⑨ 桜並木でのやり取り
<はじめに>
今回は入学式後みんなと解散した後の阿久津視点の続きです!!
かなり間開いちゃったので、前回のシーン読み直して読んでもらった方がいいかもです!
書き方や展開に違和感があるかもしれませんが、生暖かい目で見守って頂けると幸いです。
再び沈黙が訪れていた車内は、やがて桜並木が見える場所まで進んだ。
平日とはいえ、満開の桜が咲き誇るこの時期には、それなりに人が集まっていた。
(あいつ、ちゃんといるよな.......くそっ、めっちゃ心配だ...)
阿久津は心の中で叫びながら、伏し目がちに頭を抱えていた。運転席の万純先生はその様子を横目で確認すると、軽い笑みを浮かべて口を開いた。
「阿久津さん、もう少し先で停めますので、先に妹さんのところに向かってください。私も車を駐車場に停めたらすぐに追いかけますから」
「...っ、すみません。ありがとうございます」
阿久津は短く礼を言うと、車が桜並木近くの路肩に停まるのを待った。そして車が停まると、再び先生にお礼を述べながら慌ただしく降り、鞄を手に駆け出した。
桜並木の近くまで走り寄った阿久津は、一度足を止め、周囲を見渡す。通行人に鞄が当たらないよう気を配りながら、目を凝らした。
(公衆電話...公衆電話...あった!)
時代の流れで姿を消しつつある公衆電話が、ここでは異彩を放ちながらも桜の景色に溶け込むように佇んでいた。見つけた途端、阿久津は再び駆け出す。
電話ボックスの近くに着くと、地面に散らばった桜の花びらを弄る小さな女の子の姿が目に入った。それを見た瞬間、阿久津の胸中に安堵が広がる。人目を気にする間もなく、彼は声を張り上げた。
「ももーー!来たぞーー!」
その声に反応して顔を上げた女の子は、目を輝かせて立ち上がると、小さな体で勢いよく駆け寄ってきた。
「あ、兄ぃーーー!」
「危なっ!」
阿久津はとっさにスピードを落とし、しゃがみ込んで女の子を優しく抱き止めた。
「兄ぃ、あいたかったよ~」
腕を首に回してしがみつく妹に、阿久津は穏やかな声で話しかけた。
「ごめんな、急にあの人帰ってきて驚いただろ。怪我とかしてないよな?」
彼はそう言いながら、小さな頭を優しく撫でる。その時、背後から万純先生の声が響いた。
「よかった、無事に再会できたみたいですね」
驚いたように振り返った阿久津は、立ち上がりながら、片手で妹を軽く抱え直し先生の方を見た。
「....先生、到着早いですね」
「ふふ、文明の力ですよ」
万純先生はそう言ってスマホの画面を見せた。そこには桜並木と公衆電話ボックスが地図上に表示されている。
「阿久津さん、確かまだガラケーを使っていましたよね?学園長に頼んでスマホを手配してもらうように言っておきますよ。もちろん、妹さんの分も」
その言葉に、阿久津は目を見開き、慌てて尋ねた。
「い、いいんですか?あ、あんな高いもの.....」
その時、妹が阿久津の腕にしがみついたまま、万純先生を指さした。
「兄ぃー、このお兄さんだれ?」
「こら、指を差すなって」
阿久津は軽く妹の頭をコツンと叩きながら、柔らかい声で言う。
万純先生は手で口元を覆い、微笑みながら答えた。
「知らない人に警戒するのは偉いことだね。私は万純って言って、君のお兄ちゃんの学校の先生なんだよ。君の名前は?」
妹は一瞬阿久津を見上げてから、再び先生を見て名乗った。
「阿久津ももか、5さいです。兄ぃをよろしくお願いします」
小さな体を精一杯動かして、丁寧に頭を下げるももか。その健気な姿に、万純先生は思わず笑みを浮かべた。
「はは、しっかりした子ですね」
そう言われると、ももかは満面の笑みを浮かべた。そして次の瞬間――
「じゃあ、ましゅみお兄さんにこれあげる!」
どこからか桜の枝を取り出し、嬉しそうに万純先生に差し出した。
「.......」
渡された桜を見た万純先生の表情が、一瞬で固まった。その目は見開かれ、言葉を失った様子だった。
そんな様子に気づいた阿久津は、ももかの頭を軽く撫でながら促した。
「もも、先生困っちゃってるぞ。その桜は俺がありがたく貰うから――」
ところが、気づけば桜の枝はすでに万純先生の手の中に収まっていた。
「あれー!いつのまにー!」
ももかは自分の手をじっと見つめ、次いで万純先生の顔を交互に見て驚きの声を上げた。
「ふふ、ごめんなさいね。ちょっと懐かしい気持ちになっちゃって。この桜、大切にします」
そう言いながら、万純先生は桜の枝を丁寧に胸ポケットに収め、花が少し覗くように整えた。
(懐かしい気持ち....?)
