【マリーゴールドの花言葉に相応】蓮
オレを産んでくれた人は、厳格さと愛情を併せ持つ女性で、素晴らしい裁判官だった。彼女の伴侶は、勇気とリーダーシップに溢れた男性で、素晴らしい刑事だった。彼等の第一子は、文武両道が服を着て歩いてるような、素晴らしい男の子だった。
名目上、彼の2歳年下の弟として産まれたのが、オレだった。
親族全員を見回しても、この突飛な黄赤色をした瞳の人は1人も居ない。オレ以外は。それが何を意味するのか、成長すればする程、理解が進んでしまうのだった。
その点、彼は父母に似た淡い藍色の瞳で、しかも前に言った通り勉学にもスポーツにも、才と努力と結果を見せた。彼の父母は彼を深く愛し、テストや大会で好成績を収める度に大声を出して喜んだ。
「ボクもっ!ボクも100点!にいにとおんなじのとったよ!」
「うーん、蓮はまだ1年生だからね。にいにはも〜っと難しいテストなんだよ。」
「蓮も兄貴の学年になっても100点取れたら、その時お祝いしような。」
「オレが教えてあげるよ、蓮。にいにと頑張ろうなっ。」
彼が快活に笑って言ってくれたから、嬉しくってオレも笑い返したし、頑張って勉強した。2年経っても100点が取れても、彼等は特に何も変わらなかった。
「んねえ!ボクは!ボクのは!」
「お兄ちゃんの方が大変だったんだよ。大会も近くだったし。蓮はなんにも無いでしょ。」
「大変だったもん!ボクも頑張ったあ〜!」
「自分からこんなに頑張ったんだって威張るレベルじゃあ、男としてまだまだだ。」
「ボクは女の子になれってこと?意味分かんないぃ!」
「あ〜も〜…。蓮も頑張った頑張った!ねっ、にいにと沢山勉強したもんね。」
「…うん。でもママもパパも駄目だって。」
「駄目じゃないよ。う〜ん、そうだな…。あ、じゃあ、オレを越せるように頑張ってみなよ。そうしたら何事も学年で1番は間違いないね。目標がある人って、強いんだぜ。」
いつまでもカッコいい彼が直々に"オレを越せるように"なんて言うから、びっくりしつつも背筋が伸びる。彼の隣にすくっと立つ自分を想像して、胸が高鳴った。
「分かった!待ってて、にいにを追い越してやるっ!」
ビシッと指を突きつければ、彼の父母は嗜めてきたが、彼は満足気に大きく頷いてくれた。
彼は、本当に追い越されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
オレが生まれ育った千知露国では、飛び級制度がある。当時のオレもそれを知っていて、そして、先の話の1年後、3つ上の学年の_彼より1つ上の学年の_飛び級試験を受けて、合格した。彼と彼の父母には受験の話を隠していたので、合格通知書が届いてから初めて明かした。
「遅くなっちゃったけど、オレ、にいの隣立てるようになったよっ!」
今になると、どうして当時のオレはこんなに愚かだったのかと苦笑する。今も別に、利口なんかではないけれど。
飛んだのは褒め言葉ではなく張り手だった。
パパかな、まあにいが褒めてくれればいーや、と顔を上げ、瞠目した。
藍の目を見開き歯を食いしばって手を上げていたのは、彼だった。オレが呆然としたのは、多分、数秒に過ぎなかった。すぐに恐怖が心身を襲い、気付けば出鱈目を吐いていた。
「ご、ごめん、なさい…。……ホントは、嘘なの。にいの1個下に、ごっ、合格したの。越せなかった。越せなかったの。」
彼等は嘘を吐いたことを怒って、合格を褒めてくれた。越せない兄貴の大きさが分かったか?と言った彼の父の声が、いやに耳に残った。
誰も、合格通知書を見せろとは言わなかった。
後日オレは、彼の1個下の飛び級試験を受け直した。
なんて、醜いんだろう。
彼等もオレも。
ジル国の中学校に進学したいと申し出た時に、誰も反対しなかったのも、多分扱いづらい次男に嫌気が差していたからだろう。寮に自室を得れば、オレはほとんど家に帰らなくなった。5歳下に生まれた妹の様子を見に行くくらいだ。
