【帰還】光羅謝
それからは日付感覚が大いに狂った。
ラオメと俺で交代しながらずっと車を走らせていたためだ。時々燃料補給をする以外は一切停まらず、寝るのも車内、風呂はお預け。出来るだけ綺麗な川や池を選んで沐浴をしたものの、結が文句も言わずに着いて来ているのが不思議なくらい酷い旅だった。
狩り隊や治所との交戦もあり、疲労が溜まる一方だが、緊張は抜けない。身体的にも精神的にも俺達は限界目前だった。
だからこそ、頬睦利町に到着したときは思わず息を吐いた。とは言え、まだ休めはしない。
「ラオメ、悪いが連絡頼む。」
助手席から寝ぼけ声が返った。相方は数分前に目覚めたばかりだ。
「うーん、りょうかあーい…。」
「連絡?なんの連絡すか?」
後部座席から結。彼を後ろに1人にするのはちょっと心配だったが、その方ゆったり寝れるだろうし、何より運転を代わる際にもたつきたくなかった。
「今回の件で、複製の<魔女の使者>や<悪魔殺し>の情報が大分得られた。女医達と共有しないとなァ。」
「いつものとこで会うんでしょ?」
「えっ、メールで伝えるんじゃ駄目なんですか?」
「十年も前からァ、治所は電子メールや郵便の監視を行っている。狩り隊と治所が協力するなんて考えられねェけど、もしものときのことを踏まえなければ<使者>なんて、すぐ死ぬ。」
結は黙った。バックミラーで確認すると、その顔にあったのは不満ではなく暗い共感だった。彼にも思い当たる経験があるのかもしれない。
「返事来たよ〜。えーと…女医と飛鳥が"犬の世話"、リモ蓮が"タルトタタン"。八重ちゃんは"亀"だって。」
「八重ェ、今日仕事?」
「かな〜。後で飛鳥に聞けば?」
「あの、犬とか亀とか、なんの話ですか?」
結の困惑声で、そう言えば教えてなかったと思い出す。手抜かりだった。
「符丁だよ。メールは監視されてるっつっただろ。"犬の世話"が"遅れるけど行ける"、"タルトタタン"は"すぐ向かう"、"亀"は"野暮用につき不参加"。ちなみに、"雨"は"会敵中"、"マカロン"が"どれくらいかかるか分からない用事が済み次第向かうから心配しないでね"だ。」
「覚えづらいし単語が謎チョイス…。誰が作ったんですか?」
「八重。アヨマ迎えに行ったときィ、居ただろ。ピンクの髪で、背ェ低い女の子。」
「あんまり文句言うなら落とし穴に落とされるよ。腕のいい武器屋だから、あの子。」
落とし穴が武器に含まれるのかは、怪しいけど。
少し間を置いて、結が問うた。
「全員<魔女の使者>なんですか?」
「いや、蓮と八重は違う。」
「…信用、できなくないすか。」
バックミラーをちらと覗えば、暗い群青の瞳に冷徹な口元。若いな、という言葉がぼんやり浮かんだ。
「信用はしなくてもいィよ。俺だって、あの中の誰が寝返ったとしても驚かない。多分、みんなそうだし、その分お互いに裏切ったとか言うのも無し。その方が良くねェ?」
「そ〜そ〜。風通しの良い仲間だよ。もし寝返ってるってなったら、十中八九無言で殺し合いして終わるよね。あー、結そ〜ゆーの無理?」
結は黙った。大人びた諦観のある子だが、やはり仲間には全幅の信頼を置きたいのだろうか。その方が、健全だとは思うけど。
その方がきっと、寿命は縮まる。<魔女の使者>の生き方とは、そんなもんだ。
拗ねたかな、と相方と一瞬の視線のやり取りで相談していたら、ぽつりと、疑問文が投げられた。
「2人も、そうですか?」
「「え?」」
相方と声が重なる。丁度、信号に捕まったので振り返ると、彼はやや視線を落としたままで続けた。
「光羅謝とラオメも、裏切られたら無言の殺し合いで済む関係?」
束の間、言葉に詰まった。隣を見ると、何処か緊張を帯びた様子のラオメが、固まっている。小さく笑い声が漏れた。
「いや、違う。そんときゃア、俺はフツーにラオメに殺されるよ。」
単純な答えだった。なのに、ラオメはびっくりした顔でこちらを振り向いた。
捻くれ者のお面を好むけれど、何処までも素直な相方である。己自身が愛されることをまるで想定してないみたいな、けれど膨大な愛を与えることになんの躊躇いも無い、ひどく不器用で、本当に可愛い子だ。
「僕は絶対、羅謝のことは、殺さないよ。」
命を軽んじられて、生きるために殺し合って、生死の倫理観も価値観もガッタガタに崩れてしまう<魔女の使者>にとって、それは勿体ないくらいの愛の言葉だった。
ふと見ると青信号に変わっていた。俺はハンドルを握り直して進み出す。ほぼ同時に、後ろから、さっきより随分軽やかな声が聞こえた。
「…なら、…おれ、そういう関係でも、裏切ったら無言の殺し合いでも、大丈夫です。」
どういう心境の変化かは分からない。他人の心なんて分からない。でも、元気になったようで何よりであろう。
…俺とラオメの関係か。確かに、はっきり答え得るものでは無い。ラオメはどう考えているのだろうか。




