【医師の外出】結
「5月13日、今日のオススメ商品はこちらっ!新生活にピッタリ、超軽過ぎる掃除機です!お値段なんと、」
ぶち、と音が消える。右手だけを車のハンドルから離し、医師はカーラジオを黙らせた。居候の身の俺にとって、掃除機は必需品では無いので別にいいけど、…お値段いくらだったのだろう。
「5月…。そう言えばまだ5月か…。」
「"そう言えば"って、5月になったの、知らなかった訳じゃないでしょう?もう十数日経ってるし。」
「大人ってのは日付の感覚が狂うものさ。」
なら大人になりたくない。俺は車窓に目を移した。朝に到着してすぐ、この女性は俺を車に突っ込んだ。そのため向かっている場所も目的も分からない。いつものタンクトップとスカジャンで来たら、彼女が前に見た白衣ではなく、黒のスラックスとシャツに水浅葱色のネクタイをきっちり締めて、ピアスを全部外し髪をきっちりとオールバックのストレートに整えていたのにはビビった。彼女曰く別に普段着でいいらしいが、果たして本当なのか?夕飯は家で食える、とだけは事前に教えてもらっだが。
「にしても、ここらの大学なら、入学は6月だよな?ちょっとお前、引っ越し早過ぎないか?」
「ひとり暮らし楽しみ過ぎて〜。それにバイト先とかゆっくり探したかったんです。」
ふうん、と言ったきり、彼女は追窮してこなかった。本当は一刻も早く家から逃げたかっただけだった。家、というか、家族から。彼女が何も触れてこないことに内心ほっとしつつ、今度は俺から質問を投げた。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
「『喜びの宮』だ。10年程前に創設。マンションの自由さと老人ホームの安心感を両立した、50歳から入れる新しい形の福祉施設だ。」
「パンフレット読み上げたみたいな説明ですね。それで?そこになんの用事なんですか?」
「母親と面会する。」
淡々とした返事だが、聞き流せはしなかった。俺は運転席をばっと振り返り
「いや、メッチャ個人的理由じゃないですか。じゃあなんで俺要るんですか?」
「私が要ると思ったからだ。」
わあ♪凄い理由。いや理由になっていないだろ。
「…なんで要ると思ったんですか?」
「見せておこうかと思ってな。」
「見せる?何を。」
彼女はうだつの上がらない表情で呟いた。
「<魔女の使者>の親子の、一例を。」
"そうして_少年は死んだ。"
確かに、彼女の母親の話は聞いていなかった。
「…驚かれても面倒だから、先に言っておく。母は若年性アルツハイマーだ。仕事が忙しくて、元々体的に無理をしていたんだが、父のことがあって余計に堪えたらしくな。特に記憶障害が著しい。だから、私のことは覚えていない。」
「え?」
医師はあくまでも淡々と、運転を続けていた。俺はぼんやりとした返事しか出来なかった。
気不味かったのか、単に気が変わったのか、彼女はカーラジオをつけた。さっきのショッピング番組は終わっていて、天気予報が流れる。ロップ国では広い地域で、今日は1日、どんよりとした曇り空でしょう、ということだった。
うん、当たっている。




