20 午前の作業
最近はストレスフリーな毎日と、規則正しい生活リズムのおかげか毎朝7時には自然に目が覚める。一応アラームを設定して寝ているけれど、アラームが鳴る前に目が覚める。
顔を洗って、オールインワンジェルで肌を整える。実はこのオールインワンジェル、ネットショップで購入した安価な市販の化粧品に下級ポーションを混ぜ合わせたお手製の化粧品だ。下級ポーションをなんとなく水仕事で荒れていた手に塗ってみると、スベスベでつやつやの手になったのだ。ならば顔に塗ってみようと思い、あごに出来た吹き出物にあたりに塗ってみたのだ。すると吹き出物だけでなく、跡になっていた傷跡もシミそばかすもすっかり消えてしまった。それからは味を占めてしまい、こうして化粧品やボディークリームなどに混ぜては日常的に使っている。地球で働いていた頃に比べたら、最高に肌の調子が良い。まさにポーション万歳である。
部屋着兼パジャマとして使用している短パンとTシャツのままキッチンへ向かう。同居人が増えたので、朝食は簡単なもので済ませる。ネットショップの業務用で仕入れたテーブルロールに、スクランブルエッグとサッと焼き上げたベーコン。自家栽培のサラダと果物。飲み物は果樹園で採れた果物のジュースとあらかじめ前日の夜に沸かしておいたお茶。
「ヴァイスー、ロトー、起きてー。朝ごはんだよ」
私の呼びかけにのっそりとベッドから出てきて、こちらにやってくる。
「おはよー」
「……」
「おはよう、2人とも。まずは顔を洗ってきてね。それから朝ごはんだよ」
「うん!」
「ああ…」
2人そろって洗面台に向かうのを見届ける。ヴァイスは相変わらず無口だし、なんか低血圧で朝が弱そう。ロトはいつも通り、元気に歩いているところを見ると朝は特に問題なさそう。
「ねー、朝ごはんは何?」
「テーブルロールにスクランブルエッグ、ベーコンにサラダと果物だよ」
「凄い!朝からご馳走だね!」
「…豪勢だな…」
「まあ、しばらくは様子見だと思ってたくさん作ってはみるよ」
「もう食べていい?」
「はいはい、どうぞ」
ロトの待ちきれないと言わんばかりの催促に、どうぞと食事を促す。ついでに果樹園で採れたジャムも出すと、嬉しそうにパンに付けて食べていた。
「俺、朝からこんなに食べられるだなんて思わなかったよ」
「ああ、そうだな…。集落にいた頃は、1日1度の食事だったこともあるからな」
「1日1度?」
「ああ…。狩りに行って何とか肉は手に入っていたが、野菜や木の実なんてのは、ほとんど収穫がなかったからな…」
「それねー!魔物を狩っては、人間の振りをして素材を町に売りに行ってさ。その金でパンを買ってたよね」
「料理はしなかったの?」
「するにはするんだけどさ。トアキスは用心深い性格だからなー」
「集落を転々としていたから、なるべく荷物は持たないようにしていたんだ」
「それって不便だし、非効率じゃない?」
「最初の頃は大変だったけど、【アイテムボックス】っていうアイテムをドロップしてからは楽になったよ?」
「ああ…。無限に収納されるわけでもないし、時間が止まるわけでもないから注意は必要だったが便利なものだったな」
「そうそう!移動用の住居もいくつか収納できたし、食料も入れられたよね!」
「群れで1つしかなかったが、どうにかなっていたな」
「そうなんだ…」
そんなことを言いながら、食事を続ける2人になんとも言えない気持ちなる。
たしかにケガをしてここに来た頃は、ずいぶんと痩せていた。2週間で大分、体に肉が付いて丸みが出たけれど太っているわけじゃないし。
「今日から俺たちも仕事開始だね!まずは何をするんだ?」
食事を終えて片づけをしたら、昨日渡した作業着に着替えて私に声をかけてきた。