帰れなかった。
「蓮の目を見てると、何か全部見透かされてるみたいで、嫌になる。気持ちが悪い。」
ジル国に引っ越す前の、最後の晩に漏れ聞いてしまったのは、そんな言葉だった。同時に、自分と彼の父母に血の繋がりがあることを_少なくとも彼等はそう考えていると_知って、ならあの態度は、本気で単純にオレが嫌だったのだと理解した。理解する他なかった。
●你在看吗?●
珍しくリモンドくんが昼寝していた。仕事で異国にいるときに、ホテルで。丁度いいや、とオレは近くのバザーに出掛けた。さっきここを通ったとき、リモンドくんがティーカップを欲しそうに見てたし、自分の欲しいお茶碗(この前壊してしまった物の代わり)を探したかったのだ。
目当ての品はすぐに見つかって、オレはホクホク顔でホテルに戻った。が、ドアを開けた途端に固まった。
部屋が尋常でなくぐちゃぐちゃだったのだ。ドアの真ん前にベッドが移動していて、寝具はばら撒かれ、机がひっくり返ってる。泥棒やマフィアや狩り隊対策で、2人一緒の部屋なため、まずリモンドくんの姿を探した。襲われた?誰に?この前書いたマフィア?その前に書いた治所?それともあのときの富豪?心当たりがあり過ぎた。心臓がダガダガと五月蝿い。
「…蓮。」
それでも彼の声は聞き逃さなかった。ほっと顔を向けると、恐ろしい速さで駆けてきたリモンドくんが、何故かオレの身体検査をしてきた。髪質やら指紋やらホクロの位置も確認して漸く、リモンドくんは安堵の息を吐いた。
「本物だ…。蓮だ…。」
「何があったの?誰に襲われたの?」
「……と思った。」
「え?」
「また捨てられたと、思った。」
瞬間全部分かった。この部屋は、彼がオレを探した後だったのだろう。
「そんなことする訳ないでしょ!絶対にしないよ。大丈夫。」
「ほんと?」
背伸びして、屈んだ彼の乱れたグリーンの髪を整えながら、オレは頷いた。
「本当。」
少し間があったが、こくりと首肯が返された。それでも、また少し無言で俯いていたが、次に顔を上げたときにはいつもの完璧なリモンドくんの顔で、ちょっと残念だった。本当の彼を見せてほしかった。
「失礼、取り乱してしまって。…いずれ、あなたには私の両親の話をしておきたいとは考えていましたが…、今夜、時間があれば聞いてくださいませんか?」
「分かった、聞く。」
「ありがとうございます。
…それにしても何をなさってたんです?」
「あっそうだ!バザーでね、リモンドくんティーカップ見てたでしょ。プレゼント!」
ラッピングもない箱を突き出すと、彼は目を丸くして、固まってしまった。幼い表情におやと思い、オレは首を傾げる。
「ラッピングした方良かった?」
「なんで、これが欲しいって分かったんですか?」
「えっ?見てたじゃん、欲しそうに。」
言ってしまってから、ヤバい、と後悔した。またやった、と。家を出てからも度々やってしまう悪癖だった。
「…あなたの目は、何でもお見通しなんですね。」
ぞっと背筋が凍った。喉に空気が絡まる。自然と、阿呆らしく戯けた、明るい声が出た。
「ええ?いや、そんなことはないよ?」
「そんなことありますよ。
ありがとう、蓮。」
その時オレは、本当に、瞠目した。
「私、あなたの目が好き。どんなに繕っても、ちゃんと私を見つけてくれる。」
彼は、笑顔だった。素の笑い方だった。
オレはこの子を絶対に手放せなくなった、というのが、オレの素直な感想だった。
「_ねぇりーくん、オレの分の茶碗も買ってきたんだ。見て見て。」
「あぁ、壊れたんでしたっけ。…え、"りーくん"?」
マリーゴールドは、聖母マリアの祝日にいつも咲いていることから、この名前が授けられた。花言葉は、勇者、変わらぬ愛、絶望、悲しみ。ちなみにオレンジのものは「真心」、アフリカンマリーゴールドは、「逆境を乗り越えて生きる」という花言葉もある。




