玉が目に入る。そう言えばあの面接官の男性からフェレット型のAIを渡されていた。
「これで、救難信号とか送れるのかな…」
毛玉の塊であるフェレットを持ちあげるが、特に反応がない。
確かに名前を付けて呼べば、起動すると言っていたはず。
「名前…ね。名前かー…」
少し考えながらフェレットを、両手で抱えて持ち上げる。フェレットの背後には、真っ青な青空が広がっていた。
「空…。そうだ、ソラにしようか。あなたの名前は、【ソラ】!」
私がそう呟いたら、フェレットの目がゆっくりと開いた。
「サポートAI、起動シマス」
「え?」
フェレットがいきなり話し始めたと思ったら、私の手を離れて空中で一回転をして地面に降りたった。そのまま私の体をよじ登って、ちょうど首のあたりまで来る。右肩に前足を置き、くりくりの黒目でこちらを見る。
「ボクはフェレット型サポートのソラです。自主学習型のAIを搭載しています。今日からあなたの相棒です。よろしくお願い致します」
「よ…よろしく」
若干引きながら挨拶をする。AIとはいえ、見た目は本物のフェレットにしか見えない。それが日本語を喋っているとなると、凄い違和感だ。
「それでは領地管理、および領地経営の説明を始めます」
「え?ここ、私が赴任する場所なの?」
「はい。ここは紗英様が管理される予定の領地です」
「じゃあ、私。遭難したわけじゃないんだね」
「ええ。無事に赴任先に到着されたようで、安心致しました」
「よかった…」
安心のあまり気が抜ける。
「いや、待って!」
「どうされました?」
「ここどこなの?見渡す限りどっかの森林?山奥に見えるんだけど…」
「ここはアリステアにある、紗英様の領地になります」
「領地?」
「はい。これから管理・経営を重ね、ビレッジ、タウン、シティと発展することも可能な領地となります」
「なるほど…。じゃあ、ここには私とソラの2人だけなのね?」
「はい。今のところ他に生物の気配は感じられません。また、この領地は未開拓なので孤島のような状態になります」
「なるほど…」
「それではまず、領地管理のデバイスであるスマートウォッチを手首に装着してください。伸縮素材のベルトで出来ていますので、装着後自動で調整されます」
「わ、分かった」
私は面接官の方に渡されたスマートウォッチの入っている箱を開けて、左手首に装着する。手首にはめた途端、画面が起動し始める。4センチ四方の画面には12個のアプリのアイコンと時間、天気、温度、湿度がデジタルで表示されていた。
「ではまずはスマートウォッチを起動させましょう。歯車のアイコン(設定)をタップしてください」
ソラに言われた通り、歯車のアイコンをタップする。すると画面が砂時計に代わり、【情報をダウンロードしています】と表示が出た。
「しばらくすると、紗英様専用に切り替わります。そのスマートウォッチは紗英様しか使用できません」
「そうなんだ…」
しばらくすると、最初に見たアイコンの並んだ画面に切り替わった。
「設定が完了したようですね」
「ああ、そうなんだ」
「まずは仮設住宅を設置しましょう」
「仮設住宅?」
「はい。紗英様の仕事は領地管理です。この領地を整備し管理することで、収入が得られます。また、住宅や日用品もネットショッピングが購入できますが、こちらの土地を整備し材料を用意した方がお得に設置できます」
「なるほど…」
「とはいえ、まずは寝泊まりが出来る拠点を設けなければなりません。今回は2週間の無料貸し出しのコンテナハウスが利用できます」
「そうなの?」
「ですが、期限付きですので早めに資材もしくは資金をためて、ご自分の建物を建設された方がよいでしょうね」
「ああ、2週間しか期限がないんだよね?」
「はい。設置完了から2週間後に消滅しますので、できるだけ早めに資材を収集しましょうね。では、スマートウォッチのバッグのアイコンをタップしてください。そちらは収納ボックスであるインベントリとなっております。そこに全ての持ち物が自動で収納されます。また容量および時間経過のない最上級の物になります」
「ありがとう」
私はソラに言われた通り、バックのアイコンをタップすると目の前にバーチャルスクリーンがスマートウォッチから投影される。そこには
仮設住宅(期限付き)×1
仮設トイレ(期限付き)×1
仮設浴室(期限付き)×1
と表示されている。
「今現在、紗英様の持ち物はあちらのキャリーケース2台と画面に表示されている仮設住宅、仮設トイレ、仮設浴室になりますね。それではまず、仮設住宅を設置しましょう」
「どうやって?」
「インベントリをタップして、一覧から仮設住宅の項目を選んでタップしてください」
「うん…」
バーチャルスクリーンの項目を指で触れると、実物大の半透明の仮設住宅がスマートウォッチを通して目の前に現れる。