「今日は毎日のルーティン、つまり定例の仕事を覚えてもらおうかなって思ってる」
「任せてよ。俺たち幻狼族は人間よりもずっと力も強いからさ」
「手先も器用な方だからな、安心しろ」
「そう?じゃあ、そろそろ行こうかな」
「「うん/ああ」」
彼らを連れてまずは鶏小屋へと向かう。
「一応、毎日の流れを決めておこうと思うの」
「ああ」
「そうだね。その方が俺たちも動きやすいし」
「まずは8時には朝食、9時から家畜の世話をしたいと思うの」
「家畜…こっこーか?」
「うん。ゆくゆくはぶーぶともうもうも飼いたいと思うの。近日中にはぶーぶ、1年後を目安にもうもうをと思ってるの」
「ああ、こっこーはともかく、ぶーぶやもうもうはかなり高額だぞ?」
「うん、俺も一度市場で見たよ。食糧難になってからは野菜もそうだけど、家畜にあげる牧草の育ちが悪いから肉も高騰していたよ」
「資金については当てがあるけれど、今すぐってわけじゃないから。とりあえずはこっこーのお世話。それからぶーぶって感じだね」
「分かった」
まずはみんなでこっこーのお世話を始める。まずこっこーを放牧して、卵を回収する。それからピッチフォークで汚れた牧草を回収口まで持って行くと、自動で回収されて肥料メーカーに届き時間をかけて鶏糞肥料になる。奥の方に常に一定の熟成された牧草が排出されるので、それを全体に巻いていく。卵は毎日回収するけど、牧草の入れ替えは2日1度する。
「汚れた牧草は廃棄するんじゃなくて、肥料にするんだ…」
「うん。私は畜産だけじゃなく農業もやってるから、野菜に肥料は必要不可欠なのよ。まあ、その肥料を作る為に必要な材料をあの森に取りに行ったんだけどね…」
「あの森は魔獣が出るし、奥に行けば奥に行くほど強い魔獣が潜んでいる。次からは必ず俺たちが一緒に行って、周りを警戒する」
「俺たちそれなりに強いからさ、安心してよね!」
「う、うん。ありがと」
今のところこの安全な領地から出る予定はないけど…。
「家畜のお世話が終わったら、牧草の回収ね」
「ああ、横にある畑のヤツね」
「うん。根元をこれくらい残してカマで刈っていくの。刈り取った牧草は、あそこのサイロに入れてね」
「鶏小屋の横にあるやつか」
「そう。牧草は3回くらいまでは回収できるから、3回刈り取ったら根っこが枯れるみたいだから」
「枯れたらどうするんだ?」
「根っこを引っこ抜いて、新しい牧草を植える。種はサイロの横にあるから」
「分かった。抜いた根はどうするんだ?」
「サイロの隣にある肥料メーカーに入れてね」
みんなで牧草を刈り取って、サイロまで持って行く。私が刈り取った分は自動的にインベントリに収納されていくので、ヴァイスとロトの分は手作業でサイロに持って行く。
「午前中の作業はこれで終わりね。ぶーぶともうもうが来たらそっちもお世話をするから、時間ギリギリになっちゃうかも…」
「ああ、その時は手分けしよう」
「そうだね!俺たちは体力があるから、作業分担も考えなきゃね!」
「ありがとう」
使った農具や器具を片付けたら、ログハウスに戻る。こっこー達は夕方までには鶏小屋に勝手に戻っていくので、開放だけで手作業になる。
「私は昼食の準備に行くけど、あなた達はどうする?」
「安全とはいえ、お前から離れるのは良くないからな。ロト。お前、こいつと一緒にログハウスに居ろ」
「ヴァイスはどうするのさ?」
「俺はいつも通り、この周辺と森の様子を見てくる。30分後くらいには戻る」
「そう?じゃあ、気をつけてよね」
「なんかあったら呼んでくれよ」
「分かった」
ヴァイスはそう言って、農園の方に向かって走っていった。私とロトは、ヴァイスが走り去っていくのを見送って、自宅のログハウスに戻った。




