【血の差】ラオメ
枝毛を1本、相棒へあげました。
字面が凄いなと考えつつ、貰った1本を摑んで、僕の体から少しでも離れさせようと苦心する羅謝を眺める。場所は風呂場だった。何かあったときは、水で薄めて被害を小さくする作戦らしい。
今から、複製の<使者>の血を僕の髪に垂らす。
「よし…よし…。おい結、血ィかけたらすぐ切っていいからな。」
「わ、分かりました。」
こんな状況になった理由については、少し前に遡る。
「これ枝毛だから、あげてもいいよ。」
「ありがとう。あ、切ったりするなよォ。この血をかけるんだ。」
相棒はペッドボトルを持ち上げた。僕としては、それで大体察せた。
「あ〜そうゆうこと。了解。」
「どうゆうことですか?」
眉を歪めた結を一度覗ってから、羅謝はこちらに目線を寄越した。言っていいかな?だろう。サッサと言えと返すと、彼はその通り前置きも無しに言い放った。
「ラオメと結の体はァ、基本的に俺の魔術でも"腐ら"ない。」
「え?なんでですか。」
「俺ェ昔頼んだんだよ、俺のことが好きな人には無効にしてくれって。」
「頼んだって誰に?」
若干太い眉がぐいっと歪む。羅謝は一瞬考え込んでから、両手で蝶のようなものをつくってパタパタさせた。青年の顔が増々歪む。
「まァそこは置いといて、」
「そここそ気になんですけど。」
「ウンウン。でな。」
羅謝は実に無理やり話を進めた。結も流石に諦めたらしく、雑に頷く。
「俺のことが好きな人だけは、その人自身が求めない限り、俺は"腐らせ"られない。まァあんまり大量に浴びたらヤバいかもだけど、基本は俺の血がかかっても平気。今まで該当者はラオメだけだったんだけどねェ。」
にこ、と彼は結に微笑みかけた。普段は仏頂面なだけに、無垢さが際立って見える。
その顔で記憶が呼び起こされたのか、それとも前から違和感でもあったのか、結は割合直ぐに瞠目した。
「あのとき…!」
「そォ。結が夜中起きたときな。」
やっぱり。朝になったらやけに結への態度が柔らかくなったときがあったから、僕の知らぬ間に血をかぶって、しかも無傷だったのだろうとは予想はしていた。彼は、自分に好意を持つ相手を大切にする。そしてその絶対的目印が、"腐る"か"腐らない"か。
青年は、羅謝の態度の軟化にあまり気付いていなかったと見えて、ちょっと目を逸らした。そりゃ、隠している好意をリトマス紙みたいに測られたら恥ずい。
「だから気になったんだよ。複製の<使者>は、何処まで"コピー"できる?」
翡翠の瞳がこちらを捉える。
「ラオメの髪を"腐らせ"なかったら、あの男の"コピー"は記憶にまで影響するかもしれない。それだと大分不味い。後もう1つ気になる部分があって…ま、追々な。なによりラオメ。俺の血の調子であいつの血ィかぶったら死んじゃうかもなの、理解しないとだろォ。慣れてないから。」
何年も彼の血が無効な状態で生活していたので、彼の不安も一応は分かった。複製の<魔女の使者>の血の中に突っ込んで行く程、僕はバカじゃないけど。
という訳で、僕等は実験に踏み出したのだ。
対策は厳重だった。切り取った髪では意味がないので、血を垂らしてすぐ髪を切ることで、僕の体は"腐らせ"ないように。彼はそれでも怖いのか、隣には水の入った洗面器と準備バッチリのシャワーヘッドが整列中。いざとなったら僕は水浸しにならなきゃないらしい。
「いくぞ。」
結が頷く。羅謝の手が微かに動いて、ペッドボトルが傾く。ほぼ間髪入れずに、結がハサミを繰った。
シャカン、と軽い音が浴室に響く。水遊びする子供のように袖と裾を捲くった大人3人が、風呂場に集まって、血と髪とハサミで実験している。今更だが、異様な話であった。
「"腐った"。」
羅謝の声。僕も見えていた。小指を咥える羅謝に、僕は頷きかける。
「うん。記憶までは干渉できないんだね。ま〜、それが出来たら、もっと上手く戦れるだろうしね。」
「ラオメ、結、協力ありがとう。さて…、どーしたもんかア。」
最後のひと文は、ペッドボトルを見詰めながら、ぼそりと呟かれた。傍目には、血の処理で悩んで見える。だが、僕には彼が何を考えているか、ぼんやりとだが察せた。
あの男も<魔女の使者>では_
「あの、さっき"追々"って言ってた、"もう1つ気になる部分"を、まだ聞いてないんですけど。それって、なんなんですか?」
相棒はこちらを見やる。僕も彼に目を向けた。そうして、目だけで会話を終えると、2人同時に結を振り返って笑った。
「「なア〜んだ?」」
青年は青い目を眇めた。挑発に近い言葉に苛立ったのを、隠そうともしない。真っ向から挑む気で満ちていた。随分、僕等に気を許している、生意気なガキだ。
いいガキを拾った。