阿久津はその言葉が気になりつつも、ももかが小さな手をパチパチと叩いて喜ぶ姿に思わず疑問を吹き飛ばし、穏やかな笑顔を浮かべた。
しかし、次の瞬間、ももかが阿久津の肩を小さな手でポンポンと叩いた。
「ん?どうした?」
「兄ぃ、小銭が入ったふくろ、電話のとこに置いてきちゃったかも.....」
「えぇっ!それは大変じゃねえか。取りに行こう!」
「んーん!一人で行くからおろして!」
そう言いながらバタバタと動き始めたももかに、阿久津はため息をつきながらしゃがみ込み、ももかをそっと地面に下ろした。
ももかは可愛らしい足音を立てながら電話ボックスに向かって歩いていった。その後ろ姿を見つめる万純先生が、ふと口を開いた。
「それで、お金は受け取ってくれますか?」
「えぇ、またその話っすか?」
「えぇ、こういう話は、あんな小さな子の前じゃできませんから」
微笑みを浮かべながらも、どこか断れない圧を感じさせる万純先生。その様子に、阿久津は観念したように肩を落とした。
すると、職員室で渡してきたあの重い封筒を内ポケットから取り出し、中から数万円を抜き取り阿久津に手渡してきた。
「はい、じゃあ今日の分♪」
「え...?いやいやいや!!そんな大金を堂々とこんな人の多いここで取り出さないでください!!しかもなんですか、今日の分って」
阿久津は焦って先生の腕を両手で押さえ、角度を下に向けた。
「...あの電話から察するに、今日は家に帰れなさそうじゃないですか?なので、泊まるためのお金とご飯代と諸々ですよ。一気に受け取ってくれないならこうして少しづつ渡していこうと思い立ちました」
(......いや、笑顔の圧よ)
「ほら、妹さんこちらに来ますよ。今は大人しく受け取ってください」
「.........わっ、かり...ました...」
不満を漏らしつつも、阿久津は渋々そのお金を受け取り、鞄にしまい込んだ。
「ふふ、よかったです。ここの桜並木を越えたところにビルが立ち並ぶ場所があるので、そちらの方に歩いて行ってみると色々あるのでね〜」
「...なんでそこまでしてくれるんですか?」
「ふふ、それはですね――」
その瞬間、元気な声が響いた。
「兄ぃ!あったよ!!」
阿久津は仕方なくももかの方を向いた。
「おー、よかったな!」
「では、私はここで失礼しますね。あ、迷子になったらこの番号に電話してください。迎えに行きますから」
そう言って、名刺らしきものと追加のお金を阿久津に押し付け、万純先生は軽く手を振りながら颯爽と去っていった。
「え、ちょ、えぇー.....」
「ましゅみー!またねー!」
ももかは両手を広げ、大きく手を振って見送る。その姿に気づき、阿久津も慌てて深く頭を下げた。
先生の後ろ姿が見えなくなるまで見送り終えると、阿久津はももかに話しかけた。
「もも、今日パフェとかクレープ食べに行くか?」
「えっ!いいの!?本当に食べていいの?」
「いいんだよ。ももは俺といるときは食べたいものを食べていいんだから。遠慮しちゃだめだぞ」
「えんりょ?うん、わかった!じゃあクレープ食べたい!」
(遠慮って言葉咄嗟に使っちゃが、なんか理解してそうだな、すげぇな...とりあえず、ビルの方に向かうか。.....にしても、こんな大金どうしろって言うんだよ)
阿久津はそんなことを考えながら、ももかの小さな手をしっかりと握り、桜並木をゆっくりと歩き始めた。
――――――
「阿久津、阿久津ったら。ちょっとー?遂にパンクしちゃった?」
刃霧の声が響き、阿久津はハッと我に返った。気が付けば、片手にスマホを持ったまま硬直していた。
(......昨日のことを、つい思い返してたのか。...ももか、大丈夫かな。結局あのまま、)
視線を感じて顔を上げると、机をトントン叩いていた刃霧が首を傾げていた。
「ちょっと、ぼーっとしてどうたの。やっぱり、操作方法のメモあげようか?」
「いや...大丈夫だ。ただ...考えごとしてただけで...」
曖昧に答える阿久津をよそに、隣の席では明日奈と三栖が相変わらず楽しげにスタンプのやり取りをしながら盛り上がっている。
「えー!楓くん、それって”芝ちゃーずフレンド”の芝王様のスタンプじゃん!やっぱ、ワンコ大好きじゃん~」
「...使い勝手がいいからだ」
「え~うっそだー」
軽口を交わす声が遠くに聞こえたその瞬間――
教室の扉がガラリと音を立てて開いた。
全員の視線が一斉に前方に向けられる。前方にいた生徒たちの賑やかな話し声は、まるで吸い取られるように静まり返った。
(...なんだ、突然?)
阿久津も自然と顔を上げ、その場の空気が一変した理由を探るように扉の方を見た。
<おわりに>
これからもゆっくり更新して行く予定なので、少しでも続きが気になる!!と思ってくださった方は、ブクマなどして気長に待っててくださるとモチベアップです!
ちょっと、回想から現実に戻す部分ちょっと雑だったかな...なんて思いながら出しちゃいました。とりあえず、今回は阿久津の軽い事情を知ってもらいたいという思いで色々書かせてもらいました!!
最後まで読んでくださりありがとうございます!