【月とスッポン】結
「「「え?」」」
その声は男3人分だった。1つは自分の体が"腐って"いないことに驚いた俺の、もう1つは闖入者に驚いた男の、最後はその乱入者自身のものだった。低音が柔らかく掠れた声。
視界は一色に染まっている。
光羅謝がいつも着ている上着の、緑色に。
「ふーん…、俺の"コピー"だから、俺のと同じように自分は"腐ん"ねェのか。なんつーかビビって損したなァ。」
彼の横に移動すると、その横顔に赤い液体がついているのが見えた。腐敗の魔術が込められた、男の血だ。しかし物ともせずに、左の手の平で雑に拭う光羅謝。
「なんでここにいるんですか?!」
「コインランドリーは近い筈なのに、お前来るの遅ェから探してたんだよ。」
「でもっ下手すれば、」
腐敗の魔術は強力な力だ。マトモに当たって生きられはしない。光羅謝を運んだときのように、<使者>本人に殺意がないならいざ知らず、男には殺意があった。丸出しだった。だからこそ死を覚悟した。光羅謝だって"ビビって損した"と言うなら、当たるまでは"腐る"と思っていたのだ。
なんでそんなことが出来る。なんの得があって。俺の為?…おれなんかの為?
「ブータラゴータラうる゙っせェよ。俺、お前のことケッコー好きなの。こんなとこでくたばったら承知しねェ。」
ぽかんとしているおれを振り返りすらせず、彼は男を指差した。
「複製の奴だな?おい、<使者>の名前をあいつに教えるなよ。」
「それが強化条件なんですか?」
「俺達の"かかりつけ医"の予想だがな。」
女医と呼ばれていた人か。…女医も名前カウントなのか?
「さァ、早いとこ片をつけるぞ。」
ちら、と光羅謝は視線が投げてくる。戦隊ヒーロー番組のちょっとサムい友情シーン並みに、はっきりした視線の飛ばし方。意味を理解するのに、そう時間はかからなかった。
「勿論です。」
2人同時に襲い掛かると予期したのだろう、男の両足に力が入った。接近戦で矢は不利と見てか、矢は用意しない。
バーカ!
「今だッ!」
光羅謝の合図で俺達はパッと踵を返し、そのまま全力疾走で逃走した。
「なっ!?」
男は阿呆面してるに違いない叫びを上げている。矢も用意してないのだから逃走も楽というもの。"片付け"の方法は、何も叩きのめすだけじゃない。逃げるのだって生き延びるには良い一手だ。
それは、<魔女の使者>になってからつくづく感じている。もう少し早く、逃げられる人間になっていれば_
「っ!おい、餓鬼!止まれ!」
「名前呼べないからって餓鬼はなくないすか!?」
不平と共に足の裏で急ブレーキをかける。光羅謝は俺の一歩前で止まってから、正面右を睨んだ。
「あの男、仲間ァ呼びやがった。」
彼が苦々しく言葉を吐いたとき、丁度、いかにも狩り隊らしい人物が現れた。
「まさか逃げるなんて。」
息切れも無い平坦な声。見なくてもさっきの複製の<使者>と分かった。彼の瞳によく合う声だった。
光羅謝の舌打ち。俺も眉根を寄せた。
挟まれた。
「安心しろ。一発で駆除してやる。」
そう言いながら、今来た方の_面倒だから②と呼ぼう_が銃口を向けてきた。複製の<使者>_①は矢を番えて、やはり俺達へ向ける。
「黒髪は僕が撃つので、あなたは青髪の男を。」
「紺だろ、青じゃない。メッシュ有り無しで言えよな。」
②が抗議するが、①はどうでもよさ気だった。この点は①に共感する。紺でも青でも、撃たれることには変わりない。
「餓鬼…、お前ェ、モグラになれよ。」
「はぁ?」
反射的に顔を歪めてから、ふとさっきのことを思い出す。片付けると言って逃げた。なら、モグラの反対?モグラ…モグラは、…土を掘る?…下?
上に上がれ。
気付いた瞬間はっとした。確かにその方が助かる可能性はある。この建物の密集具合なら、建物の窓枠や室外機の三角飛びの繰り返しで屋根に上がれる。俺だけが、だけど。
「俺は、…おれは、モグラよりはー、スッポンとかになりたいかも。」
一瞬、光羅謝は視線を寄越した。めっちゃきつく睨んでいた。特撮番組の友情シーンなんてもんじゃない。刑事ドラマの犯人が、罪を暴かれたシーンみたく。
「バカなガキ。」
澄んだ香りの風が閃いた。