「設置面が赤の場所には建設できません。スマートウォッチで建設場所を調整してください。設置面が青になれば建設できますよ」
「なるほどね…」
私はスマートウォッチの投影画像を向きや設置面を少しずつ調整しながら移動させる。ここならいいかなという場所まで画像を移動させると、設置面が赤から青に変わる。
「設置面が青に変わりました。そこに設置可能です。ダブルタップしてください」
「うん」
私は画像をダブルタップすると、一瞬で建物が設置された。
幅3.5メートル、奥行き2.5メートルの部屋と奥行き1メートル弱の縁側が付いたプレハブ小屋が目の前にある。バルコニーをこえて、大きな窓から出入りできる建物だ。
あまりのことに言葉が出なかったが、なんだかゲームをしているような感覚になる。
「続けて仮設トイレと仮設浴室を設置したら、キャリーケースを持って仮設住宅に入りましょう」
「分かった」
私は仮設住宅を設置した横に仮設トイレと仮設浴室を設置する。見た目はキャンプ場にあるような仮設トイレと脱衣場が付いている浴槽とシャワーが一緒になったような仮設浴室だ。
そのままキャリーケースを持って縁側の3段くらいある階段を上って、室内に入る。室内はフローリングの状態で家具などはない。キャリーケースを部屋の隅に置き、とりあえず床に座る。
「家具とかが全然ないね…」
「ネットショップで購入しましょう。購入したものは期限なく紗英様の持ち物になりますし、収納も可能です」
「そうなんだ」
「いずれ自分の家をお持ちになられるのですから、そこでも使えるものを選んだ方がよいでしょう」
「でも、このスペースじゃベッドを置くだけで精一杯じゃない?」
「そうですね。では紗英様のベッドと小物入れのラック、ハンガーラックを購入してはどうでしょうか?食事はデリバリーアイコンから調理済みの食事が買えますので、縁側にテーブルと椅子を設置してみてはどうでしょう?」
「いいわね。とりあえずベッドとかを購入したいね」
「はい。ではネットショップのアイコンをタップしてください」
カートマークのアイコンをタップする。
「それでは紗英様の銀行口座とネットショップをリンクさせますね。リンクが完了すれば、お買い物ができます。必要事項を入力してください」
ソラに言われて私は自分の講座情報とキャッシュカードの番号を入力する。しばらくすると、【リンクが完了しました】という表示が出た。
「今回就任祝いとして1月分のお給料が振り込まれています。ご確認をお願いします」
口座の残金を確認すると、就任祝いの名目で30万円が振り込まれている。
「ホントだ…」
「こちらから必要な分を購入していきましょう」
「うん」
結局、私はセミダブルの収納マットレス付きのベッド(¥100000)、寝具セット(¥30000)、サイドチェスト(¥30000)、ハンガーラック(¥5000)、アウトドア用の折り畳みテーブル(¥7000)、アウトドア用のチェア(¥10000)の合計¥182000を購入した。
荷物は3分もせずに室内に届いた。もう、驚くだけ無駄だろう。ここはそういうシステムなんだと、自分に言い聞かせ無理やり納得する。
とりあえずベッドを壁側に設置し、チェストをベッドの脇に移動する。ハンガーラックを壁側に置き、トランクから洋服を取り出してハンガーにかける。
そんなに皺になっていなくてよかった。
ベッドの下の収納に下着や靴下、タオル類を収納して寝具をセットする。
バルコニーに出て、折り畳みのテーブルと椅子を設置する。
「ふう…。とりあえずこんなもんかな…」
「十分でございましょう。さて、まずは食事にしましょう」
「そうだね」
私はバルコニーに設置した椅子に座る。若干肌寒いので、持参していたブランケットを膝に掛ける。
「本来は調理をしたいところなのですが、おうちが出来るまではデリバリーになりますね」
「そうね。仮設住宅じゃキッチンもなかったもの」
「それではネットショップのアイコンをタップしてください」
「うん」
「カテゴリーでデリバリーを選択してください」
デリバリーのアイコンをタップするとそこには、有名店のファストフードや軽食、コンビニなどのマークがずらりと並んでいた。
「え?すごい!これ、全部注文可能なの?」
「はい。すべてのメニューが対応できるわけではございませんが、不自由のない程度に利用できますよ」
「便利ね!」
そう言ってバーガー店の飲み物、ポテト、バーガーのセットを注文する。ついでにデザートも注文したので合計¥1000である。
「ソラはどうする?」
「ボクは基本的に飲食を必要としないので大丈夫です」
「そうなんだ」
注文を完了させると、トレイに載って注文した商品がテーブルの上に届いた。とりあえずお腹もすいたので、食事を堪能しながら一息を付いた。




