22 米と麦
新しいエリアの開拓を始めて3日が経った。新しいエリアの大きさは最初に開拓した農園と同じ広さで、自宅のあるエリアの約6倍である。夏の間は新しい農園にはサトウキビとこしょうを植える予定だが、そのほかの季節に植える作物が決まっていない。ただ、そのままにしておくのも良くはない。開拓した場所に何も植えずに放置すると、しばらくすると新しい雑草や木々が生い茂ってしまうのだ。
「うーん」
「どうなさいました?」
昼食を終えた後、私は農作物の本を見ながら悩んでいた。
「新しく農園を広げたじゃない?」
「ええ。思ったより早く終了しましたね」
「そうそう。最初の農園と果樹園で、今のところ3人分の食料は十分すぎるほどあるのよね。だから、何を植えようかなーと思って…」
「なるほど…。今は最初の農園の半分に季節の野菜、もう半分に常備菜を育てていますからねー」
「そうなんだよね。ここは農作物が早く育つから、収穫も早くてさ」
「そうですねー。まあ、順当に行けば季節を考えずに作ることが出来る作物…、米や麦、豆類などいかがですか?米や麦は10日程、豆類は7日程で収穫できますし、水やりも2日1度くらいで済みますから比較的手の掛からない作物になりますね」
「え…でも水田にしたら、畑に戻らないんじゃない?」
「ああ、そうですね。地球産の米はそうなんですが、こちらの米は麦と変わらないので畑で育つのですよ。しかも味は地球産のものと相違ありません」
「え?そうなの?」
「ええ。ただ、この世界では米を炊飯して食べるという発想がないため、家畜のエサと考えられているみたいです。ですので、牧草の種と変わらないくらいの金額で取引されています」
「へー。お米かー…」
「ですが麦は大変高額になりますね」
「え、そうなの?」
「ええ、麦は税金の代わりに国に徴収されます。ですので、国民は貴族でない限り主食は芋が多いですね。食べたとしても硬い黒パンを、スープでふやかして食べていることが多いです」
「え…マジ?異世界の食糧事情、怖っ!」
「貴族や裕福な家庭は柔らかい白パンを食べていることが多いですね…」
「この国って貧富の差が激しいの?」
ソラからこちらの主食の食糧事情を知ってしまい、思わず聞き返す。
「私が知っている情報によれば、数十年前は貧富の差もそこまではなかったようですね。ですがこの数年で実りが悪化し、食糧難の危機に陥っていますね」
「食糧難…。ヴァイスたちも言ってたね」
ヴァイスたちが群れのリーダーであるトアキスと揉めた理由も、確か食料問題だった気がする。
「彼らは今農園と果樹園に別れて作業をしていますので、この場を借りてはっきりと申し上げます。彼らにはあまり気を許さないようにしてくださいませ。正直、彼らの思惑がまだわかりかねます」
「どういうこと?」
「先ほど申したように、この世界は今食糧難の危機に陥っています。その状況でこの領地と紗英様のもつスマートウォッチの機能は、喉から手が出るほど欲しいものです。彼らも今は自分たちが食うに困らない状況ですから、共同生活が成り立っていますが…」
「うん」
「少しでも彼らの求めた対価が払われなかった場合、彼らが紗英様をどうするのかが分かりかねます。それに幻狼族は仲間意識が高い種族です。群れにいた幻狼族をここに住まわせてくれや食料の援助をなどと言い出せばきりがありません」
「まあ、確かに…」
「彼らが紗英様の優しさを利用して、自分たちの都合の良いように誘導するかもしれません」
「それは…」
「食糧難の世界です。彼らが紗英様に必死に頼み込んでここに置いてもらい、対価は食料だといっていたでしょう?それほどまでにここでの食事は、彼らにとって手放しがたいものだったのでしょう」
「………」
「私の第1の優先順位は紗英様の安全です。嫌な言い方をしますが、注意するに越したことはないのです。人の感情は目に見えない分、分からづらいのですから…」
「まあ、そうね…」
ソラに言われて、自分の過去を思い出す。智也と別れてしばらく経つが、彼も付き合っていた頃はいい人だったのだ。義妹と浮気した挙句、結婚直前に破局したけれど…。
「彼らがこのログハウスで暮らしている間は、スマートウォッチの機能も伏せておいてください。それから、食料などは必要最低こちらに置いて残りはインベントリの中に収納しておいてください」
「…うん」
「それから、できれば食事のストックをインベントリに入れておくのが良いと思います」
「食事のストック?」
「ネットショップ機能があるので、購入は出来ますが念のためストックできるものはストックしておいた方がいいでしょう。紗英様のインベントリは高性能タイプの無限収納の時間停止付きです。それに家畜の世話や畑の仕事はなるべく彼らに任せて、紗英様は確認のみを行うのが良いでしょう」
「え…。それだと私だけ楽していない?」
「空いた時間を調理や加工などに当てた方が効率的でしょう。私から彼らに進言します。どうでしょうか?」
「まあ、ねぇ…。ヴァイスたちはよく食べるから、それなりの量と種類が必要だからね」
「ええ。このところ家畜の世話に畑の仕事、それから新エリアの開拓や伐採。その合間に3度の食事の準備におやつやお茶の用意。紗英様は働き過ぎです。せっかく異世界に来られたのですから、あなたにはすこしでもゆったりとしたスローライフを楽しんでいただきたいのです」
「…ありがとう。ヴァイスたちには私から言ってみるよ」
私はソラに礼を言って、小さな頭を撫でる。
正直、3度の食事を欠かさず準備するのは骨が折れる。自分1人だけならば、デリバリーや冷凍食品、簡単な食事で事足りていたのだから。
「それから新しい農園には、しばらくの間は米と麦を半分づつ植えておこうかな…」
「ええ、そうですね。クラフトアプリで精米も製粉も可能ですからね!」
「うん」




