【杞憂】結
風呂から上がったらすぐ待ち合わせ場所に出発する羽目になった。まぁ、着替えられただけでも有り難いか…?
待ち合わせの廃墟ビルは割と綺麗な建物だった。汚くボロい廃墟がやたらある<葬り町>としては、だが。
ドアが残っているだけで上出来だ、と思いながら手を伸ばすと、向こうから丁度ぱっと開かれた。
「あっ!お疲れ様〜。」
現れたのは、癖毛で華奢な男性だった。エスニックボーダーのトレーナーに縞々ズボン(この人いっつも柄に柄合わせるのかな…?同系色だからか割合きれいにまとまっているが)。何より目を引く鮮やかなマリーゴールドの双眸で、前に会った記憶が蘇った。
「確かお医者さんとこで会いましたよね?えっと…名前伺ってませんでしたね。」
「あーそうだった、ごめんね。オレは蓮。タメ口でいいよ〜。」
快活な笑み。随分と"綺麗"な人だと思った。光羅謝達が仲間と言うが、<使者>では無いのだろうし、身体的にも戦える人間でないのは明らか。きっと血生臭い現場は一切見ずに、仲間顔してるんだろう。
宝石みたいな目を見れば、それははっきりと分かった。
「リモンドは中に居るの?」
「居るよ。オレはちょっと飲み物買ってこようと思って。先生も飛鳥さんも来ないし。」
「あっ、俺も行く。飴無くなっちまってさァ。コッツティでもっと買うんだった。」
「僕も僕も。新作の炭酸ジュースが気になるんだよね〜。」
げ、と呻きたいのを堪えた。買い物に着いて行けば、この蓮という人の近くに居なきゃいけない。でもビルに残れば、多分リモンドという人とサシ。この前一番敵意バチバチだった人な記憶がある。
「結、何か欲しい物ある〜?ついでに買って来よっか?」
「い、いや大丈夫です。」
サシの方がマシな気がした。リモンドという人は、嫌いな相手とは必要最低限の会話以外しない系に見えたし、最悪嫌われてても無視で済みそうだ。
「リモンドと仲良くすんだぞ。」
光羅謝からの、親みたいな台詞に苦笑いを返してから、廃墟に踏み入った。中は予想以上に綺麗で、床がコンクリート剥き出しなのを隠すためか、ファンシーな花柄のブルーシートまで敷いてあった。
「おや、結。お久しぶりです。お元気でした?」
その可愛らしいシートにミスマッチな男の姿。密かに緊張ガッチガチな俺に、彼は微笑んだ。
「先日はどうも失礼致しましたね、疑ったりして。あのときはお恥ずかしながら気が立っていまして。」
丁寧な言動に、この人はこちら側だなと察する。疑えるし信じないし偽れる。だから、俺を信じてなくとも微笑む。
「いえいえ、あの状況だったら誰でもあぁしますよ。」
笑顔を返しながら、相手を確認する。
今日の彼はこの前より目に痛くない服だ。黒と赤のゼブラ柄のフェイクファーのアウターは、ちょっとどうかと思うけど。蓮が柄物同士でも上手くまとまっているのに対して、この人の服装はなんか、柄物同士でもないのにキツイ。目に痛いし、絶妙にダサい。スタイルの良いリモンドが着ているから、最先端クールファッションみたく見えるだけで、町に居る適当な人に無理矢理着せたら、多分、軽めの地獄絵図が見られるだろう。
「おかけになって下さいな。」
滑らかな手つきで椅子を示される。待ち合わせのときはいつもここらしいから、椅子や机やブルーシートは、彼等が持ち込んだのだろう。
「ありがとうございます。て言うか、敬語いいですよ。俺の方が年下でしょうし、新参者ですし。」
「お気になさらずに。お優しい方ですね。」
にこり、と微笑まれる。派手な服に合わない紳士然とした物腰だが、素は服装の方に近いのだろう。
「『フラ・アンブロシオ』とはその後どうです?」
「良くしてもらってます。楽しい人達ですよね。」
「それは何より。他の人だと、女医には前に会ったきり?飛鳥と八重には?」
「八重さんはちらっと見ましたけど、飛鳥さん?には多分会ってないと。」
「女医のところでは寝てましたしね。飛鳥はじきに来ますが、八重はまだお預けですね。蓮とはさっきも話していましたよね?」
ここからドア前の声が聞こえたのか、姿が見えたのか。窓もドアも(この町の廃墟で両方揃っているなんて凄いのではなかろうか)閉まっているのに?
「蓮はどうでした?」
瞬時に、言うべき答えを決めた。前の電話の会話から、リモンドと蓮は浅い関係ではないはず。本音を言えばブン殴られかねない。
「最初は正直、<使者>じゃないし信用できるのかなって思っちゃってましたけど…、でも話せば話す程、<使者>じゃなくても支えてくれる人っているんだなって、実感しました。」
照れ笑いを作って貼る。まるで電子機器を抜け出したコピペ。もしくはテーマパークの着ぐるみ。
「…別に、本音を言って下さって構いませんのに。」
ぼそりと、リモンド。さっきまでの愛想笑いは消えていた。別段、厳しい顔はしていないのだが、目尻の鋭利な感じが冷酷さを醸し出し、肝が冷える。高速で頭を回して状況を好転させる言動を製作しようとする。本心は隠す他ない。だって本音は、
「本音は、汚いことなんて知らない美しさで、鬱陶しい。気に食わない。苛立たしい。…違う?」
まるっきり、正解だった。魔術?この人、そう言えば何の魔術を使うか知らないな…。
「いっ、いえ、そんなことは…。」
「大丈夫ですよ。私も彼に会ってすぐの頃は、おんなじように思ってましたから。」
「えっ?」
<使者>だと伝えて、心配されたら密かに安堵して、死にかけた直後に会いたいと願う相手。この前の少しの時間だけでも、リモンドが蓮を大事にしてるのは分かった。その彼に、会ってすぐとは言え、そんなこと思うか?
その後に、余程の変化があったのか。
「…彼があんなに美しいのは、醜いものを知らないからじゃない。知っても輝くからです。詳細は話せませんが、せめて、彼はきっとあなたの予想以上に色んなものを経験して_それこそ汚く歪んだ醜さも知っているとだけは、伝えさせて下さい。そして彼は、私達をちゃんと見てくれていると、そう断言しますよ。」
彼は麗らかに微笑んだ。もしこの人が花柄ブルーシートを持ち込んだ張本人だとしても、今なら多分驚かないなと思う。




